トランザクション_④
部屋に漂うのは、緊張感の名残りと何とも言えない脱力感。片付けを終えてソファーに座ると、体が沈んだ分だけ視界も揺れた。がさがさと山積みになった菓子を見つめる碧波に、ひとつ取って渡す。
「美味しいよ。たぶん」
「たぶんね」
碧波の方へ寄って座り直した。特にあれこれ言うような感想もない。ただの答え合わせに過ぎなかった。当然だ。互いの心理面において、今更知らないことなどないのだから。
「…ごめんね。巻き込んだ」
「俺に何か頼んだわけじゃないでしょ。やめろって言われてもこうしてたよ」
「わかってる」
「ならいいの」
窓の外で、ぴらぴらと桜が舞っている。
何事も終わる瞬間は呆気ないものだ。
「ごめんね」
「なにが?」
「去年。あれで良かった?」
「そういうのは、大紫兄がいいと思う方に任せてる。…悪いことなんてひとつもなかった」
袖口から折り畳みナイフを取り出し、ごみ箱に放る。探偵の立場を放棄していたとして、碧波の前でこれを使えたのだろうか。
いや、二人だからこそできたはずだ。
それでも本当に踏み切ることはできない。
様々な要因が、そうはさせない。
今後また殺意を抱くことがあったとして、それは必ず二人の胸の中で燻ることになる。
それでいい。
そのための探偵業でもあるのだから。
後ろへ凭れ掛かり、長く息をついた。机の木目が波打つように動いている。…ようやく、本当の意味で同じ目線になれた。
「疲れるんだね」
「そりゃあね」
「偉いね」
「なーんじゃそりゃ」
「なんだろね。…どう、碧波」
自分よりは小さい手を取り、あの日と同じように指を絡める。碧波が視線を落とした。表情は変わらないのに、目だけがいつも柔らかくなる。何か特別なものでも見ているかのように。
「汚れてる?」
「大紫兄が汚れてるって思えば汚れてる。お揃いだ」
すっと親指が動き、軽く手を撫でる。本人は知らないだろうが、碧波の手はちゃんと温かい。
「私が決めていいなら、汚れてないよ。自分から血を被るのは許さない。私は大紫兄みたいにはなれない」
「……本当はそっちがよかったの?」
「そもそもガタガタだったじゃない。『碧波は何もしていない』だっけ?」
「はは。言ったね、そんなことも」
「たぶんまた気が変わることもある。その上で、大紫兄が選んでいいよ」
碧波は俺の思考をよく知っている。
何を感じ取り、何を選ぶかをわかっている。
優先しているものも。
だからこそ、何も頼んでこない。
一年前も、探偵をやると言った時も。
大事なことを俺自身に決めさせてくれるのは、彼女の優しさだ。
「じゃあ、こうしよう」
良い意味で何かが抜け落ちたような顔を覗き込んだ。
「どっちの手も、もう汚れてない」
「…なるほどね」
「ぬるい?」
「ぬるい。でも大紫兄らしいよ」
それだけ言うと、碧波はいつもの調子で菓子をさくさくやり始めた。
完全に気が抜けて、自分の顔が緩むのを感じる。
負けじと菓子を手に取り、顔を見合わせながら一口で頬張った。
これ以上言語化する必要もないだろう。
互いの思考は、全部わかっているのだから。
同調するかのように、タブレットの通知音が響いた。
『トランザクション』完結です。
作品はまだ続きます!




