2-18.ミッシング
瞬間的に誕生した密室の中、緊張するアズマヤに対して、マルイは遠慮なく、距離を詰めるように迫ってきた。
アズマヤの眼前まで顔を近づけて、アズマヤが顔を赤くしながら戸惑う最中、マルイがようやく口を開く。
「アズマヤさんはこのお屋敷について、どう思っていますか?」
「お屋敷について……?どう思っている……?」
マルイの口から放たれた疑問の言葉がアズマヤの思考と大きくかけ離れたもので、アズマヤは聞いた言葉を繰り返しながら、何を言っているのかと一瞬戸惑った。
それから、自身の思い描いていた勘違いが発覚し、さっきまで期待していなかったと思い込んでいた自分の中に燻ぶる期待の存在に気づいて、アズマヤは途端に恥ずかしさを覚える。
何とも馬鹿らしいと自分自身を罵倒しながら、アズマヤは無駄に高まった緊張を押さえ込むように息を吐いて、マルイから少し距離を取った。
「どう思っているって、どういう意味の質問ですか?具体的にどの辺りについての質問なんですか?」
アズマヤがマルイの言いたいことを聞き出そうと、反対に質問を投げかけてみると、マルイは少し止まって考え込むような素振りを見せた。
「例えば、このお屋敷にいる人って少ないと思いませんか?」
「それは……」
確かにアズマヤも疑問に思ったことだが、その疑問についての回答は既にキッカから貰っていた。
「怪人を保護する関係で、人を減らしているとタタラメさんから聞きましたよ?」
「私もそう聞いていたんですけど、考えてみたら変なんですよ。だって、怪人を保護するなら、別に使用人を怪人に任せてもいいと思いませんか?外に触れない部分の仕事なら、それこそ、私がやっているみたいなことなら、誰にでもできると思うんです」
言っていて少し悲しくなったのか、マルイはやや気落ちしながら言っているが、確かに言っていることに間違いはないように思えた。
怪人を保護していることが露呈しないようにケアしているなら、そもそも、怪人自体を雇えばいいはずだ。それだけで仕事の負担が減る上に、怪人の存在が外に知られることもない。
何故なら、怪人が自分達の存在を教える理由がないからだ。これ以上に秘密を守る相手もいないだろう。
確かに言われてみれば、それをしていない部分は不思議に思ったが、その疑問とマルイが言っていたことの間に繋がりが見つからず、アズマヤは疑問を懐きながらマルイを見やった。
「それは確かにそうだと思いますけど、そのことと逃げた方がいいと言っていたことに繋がりがあるんですか?あれはどういう意味だったんですか?」
アズマヤが質問すると、マルイは覚悟を決めるように表情を真剣なものに変え、アズマヤの隣に移動し、できるだけ外に漏れ出ないような声で言ってくる。
「実は、前から疑問に思っていたんですけど、私が知っているだけでも数回、怪人の方をこのお屋敷で保護したはずなんですけど、私、一度もその方々がこのお屋敷を出るところを見たことがないんですよ」
「ん?んん?それはどういう意味ですか?」
マルイの言ったことが良く理解できず、アズマヤが首を傾げていると、マルイは再度、外に漏れ出ないくらいの声量で言ってくる。
「だから、このお屋敷に来た怪人の方が気づいたらいなくなっているんですよ」
「えっ……?」
急にマルイの口から飛び出たホラー要素の含まれた発言に、アズマヤが驚きの目を向けるが、マルイの表情は揶揄っているわけでも、冗談を楽しそうに言っているわけでもなく、どこか怯えた表情で頻りに部屋の外の音を探っているようだった。
「それって、本当に?マルイさんが知らない間に出ていっただけではなく?」
「それは……そうかもしれません。というか、私自身はずっとそう思ってたんですよ。ああ、今回も挨拶できずに行ってしまったなとか、そんな感じで。でも、この前は違ったんです」
「この前?」
「アズマヤさんとヒノエさんが来る少し前まで、このお屋敷に怪人の方がいたんですよ」
ほんの数ヶ月前の去年のことであるらしい。
アズマヤやヒノエがそうだったように、ミチカに見つけられた怪人が保護され、この屋敷に連れてこられたそうだ。
「その方も他の怪人の方と同じようにミチカ様の説明を受けて、このお屋敷にしばらく滞在することになって、それから、他の怪人のところに送り出される予定だったそうなんです」
「予定だった?」
まるでそうはならなかったような言い方にアズマヤが首を傾げると、マルイは小さくかぶりを振って言葉を続けた。
「実際にそうなったかは分かりません。結局、その方も気づいた時にはいなくなっていて、お別れの挨拶もできなかったので」
「それなら、いつも通りなのでは……」
そう言いかけたアズマヤの言葉を遮って、マルイは力強くかぶりを振ってから、はっきりとした声で言った。
「私、見てしまったんです。その方がいなくなる前の夜に」
「一体、何を……?」
「たまたま目を覚まして、まだ夜中だったので、もう一度眠ろうとベッドの中にいたら、部屋の外から僅かですが、物音が聞こえて、その怪人の方が出歩いているのかもしれないと思って、どうされたのか聞こうと思ったんです。それで部屋の外に出たら、廊下の先をキッカさんが歩いていて」
「タタラメさんが?」
アズマヤが降って湧いたキッカの名前を繰り返すように口にした直後、マルイが不意に立ち上がって、何かを腕に引っ掛けて持ち上げるようなジェスチャーを見せた。
「こんな風にキッカさんが何かを運んでいる最中で、夜中だから暗くて良くは見えなかったんです。でも、その運んでいるものが何だか人間のように見えて……」
マルイの説明がそこまで至れば、マルイの言いたいことは何となく分かった。
怪人がいなくなった前夜、人に見えるものをキッカが運んでいたとなれば、そこに自然と繋がりを考えてしまうものだ。
そこにそれまで一度も、怪人が屋敷から出るところを見たことがない事実も重なれば、自然と疑いが強くなる。
「あれが何かは分かりませんが、もしかしたら、何か良くないことをしているのかもって思って」
「それで俺達に逃げた方がいいって言ったんですか?」
アズマヤの問いにマルイは首肯した。
確かにここまでのアズマヤもミチカ達の行動について、若干の疑問は抱えていた。それらを完全に解消する何かがあるわけでもない。
ただ今の今まで、アズマヤとヒノエはミチカ達に良くしてもらっている。
マルイの言う疑惑の存在自体は分かったが、その疑惑を確信に変える何かがない以上、アズマヤはミチカ達に不要な疑いを向けることができない。
「マルイさんが疑っていることは分かったし、忠告が俺達のことを思って言ってくれたことも分かったけど、俺は今のところ、この屋敷の人達が悪い人には思えていないし、今すぐに逃げるってことはないと思う」
「そうですか……」
「それに明日には俺も帰る予定だから」
「えっ……?」
ミチカとの会話を思い出し、アズマヤがそう言ったことに、マルイが青褪めるような反応を見せた直後のことだった。
不意にマルイの部屋の扉がノックされ、アズマヤとマルイの視線が扉に吸い寄せられるように向いた。
「モーモコちゃん?もうお休み~?」
それはアイユの声だった。




