2-16.ドールルーム
開いたドアの隙間から部屋の中を覗き込み、アズマヤは必死に両手を口に押し当てていた。噛み殺した絶叫をそのまま飲み込み、早鐘を打つ心臓を落ちつかせるように深呼吸を繰り返す。
ドアの隙間から見える無機質な瞳は言うまでもなく、人形の物だった。
この部屋のドアにドールルームと書かれたプレートが掲げられ、そのドアを開けたのだから、そこに人形があることは当然と言えるだろう。
それは分かっているのだが、少しドアを開いた位置から見える場所に人形があるとは思っていなかったので、アズマヤはもう少しで心臓を止めそうな勢いで驚くことになってしまった。
ゆっくりと心拍数が落ちついてから、アズマヤはもう少しだけドアを開け、ドールルームの中がどうなっているのか覗き込もうとする。
見れば、アズマヤと目が合った人形はドアの隣に置かれた棚の上に飾られたもののようで、少し体勢がずれたのか、偶然、ドアを開いただけで目が合う位置になっていたようだ。
その棚の上には他にも様々な人形が並べられていた。
ドールという言葉の印象から、球体関節人形の類だけをイメージし、そういう人形が並んでいる様子を考えていたが、それだけではないらしい。
気になったアズマヤが更にドアを開けて、少し部屋の中に足を踏み入れてみると、様々な国の様々な種類の人形が部屋の中に所狭しと飾られている。
想像していた球体関節人形の他にも、子供が良く遊ぶ着せ替え人形やフランス人形的なもの、更には日本の市松人形まで、そこには並べられている。
思えば、本を収集した図書室があったり、アーケード筐体を収集したゲームルームがあったりしたくらいだ。
ミチカはこういう収集癖があるのだろう。
この人形達も、そういうコレクションの一つだと考えれば、そのための部屋を用意したのも納得できる。
そう思ったアズマヤが部屋の中を見回し、人形の置かれた棚の一つを見たところで、思わず目を止めていた。
そこには棚の上に乗り切らないほどの人形が並べられているのだが、気になったのはそこに並べられた人形ではなく、そこに置かれた棚そのものの方だ。
その隣の少し離れた位置に同様の棚が置かれ、その上にも人形が並べられているのだが、その棚の隣には他の棚がくっついて置かれ、大きな台として使われている。
それが部屋の隅を囲うように置かれているので、人形が所狭しと並ぶことになっているのだが、その気になった棚だけが他の棚から離れた位置に置かれ、その隣に零れるように人形が並べられていた。
まるでその棚だけが隔離されたような置き方に、アズマヤは違和感を覚え、その棚にゆっくりと近づいていた。
この棚をもう少しくっつければ、その隣にもう一台の棚を置けて、人形を綺麗に飾れるはずなのに、それをしていない。
何か理由があるのだろうかと思ったアズマヤがその棚に置かれた人形を掻き分けて、その棚を見ようとした。
そこで棚の奥の壁が他の壁と少し模様が違っていることに気づいた。
壁紙の一部が剥がれたように、そこだけが他の壁と明らかに色が違っている。
ここだけ壁紙を張り間違えて、それを隠しているのだろうかと思ってみるが、ミチカの家がそういうことをするとは思えない。
こういう言い方は何だが、そういう考えを裕福なミチカがするとはどうしても思えない。
それなら、この壁は何だろうかと思ったアズマヤが少し棚を退けようと思い、僅かに棚をずらしたところで、その壁に不自然につけられた装飾物を発見した。
それはまるでドアノブのように見えた。
「まさか、扉……?」
棚の後ろに不自然に隠された扉が存在した。
そのことにアズマヤが疑問を覚え、その扉を開けるかどうか悩んでいると、不意に部屋の外から話し声が聞こえてきた。
「離れの方に移動する必要があるのですが、屋内プールもありますよ」
「屋内プールですか!?す、凄いですね……」
淡々と説明する声とそれに驚く声は間違いなく、キッカとヒノエのものだ。
その声を聞いたアズマヤが振り返った瞬間、部屋の入口をちゃんと閉め切っていなかったことを思い出し、アズマヤは思わず固まった。
明らかに誰かが入ったと分かる状態だ。その状態を見たキッカは当然、部屋の中を覗くだろう。
そこにアズマヤがいたら、どう思うだろうか。
自室に戻ると嘘をついて、部屋を散策している様子を見れば、泥棒の類と思われても仕方がない。
そう思っていたら、ヒノエとキッカの話し声がピタリと止まって、キッカがヒノエに断りを入れている声が聞こえてきた。
多分、この部屋を確認するつもりだ。
そう思ったアズマヤが咄嗟に周囲を見回してみるが、部屋の中に隠れられる場所はない。
ただ一つ、可能性があるとしたら、もうそこしかないと思ったアズマヤが近くの人形の中に飛び込み、そこで息を潜めた。
部屋中に置かれた人形は人一人くらいなら、簡単に隠せるほどに積まれている。
この中なら、何とかばれないかもしれないと思っていたら、部屋のドアがゆっくりと開く音が聞こえ、部屋の中に誰かが足を踏み入れてくる。
ゆっくりと巡回するように部屋の中を移動し、アズマヤが咄嗟に隠れた人形の山の近くで立ち止まった。
(ばれた……!?)
