白い聖夜の逆さま密室_⑤
電話越しの龍馬は、なんとも機嫌が悪そうだった。無理もない。
『そこにいるってことは、お前らのことだ、食ったのか、ケーキ』
「これはおやつだ。クリスマスを祝ってるケーキじゃない」
『食ってるんだな?今まさに…まさかと思うがチキンは』
「食べたよ。フライドチキン」
『お前らが照り焼きチキン食べたいと言ったんだろうがッ。なんで先に食ってるッ、フライングだぞ!』
「え何、フライングチキン?面白いぞ龍馬。傑作だ」
『どこがだ』
「チキンは飛ばないよ」
『やめろ、つまらんボケをややこしくするな』
短めの溜め息の奥に聞こえるのは、ショッピングモールかどこかの喧騒。やけに声が近いことからして、両手にチキンとケーキを持ち、肩と耳でスマホを挟んでいる…といったところか。
『で?いつ頃帰って来るんだ』
「少しでも早く帰るためにお前に電話したんじゃないか。送った写真見ただろ、足跡ゼロの雪密室なんだぞ」
スマホのマイクに口を近付け、ギリギリまで声を潜める。土地柄なのかクリスマスと言えど平日だからなのか、店内には数人の客しかいない。ひとつも相槌を打たずに聞ききった龍馬が、いくらか機嫌を直した調子で言う。
『いつぞやに語った探偵のプライドはどうした。警察と探偵はライバル同士。ミステリの相場で決まってるだろう』
「今更だろ、警察だって依頼してくるくせに。早く帰れたらなんでもいいよ」
『俺が思うに』
荷物を置く音とともに、「ご注文お決まりでしたら」という声が聞こえた気がした。時刻は十五時。おやつの時間だ。
『それだけ現場がまっさらで遺体も綺麗なんじゃ、証拠の探しようがないと思うんだが…プリンアラモードひとつ』
「ケーキは駄目でプリンはいいんだぁ」
『至極当然だろ。要するに、どうせ証拠がないんだからどんな方法でも考え放題だ。数撃ちゃ当たる。考え尽くした中で、一番合理的なやつが正解だ』
「普ッ通〜のこと言ってるぞ」
『助けを請う奴の態度か。取り敢えず考えるぞ、十九時までに帰って来い』
碧波が鞄からノートとペンを取り出し、机に広げた。三角屋根の簡単な家を描き、その隣に大きめの正方形を描く。真ん中に☓印をつけ、ペンを置いた。
「周辺は全て雪に覆われていて、足跡なし。やっぱり空いてる場所って空中しかないんだよね。ミステリのお約束と言えば、死体移動トリックなんかがある」
「実践よりは創作物向けのトリックじゃないかな」
「そこだよ。さっきの印象からして、高城がミステリ作品に詳しいとは思えない。そういう人が、このトリックは何向けで…なんてマニア的な分類はしないでしょ」
『知識が無いが故に、本の真似事をしていると。まぁ依頼自体が本の真似事みたいだからな』
そのふざけた依頼に、こんなに時間を取られることになるとはな。空になった自分の皿を重ねたところで、碧波の片手に両頬を挟まれた。
「ふぁい?」
「イライラしてる大紫兄に問題です。殺したあとの硬直した死体を運びたい。どこから運び出すのがいいと思う?」
「ベランダかな。玄関から運び出したら空き地に足跡が残るのは確実。その点、ベランダからなら足跡をつけずに雪密室を作ることができる。『ベランダには足跡はなかった』って証言を本当に疑うならね。この辺りで雪が積もったのは、きのうの二十時頃から今日の五時頃までらしいよ」
「何、その含みある感じは…あ」
きのうの天気を映した俺のスマホを見て、落胆の表情を浮かべる碧波。碧波と俺は確かに見たのだ。
ベランダに薄く積もった雪には、今朝ついたと思われる二人分の足跡しかなかった。
死体発見時まで、本当にベランダに足跡はなかったのだ。
『その足跡が、《今朝駒田をベランダから運び出した》ときのものだったかも知れないぞ』
「それじゃ駄目だ。今朝はもう雪が止んでいた。今朝運び出したんなら駒田の脚は雪まみれにならない」
発見時の写真を思い出す。あくまで自然な状態で、雪が均等に薄く積もった脚。空き地に死体を置いておいて、あとから雪を付けるなどというのはまず無理だろう。
「じゃあやっぱり深夜から明け方の間に作業しなきゃね。ベランダに立たなくても、ベランダを使って死体を移動させることはできる。一番有力なのは『振り子』かな」
「振り子ぉ?」
ロープに死体を括り付けてぶん回す、あれのことですか。…一般的な反応は『どれだよ』だと思うが。偏ったミステリ脳は、時に常識を失うものだ。
「意外だな、碧波からそんな大掛かりなトリックが出るなんて。ベランダのどこを使うの?手摺?」
「雪が降る前にベランダの手摺にロープを掛けて、下に垂らしておく。殺害した駒田の死体が硬直するのを待って、ロープに括り付ける。これで死体を重りにした振り子ができた。あとは振り子を隣の空き地に向けて勢いよく揺らせば、死体だけが空き地の真ん中に落ちる。それが偶然雪の中に逆さまに刺さった。筋は通るでしょ」
頭の中で、大きな振り子を想像する。ロープの先についた重りは駒田の死体。人目につかない建物の角、その上ほかの住民の目がないのをいいことに、堂々と地上で振り子を揺らす大学生。放り出された死体は雪の中へ…できるっちゃできるけど。
「なんかなぁ…だったら首吊り死体にした方が楽じゃないかな」
「偽装よりも不可能犯罪の方がいいと思ったんじゃない?」
そりゃそうかも知れないけど。龍馬は龍馬で別のことが気になるらしく、
『なんで死体が硬直するのを待つんだ?』
「ぐったりした死体はロープに引っ掛かる。硬直した死体の方が放り投げやすいでしょ」
さらりと言ってのけた碧波が、ノートにまた縮図を描く。振り子の先端には棒人間。なんと趣味の悪い振り子だろうか。しかし合理的といえば…いや、そうでもないな。
「碧波。そのやり方、『振り子でなければいけない理由』はあるの?」
「ないけど…まずい?」
「まずいよ。頭から雪に突っ込んだっていうのが偶然だとするなら、なんでわざわざ跡をつけないように窒息死させる必要があるんだ?」
碧波の怪訝な顔が、俺の疑問を理解するなり苦笑に変わっていく。
「…忘れてたよ。『何故か雪の中に落下して窒息死』を狙ったことが前提なんだったね。死体の頭を雪に埋めたのは、やっぱりわざとってことになる。それじゃあ振り子は使えない」




