4-3.カザリをさがせ!
ミトは起床から憂鬱だった。怪人としての二度目の仕事が決定し、今日、その仕事に赴く予定なのだが、その面子が問題だった。
ミトの他に今回の仕事を任されたのは、ソラとヤクノ、ババの三名だ。ソラは別にいいが、問題はヤクノとババの二名だ。ババはまだ逢ったばかりで、どういう人物か良く分かっておらず、ヤクノはミトをあまり良く思っていない。
それだけならまだいいが、ヤクノは今回の仕事自体にも不信感を覚えている様子だった。本当にやるべきなのかと思っているヤクノと一緒に向かって、予定通りに仕事がこなせるのかと、ミトの中に不安な気持ちが募っていた。
しかし、与えられた仕事である以上、ミトはこなさなければいけない。それが怪人組合の一員となることを決めたミトの義務だ。
その思いから、ミトはミトを迎えに来たソラと共に、これから仕事に向かう四人が集まる予定の待ち合わせ場所に向かったのだが、そこは地獄だった。
「お前と顔を突き合わせなければいけないとか、どういう罰ゲームだ?」
「それはこっちの台詞やけどね。何で、ヤクノくんも一緒に行くんかな? 俺が行くから、君はいらんよ? それとも、何や? ヒナコさんに仕事ができるアピールしたいんか? やっぱり、ヒナコさんのこと狙っとるんか?」
「いつまでお前は世迷言を言ってるんだ? アピールをしたいのはお前だろうが」
「はあ!? ちゃうし!? そんなん鼻先程度しか考えてへんし!?」
「鼻先って何だ? 量を表すのに使う言葉か?」
ミトとソラが到着するまでに、どれくらいの時間があったのか分からないが、既にヤクノとババは交戦状態に入っていた。ヤクノは冷めたテンションで、鋭い言葉をババに刺し、ババは弾けたテンションで、言葉の拳を振り被っている印象だ。
とはいえ、言葉の剣と言葉の拳では、流石に剣の方が勝っているのか、全体的に見る印象ではババがヤクノに押されているように見える。
この中に入っていくのかと、ミトが胃を痛めていると、フードを被ったソラが二人の間に割って入り、二人の言葉を止めるように手を伸ばした。二人はまだ何かを言い合おうとしていたが、その動きでピタリと停止し、言葉を飲み込んでいる。
それから、二人はゆっくりと距離を取るように離れ、それぞれ少しだけ緊張した面持ちでソラを見ていた。その動きを目にし、ようやくミトは二人が止まった理由を察する。
恐らく、あのまま言い争うまま突っ込んでいたら、ソラの電気が二人の身体に走っていたのだろう。意図的か、誤作動かは分からないが、そういう事態は確かに考えられた。
「ヤックンもキッズも、これから仕事だから。喧嘩はなし」
「キッズ……」
ここでミトはババがソラからキッズと呼ばれている事実を知る。
「チッ……」
「わ、分かったって。もう言わへんから、怒らんといてよ?」
ソラの言葉にヤクノは舌打ちを漏らし、ババは怯えた様子でソラを落ちつかせようとしていた。
が、数日とはいえ、ソラと一緒に過ごしてきた時間が長いミトには分かる。そう思っていたら、ソラが小首を傾げて、ババの顔を不思議そうに見る。
「怒ってないけど?」
ソラは本人の振る舞いから、怒っているように聞こえたり、冷めているように見えたりする瞬間が多いが、実際のところは全く違うことを思っている時の方が多い。無邪気な小犬や純真な子供に印象は近く、今も単純に喧嘩を止めたかったというところだろう。
「そ、そうなんか……? なら、ええんやけど……」
怯えるババにソラが首肯し、ババは気持ちを切り替えるように深く息を吐いていた。
「ほな、気持ちを切り替えて、仕事に向かう前に一つだけ、仕事の話をしよか」
そう告げたババがスマホを取り出し、ミトの方に目を向けてくる。
「多分、ミトくんは聞いてへんやろ?」
「昨日の話じゃなく?」
「その後に一つ情報があってん」
そう言いながら、ババはスマホの画面をミトに見せてくる。そこにはミトにも送られてきたカザリとの待ち合わせ場所が書かれている。
「一応、これから、ここに向かうんやけど、ここに例の花厳あやめ、いるか分かりません」
「えっ?」
「もっと言えば、おっても分かりません」
「ど、どういうこと?」
ババ曰く、カザリに待ち合わせ場所を送ってはみたそうなのだが、その後の返信がなく、カザリがそれを確認したのかどうか分からない状況らしい。それだけでなく、カザリの姿もはっきりと分かっていないため、本当にそこにカザリがいるのか、いたとしてカザリをどうやって見極めるのか、何も分かっていない状況にミト達は置かれているようだ。