息を潜めたアズマヤの心臓がどんどんと速さを増していく中、立ち止まった足音が再び歩き出して、部屋から出ていく音が続いた。
どうやら、何とかばれずに済んだようだ。
ほっと安堵したアズマヤがキッカの声を耳にし、二人が立ち去っていく音を確認してから、ゆっくりと人形の中から這い出していく。
気になって足を踏み入れてしまったが、あまり長居しても、今のような誤解を生みかねない事態が増えるだけだと思い、アズマヤは外に人がいないことを音だけで確認してから、ドールルームを出ることにする。
ヒノエの声も、キッカの声も、既に遠ざかって聞こえなくなった。
もう大丈夫と思ったアズマヤがドールルームを抜け出し、見つからなかったことに再び安堵してから、今度こそ自室に戻ろうと歩き出しかけた。
「そこで何してるんですか?」
そこで不意に声をかけられ、アズマヤの心臓は口から飛び出そうになった。
咄嗟に上げかけた叫び声と共に、飛び出しかけた心臓を押し戻すように口を押さえ、アズマヤがゆっくりと振り返ってみると、そこにはアズマヤの反応に驚いた顔をするマルイが立っている。
「あ、あの、ごめんなさい……?そこまで驚くとは思っていなくて……」
「い、いや、こちらこそ、驚いてしまってすみません……」
お互いに謝罪してから、マルイは再び不思議そうにアズマヤを見てくる。
「さっきキッカさんやヒノエさんとお逢いしましたけど、アズマヤさんはいないと思っていたら、ここで何をされているんですか?」
その問いを聞いたアズマヤが別行動を取っていた理由を思い出し、ここでマルイと逢えたことを良かったと思いながら、聞こうと思っていたことを口に出すことにした。
「その、マルイさんを探していて。さっき言っていた『逃げた方がいい』ってどういう意味ですか?」
アズマヤがそう質問すると、途端にマルイの表情が曇って、辺りを警戒するように見回し始める。
「その……それは……ちょっとここで説明するのは難しいので、後で場所を変えてもいいですか?」
「ええ、大丈夫ですけど、どこで?」
「でしたら、私はあの、ここに住み込みで働いているんですけど、夜とかに私の部屋に来てくれませんか?今から地図を描くので、それを見て来ていただければ」
「えっ……?マルイさんの部屋に?夜に?」
「それでお願いします」
急なマルイからのお誘いに戸惑う中、マルイはポケットからメモ用紙を取り出し、そこに簡単な地図を描くと、アズマヤに手渡してきた。
「ここにお願いします。では、私はまだ仕事が残っているので」
そう言いながら立ち去るマルイを呆然と見送って、アズマヤは渡された地図に目を落とす。
同年代の女子から夜、部屋に来てくれないかと言われ、部屋の地図を手渡された。
冷静に今の出来事を思い浮かべ、アズマヤは何度目か分からない動きで口を手で押さえ、その中に封じ込めるように呟いた。
「マジで……?」
人生で初めての事態に再び心臓は早鐘を打ち始めていた。




