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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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2-15.ランチタイム

 ルームツアーの途中、キッカが次の目的地として、アズマヤとヒノエを連れてきた場所は、朝も訪れたダイニングルームだった。


 そこで何をするのかと思ったのも束の間、その答えを思い出させるように、ヒノエの腹の虫が鳴いた。

 ヒノエの顔が瞬間的に真っ赤に染まる中、キッカが納得したように首肯し、置かれた時計を手で示す。


「もうお昼時ですので、今から昼食をご用意します」

「……あ、ありがとうございます……」


 恥ずかしそうに俯くヒノエが返事し、キッカがダイニングル―ムを出ていく姿を見送ってから、ヒノエがちらりと様子を確認するようにアズマヤを見てきたが、今のアズマヤの意識はヒノエの腹の虫になかった。


 アズマヤの頭の中では、ルームツアーの最中に出逢ったマルイの一言が渦巻いていた。


「逃げた方がいいですよ……」


 マルイの声と共に、その言葉を口にしたマルイの表情を思い返せば、その言葉が冗談で発せられたものとはどうしても思えない。

 だが、逃げた方がいいと言ってくる意味がどうにも理解できず、アズマヤは深く考え込んでいた。


「アズマヤさん?」


 その様子を不思議に思ったのか、ほんの少し前まで顔を真っ赤にしていたヒノエがアズマヤの様子を窺うように、顔を覗き込んできた。


「どうしました?」

「あっ、いえ、何でも……!」


 咄嗟にそう答えてしまうが、マルイの言葉をヒノエに伝えないでいいものなのかと、アズマヤは一瞬、迷った。


 何に対するものかは分からないが、あの言葉が何かに対する忠告なのだとしたら、その言葉をヒノエに伝えておいた方が良い気もしてくる。


 しかし、真偽の分からない言葉で、ようやく落ちつけているヒノエを慌てさせるのもどうかと思った。

 怪人として超人に追われ、その中でも母親に逢いに行こうとしていたヒノエの気持ちをここで乱したくない。


 そう考えてから、そういえばヒノエは母親に逢いに行く予定だったのに、それを先延ばしにしていていいのかと思った。


 もっと言えば、その辺りの話をミチカにしていないが、そもそも、ヒノエが聞かれた場面を見ていない。


 もしくはアズマヤのいないところで質問があったのだろうかと想像してみる。

 実際、アズマヤは昨晩、夕食に参加していないので、そこで何かしらの話があった可能性は十分に考えられる。


 アズマヤのことも調べてくれているようだし、マルイの一言から気持ちを惑わされ、いらないことを考え過ぎかと思ってから、アズマヤはふと疑問に思った。


 ヒノエは確かに夕食に参加し、ミチカと話す機会があったかもしれないが、アズマヤは車内でミチカの説明を受けた時やアイユの治療を受けた時くらいしか、ミチカ達と話す機会がなかった。

 それ以外にはキッカが内線の番号を渡しに部屋を訪れたくらいで、アズマヤ自身のことはちゃんと説明していないと思う。


 それなのに、ミチカはアズマヤの家などを知っているように、様子を見てくると言っていた。

 勝手に超人の動きを見に行くという意味で言っていると考え、アズマヤは疑問に思うことなく飲み込んでいたが、その場合は超人の動きが把握できているということになる。


 そういうことがあるだろうかと思い、疑問に思い始めたら、そもそも、アズマヤやヒノエに声をかけてきた時から、おかしいように思えてくる。


 確かにアズマヤは怪我を負って、普通の状態ではなかったが、重傷を負っているから怪人と決まったわけではない。

 その前のパワーやブラックドッグとのやり取りを見ていたのなら、そこでは何もすることなく、逃げてから救いの手を差し伸べたことになって、怪人を保護しているというミチカの言葉に若干の違和感が生じる。


 それなのに、ミチカは最初からヒノエが怪人であると分かっているような振る舞いだった。


 冷静になって考えれば考えるほどに、少しずつ違和感が募っていく。

 それらの違和感にマルイの言葉が重なって、アズマヤの中で不安に変わっていく中、キッカがダイニングルームに戻ってきた。


 キッカが持ってきた食事をアズマヤとヒノエの前に並べて、ヒノエは目を輝かせている。


「パスタですか?」

「はい。カボチャを使ったクリームパスタだそうです」

「いただきます」


 ヒノエが手を合わせ、フォークをパスタに伸ばしていく隣で、アズマヤは少し疑問に思って、キッカの方を見た。


「この料理はタタラメさんが作ったわけではないんですか?」

「はい。早朝の時点で、アイユが準備してくれていたものです」

「アイユさんが?料理人とかではなく?」

「基本的にこの屋敷の食事はアイユが用意しています」


 キッカのその言葉を不思議に思いながら、アズマヤはキッカの案内で回ったルームツアーのことを順番に思い返していた。


 とてつもない豪邸に驚き、そこにある家とは思えない設備に目を丸くさせ、あまり意識していなかったが、この屋敷の広さに比べて、この屋敷の中にいる()()()()()()()ように思える。