「それはちゃんと確認を取ってから、仕事に向かうべきでは?」
「うん、まあ、それについては同感なんやけど、これをもし見てて、その場所に行ってたら、大変やからってことで、これから確認しに行くことになってん」
「行く必要があるとは思えない」
ババの説明にヤクノが割って入り、冷たくそう言い切った。
「決まったことやから、もう行きませんはあかんやろうが。我が儘言うな、ボケ」
「見ているなら連絡を返すべきだ。それができない非常識人を探し出す必要はない」
「連絡できひん状況やったんかもしれんやろうが」
「あ、あの!」
ヤクノとババの喧嘩が再び始まりそうになり、ミトは慌てて二人の話を遮るように声を発した。
「そ、それで向かったとして、どうやってその人だと見極める予定なんですか?」
「情報は特にないね。ヒメノさんと同じくらいの年齢の人ってことしか分かっとらん。見つけるよりも、見つけてもらう方が楽かもしれん」
「見つけてもらう……?」
「こっちが怪人って分かれば、向こうから話しかけてくれるかもしれんやろ?」
「そ、そんな方法、どうやって?」
「うーん、そうやね……サラさんとかって、何でも用意してくれるんかな?」
考え込むババの一言に不穏さを感じる中、ミト達は予定通り、カザリとの待ち合わせ場所に向かうことに決まった。
◇ ◆ ◇ ◆
話し合いはほとんど行われなかった。さっきまで険悪だったはずのヤクノとババは途端に意見を合わせ、気づいた時にはミトに役回りが決まっていた。
曰く、罠だった場合を考慮し、最も被害に遭っても問題ないと判断されたのがミトであるらしいが、抗議してくれたソラの言葉も虚しく、ミトは事実その通りだと思っている節があった。
この四人の中だと、最も自分が活躍する可能性が低いだろう。それは自他共に認めることだ。
仕方ないと諦めることにして、ミトはババの考えた案に乗っかることにし、用意された物を身にまとった。
それが怪人を模した着ぐるみだった。
「何で、こんな物が……」
「本当に何でやろね」
不思議そうにするババがサラさんに話を通したところ、サラさんはこの着ぐるみをほんの数十分で用意してきた。どこから持ってきたのか分からないが、どこかのショーで使われた物らしい。
「これで歩き回ったら、向こうから声をかけてくるやろ、知らんけど」
「ほ、本当に……? 普通は離れませんか?」
「そこは知らん。まあ、近づいてきてくれることを祈るしかないな」
ババはあっけらかんと言っているが、ミトとしては不安しかなかった。カザリにこちらは怪人であると伝わるだけならいいが、他の人にも伝わってしまい、いらぬ騒動に発展したり、超人からの攻撃を受けたりしないかと、ミトは冷や冷やしていた。
「ほな、頑張って。もし超人に見つかっても安心しい。俺ら三人は生き残るから」
「どこに安心する要素が?」
ミトは三人に送り出され、カザリとの待ち合わせ場所に足を踏み入れる。駅近くにある広場で、多くの人が待ち合わせ場所に使っているのか、そこには多くの人がいた。ババの言っていたヒメノと同年代の女性も、数人はその場にいる。
(この中にいるのかな?)
ミトは視界不良の中、ゆっくりとそこにいる人達を順番に見回っていく。変な着ぐるみを身にまとい、普通に歩いてくるからか、警戒した様子を見せられ、時に怒られ、時に避けられ、時に笑われているが、それ以上の騒ぎにはなっていない。
これくらいで済むなら、とミトはそれらの声や態度に我慢し、順番に広場を回ってみるが、そこにカザリらしき人物は見当たらなかった。もしくは見逃しているのかと考え、ミトはもう一度、広場の中を回ってみようかと考える。
「あ、あの……」
そこで不意にミトは死角から声をかけられた。頭を振るってみるが、声をかけてきた相手の顔はすぐに見つからない。
ただ女性であることは間違いなさそうだった。
「ど、どうしましたか?」
ミトが着ぐるみの中から声を出す。そうしてから、着ぐるみの中に入っているが喋り出すとおかしいかと考え、ミトは失敗したと思った。
だが、そこでさっきの声が再び聞こえてきた。
「怪人組合の方、ですか……?」
その問いかけにミトは思わず息を飲んでいた。