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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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9-16.笑顔の写真

 写真を撮ると言われて、笑顔で写真に写れる状況ではないことくらいは端から分かり切っていた。睨みつけるようにレンズを見つめていても、無事であることが伝わるなら、それでいいと最初は考えていた。


 しかし、いざ写真を撮ってみたら、あまりに構図が犯罪染みたものになってしまい、これでは流石に印象が悪いと思ったので、急遽、横にシトを添えて撮り直すこととなった。

 キクノに無理矢理、笑顔を作らせても、それはそれで態とらしいと思ったので、代わりにシトに笑顔で写るように言った結果、満面の笑みを浮かべるシトとカメラを睨みつけるキクノという、意味の分からない二人のツーショット写真が完成する。


 その写真を手に、ブラックドッグを連れたヒマリが訪れた先こそ、写真に写るキクノの祖母、キクコが営むクリサンセマムカンパニーの本社だった。

 そこでキクノの所在を知っていることと、その証拠としての写真を提示して、ヒマリはアポがない状態ながら、キクコとの面会を取りつけようとする。


 流石にクリサンセマムカンパニーの関係者であるなら、キクノのことや顔くらいはちゃんと把握しているらしく、ヒマリが会社の受付で無謀にも正面から伝えても、それが冷やかしや訳の分からないことを言っている異常者という扱いを受けることはなかった。

 キクコかは分からないが、話は速やかに会社の上層部に通されたらしく、ヒマリは奥からやってきた社員に案内され、応接室なのか、それなりに整った部屋で待つように伝えられる。


 これはうまく引っかかったのか、それとも、悪い方向に転がっているのかと警戒しながら待っていると、ヒマリ達も入ってきた扉が開かれ、そこにヒマリは見覚えのある顔を見ることとなる。

 齢七十を超える白髪交じりの貴婦人は間違いなく、このクリサンセマムカンパニーの社長、百瀬倚久子その人だった。


 隣に側近と思われる五十代くらいの厳つい見た目の男を引き連れ、キクコは部屋の中に足を踏み入れる。そこで待つヒマリと、その手に握られたリードの先を一瞥しながら、キクコはヒマリの正面に移動してくる。


「これはどうも、わざわざ社長自ら出向いてくださるとは」


 ヒマリが立ち上がり、軽く頭を下げると、その前に移動していたキクコは興味なさげに目を逸らし、ヒマリの正面に腰を下ろしていた。


「まさか、亡き大岐土組の幹部が誘拐に手を染めるとはね」


 深くソファーに身体を預けながら、キクコはそのように口にする。ヒマリがキクノの写真を見せたことなどは伝わっているのだろう。その上でキクコがヒマリを警戒していることはそれだけで分かった。

 ヒマリは一瞬、どうしようかと考えるが、この前に手に入れた情報も含めて、ここでキクコと敵対するメリットが存在しない。誤解を解く以外の選択肢はないかと思い至りながら、ヒマリは写真を取り出す。


「別に誘拐したつもりも、脅迫するつもりもない。もしも、それが目的なら、写真を持ってくるのではなく、送りつけて他に連絡手段を用意する。その方が安全だ。わざわざ相手の手中に身を預ける理由がない。それに」


 ヒマリはキクコに見せつけるように写真をテーブルの上に置き、その写真に写る姿を指で示す。


「こんなに笑顔の誘拐写真はないだろう?」

「笑顔なのは隣の女で、うちの孫は微塵も笑ってないけどね」


 キクコは写真をじっと見つめて、一蹴するようにふんと鼻を鳴らしてから、「まあいい」と納得したように呟いている。キクコほどの人物がヒマリの言ったことに思い至っていないはずがない。恐らくは試されたのだろうと思いながら、部屋から出ていく様子もなければ、追い出されることもないのは、合格したと思っていいのだろうかとヒマリは考える。


「それで、うちの孫はどこに?」

「今は隠れ家で保護してる。写真で見ての通り、どこも怪我をしていないし、元気なものだ。ただ無理矢理、家に帰すつもりはない。帰るかどうかは本人の意思で決めさせる。そのつもりだ」