 屋敷の主人であるミチカと、秘書であるはずのアイユに、運転手のキッカ。それ以外に逢った人物はマルイだけで、この規模の屋敷なら、いても不思議ではない料理人すらいないらしい。


 その疑問を口に出すかどうか迷ってから、アズマヤは少しでも不安を解消したいと考え、キッカに思った疑問を投げかけていた。


「この屋敷にいる人って、少し少なくありませんか?タタラメさん以外にはマルイさんにしか逢っていませんし、そのマルイさんもこの屋敷をほとんど一人で掃除しているように見えました。普通はもう少し人がいませんか?」

「確かに。言われてみれば、そうですね」


 アズマヤの疑問を聞いたヒノエも同じように思ってくれたらしく、パスタを口に運びながら、不思議そうな顔をキッカに向けていた。


「それはミチカ様が怪人を保護しておられるからです」

「それはつまり?」

「怪人は世間の印象からしたら化け物のようなものです。それを保護していると、少しでも外部に漏れたら、ミチカ様がバッシングを受けるだけに留まらず、会社の方にも影響が出かねません。その可能性を少しでも減らすために、屋敷で雇う使用人の数は厳選しているのです」


 確かに怪人が屋敷にいると知られたら、ミチカの名誉に関わってくる上、会社が倒産などしたら、そこで働く多くの社員が路頭に迷うことになる。

 その可能性を少しでも低くするために、屋敷で雇う使用人を減らしていると言われたら、この少なさも納得のいくものに思えてきた。


「そういうことなんですね。すみません。少し気になって」

「いえ、構いませんよ」


 アズマヤは少しだけホッとする気持ちを抱えながら、目の前に置かれたパスタを口に運ぶ。

 アイユが朝に作ったということは温め直したもののはずだが、それは出来立てのように感じられるほど美味しく、その料理の味もアズマヤの不安で固まった心を少し解してくれた。



   ◇   ◆   ◇   ◆



 ダイニングルームでの昼食を終え、再びルームツアーが始まろうとしたところで、アズマヤはキッカに離脱する意思を告げた。


「まだ足が全快ではないので、俺はここで一旦、部屋に戻りたいと思います」

「え?大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。痛みが出てきたとかではないので。ただ少し庇っちゃうからか、少し疲れも溜まってきて。ヒノエさんはこのまま回ってください」


 アズマヤが笑顔で伝えると、一瞬、不安そうな顔をしたヒノエもどこか安心したように頷いていた。


「部屋まで送りましょうか?」

「いえ、場所は覚えているので大丈夫です。いろいろとありがとうございました」


 キッカに礼を言ってから、アズマヤはヒノエとキッカを見送って、自室のある方に最初は歩き出した。


 だが、すぐにその進路は変更され、アズマヤはさっきマルイと逢った場所を目標に歩き出していた。


 マルイの言葉から様々な疑問を思い浮かべ、いろいろと不安な気持ちにはなったが、ここまでミチカ達がしてくれたことを考えれば、ミチカ達が何か悪いことをしているとは考えづらい。

 それなら、マルイがあの言葉を言った理由が分からなくなるのだが、冗談で言ったようには思えなかった以上、その言葉の裏には何かがあるだろうと思い、アズマヤはマルイから話を聞こうと考えていた。


 しかし、マルイは屋敷の掃除を担当している。

 当然のことだが、一つの場所に留まっているわけではない。


 アズマヤがマルイと逢った場所に戻った時には、そこにマルイの姿はなく、どうしようかと困りながら頭を掻くことになった。


 マルイを探そうにも屋敷は広く、構造の分からないアズマヤが一人で歩いて見つかるとは思えない。

 部屋に戻るとヒノエ達に言った以上、二人と逢ってしまったら、変な誤解を与えたり、変に不安にさせたりする可能性があるので、二人と逢わないように行動した方がいい。


 そう思ったら、ここからマルイを探すのは現実的ではなく、マルイの言葉自体は気になるところではあるが、探すのはここで諦めるべきかと考えながら、アズマヤが廊下を歩いている途中のことだった。


 ふと見上げたアズマヤの視界に、一つの扉に掲げられたプレートが入ってきた。

 そこには、()()()()()()、と書かれ、アズマヤは立ち止まって、ゆっくりと首を傾げる。


 ドールルームという部屋はあまり聞いたことがなく、ルームツアーをする前のキッカの説明の中にもなかったはずだ。

 ドール、というからには人形があるのだろうかと想像してみるが、それだけに特化した部屋というのがいまいち想像できない。


(ちょっと覗くだけ……)


 そう思い、アズマヤがドアノブに手を伸ばすと、部屋の鍵はかかっていないようで、ドア自体は開くことができた。

 そのまま、ゆっくりとドアを開いて、その隙間から中を覗き込むように見てみる。


 そこで感情のない無機質な瞳と目が合って、アズマヤは思わず口を開いた。


「~~~~~~~~」


 気合いで声だけは押し殺し、無言の絶叫を響かせた。

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