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DEAD-LOCK  作者: 西浪
トランザクション

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64/75

トランザクション_④

 部屋に漂うのは、緊張感の名残りと何とも言えない脱力感。片付けを終えてソファーに座ると、体が沈んだ分だけ視界も揺れた。がさがさと山積みになった菓子を見つめる碧波に、ひとつ取って渡す。

 「美味しいよ。たぶん」

 「たぶんね」

 碧波の方へ寄って座り直した。特にあれこれ言うような感想もない。ただの答え合わせに過ぎなかった。当然だ。互いの心理面において、今更知らないことなどないのだから。

 「…ごめんね。巻き込んだ」

 「俺に何か頼んだわけじゃないでしょ。やめろって言われてもこうしてたよ」

 「わかってる」

 「ならいいの」

 窓の外で、ぴらぴらと桜が舞っている。

 何事も終わる瞬間は呆気ないものだ。

 「ごめんね」

 「なにが?」

 「去年。あれで良かった?」

 「そういうのは、大紫兄がいいと思う方に任せてる。…悪いことなんてひとつもなかった」

 袖口から折り畳みナイフを取り出し、ごみ箱に放る。探偵の立場を放棄していたとして、碧波の前でこれを使えたのだろうか。

 いや、二人だからこそできたはずだ。

 それでも本当に踏み切ることはできない。

 様々な要因が、そうはさせない。

 今後また殺意を抱くことがあったとして、それは必ず二人の胸の中で燻ることになる。

 それでいい。

 そのための探偵業でもあるのだから。

 後ろへ凭れ掛かり、長く息をついた。机の木目が波打つように動いている。…ようやく、本当の意味で同じ目線になれた。

 「疲れるんだね」

 「そりゃあね」

 「偉いね」

 「なーんじゃそりゃ」

 「なんだろね。…どう、碧波」

 自分よりは小さい手を取り、あの日と同じように指を絡める。碧波が視線を落とした。表情は変わらないのに、目だけがいつも柔らかくなる。何か特別なものでも見ているかのように。

 「汚れてる?」

 「大紫兄が汚れてるって思えば汚れてる。お揃いだ」

 すっと親指が動き、軽く手を撫でる。本人は知らないだろうが、碧波の手はちゃんと温かい。

 「私が決めていいなら、汚れてないよ。自分から血を被るのは許さない。私は大紫兄みたいにはなれない」

 「……本当はそっちがよかったの?」

 「そもそもガタガタだったじゃない。『碧波は何もしていない』だっけ?」

 「はは。言ったね、そんなことも」

 「たぶんまた気が変わることもある。その上で、大紫兄が選んでいいよ」

 碧波は俺の思考をよく知っている。

 何を感じ取り、何を選ぶかをわかっている。

 優先しているものも。

 だからこそ、何も頼んでこない。

 一年前も、探偵をやると言った時も。

 大事なことを俺自身に決めさせてくれるのは、彼女の優しさだ。

 「じゃあ、こうしよう」

 良い意味で何かが抜け落ちたような顔を覗き込んだ。

 「どっちの手も、もう汚れてない」

 「…なるほどね」

 「ぬるい?」

 「ぬるい。でも大紫兄らしいよ」

 それだけ言うと、碧波はいつもの調子で菓子をさくさくやり始めた。

 完全に気が抜けて、自分の顔が緩むのを感じる。

 負けじと菓子を手に取り、顔を見合わせながら一口で頬張った。

 これ以上言語化する必要もないだろう。

 互いの思考は、全部わかっているのだから。

 同調するかのように、タブレットの通知音が響いた。


 『トランザクション』完結です。

 作品はまだ続きます!

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