 ヒマリが帰すつもりはないと、はっきりとした意思を示した瞬間、キクコではなく、キクコと一緒に部屋に入ってきた側近の男が、怒りを顔に表しながら前のめりになっていた。


「おい、貴様、ふざけるなよ!? 今すぐにキクノ様をここに連れてこい!?」

「そうして、また家出をさせたいのか? それとも、今度はそれもできないくらい、ガチガチに監禁するのか? 目の前の問題の解決もせずに、ここに連れてきて何になる?」

「それはこちらが決めることで、貴様が決めることではない」

「それぐらい分かってる。俺が決めることじゃない。だから、彼女に決めさせている。彼女が決めて、ちゃんと問題と向き合うことを決めたら、ここに帰ってくることに意味が生まれる。それまではここに連れてくることに意味がない。そんなに生きていて、それくらいのことも分からないのか?」

「貴様に何が分か……!?」

「ウンモ!」


 キクコが声を上げ、激昂で声を荒げようとした側近の男は押し黙った。キクコは軽く視線だけを男に送り、それからヒマリに目を向ける。


「分かった。孫のことは任せよう。これ以上は何も言わない」


 キクコがそう告げたことに、側近の男は不満を懐いている様子だったが、キクコが決断したことを否定はできないのだろう。怒りは頭に溜まっているようだったが、それを抱えたまま黙るしか選択肢がない様子だった。


 これでキクノのことは一旦、話としてはまとまることとなったが、ヒマリの目的はここからだった。キクコもそのことを察しているのか、キクノの話がまとまった直後、すぐに表情を変えて、怪訝げにヒマリの顔を見つめてくる。


「ところで、こんなところにわざわざ、そんな話をしに来たのか?」


 キクコからのアシストとも取れる言葉を聞きながら、ヒマリは襟を正す。ここからが本番であると気を引き締めるように背筋を伸ばし、キクコに目を向ける。


「いや、これはただの手土産だ。ここには交渉のためにやってきた」


 ヒマリが目的を告げると、キクコの目が鋭くなった。最初に入ってきた時と似ている警戒の目だ。ヒマリがこれから何を言い出すのか、その内容の正しさまで含めて、一切を見抜こうとしている。下手な嘘は状況を悪くするだけで、気づかれずに通されることはないだろうと、ヒマリはそれだけのことで察した。


「最近、武器商人の界隈はごたついていると聞いた」


 ヒマリはこちら側の手札の開示も兼ねて、そのように切り出す。キクコの目が鋭さを増し、ヒマリが何を言及し始めたのか、推し量っている様子だ。


「何でも、客の取り合いが発生しているようだな。それも愚かにも、このクリサンセマムカンパニーから客を取る馬鹿がいるらしい」

「何の話だ?」

「惚けなくてもいい。大雑把な事情は聞いている」


 ヒマリはキクコに目線を合わせたまま、その近くに立つ側近の男の様子を探っていた。キクコは流石に表情や様子に変化を見せないが、側近の男は少し違う。表情を大きく崩してはいないが、ヒマリが今の話を始めてから、明らかに汗の量が増えている。

 どうやら、斯波兄弟から仕入れた情報は正確らしい。それが分かったことで、ヒマリは少し気持ちを落ちつかせる。


「喚阿商会と揉めているんだろう?」


 ヒマリの問いかけにキクコはゆっくりと首を傾げ、ヒマリの目の奥を覗き込むように顔を近づけてきた。


「何を考えている? そんなことを嗅ぎ回って、この業界に手を出すつもりか?」

「そんなつもりはない。俺に商売は合っていない」

「なら、何が目的だ?」

「手を貸したい」


 ヒマリがそう告げると、キクコの目は分かりやすく大きくなった。ヒマリからの返答は十分に意表をついたようだ。キクコは驚きを隠すこともなく、ヒマリからゆっくりと離れ、僅かに首を傾げる。


「何と言った?」

「手を貸したい、と言った。クリサンセマムカンパニーが喚阿商会とやり合うなら、それに俺も交ぜてもらいたい」


 ヒマリは表情を取り繕ったまま、淡々とした口調で自身の目的を開示する。これによって、クリサンセマムカンパニーとの交渉は本格的にスタートした。ここからは少しのミスが大きく響くだろう。持ち寄った手札も、最も効果を発揮するタイミングで切らなければ、ただの紙切れ同然となってしまう。

 うまくやれるのか、不安がないわけではなかったが、手の中にあるリードの感触がその不安を十分過ぎるほどに掻き消してくれていた。

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