第50話 犯人を追え
デポルカの街から馬に乗ること半日、俺とアリスはニランサの村に到着した。
「村人とゴブリンの死体はすでに片付けられているか。まあ当然だな……」
数日前、この村に親戚を訪ねに来た男が、虐殺されている村人と大量のゴブリンの死体を発見した。
当初衛兵たちは、大規模なゴブリンの群れに襲われたのだろうと判断する。
しかし、畑や家畜はまったく荒らされておらず、村人やゴブリンは魔法によって殺害された形跡があった。
ラペルト伯はこれを、凶悪な魔術師による犯行と断定し、俺に犯人の追跡を緊急で依頼したという訳だ。
「ゴブリンの死体は百を超えていたという。一人の魔術師では不可能だ」
村人全員とゴブリン百匹を殺すには、最低でも六人といったところだろうか。
シュトルーデル夫妻であれば、一人でも可能だろうが……。
「もっとも不可解なのは、何故人間とゴブリン、両方を殺したのかだ。強盗が目的であれば、ゴブリンを相手にする必要はない」
俺はすべての民家を調べる。
「――やはり略奪がおこなわれた形跡はない。強盗でないのは明らかだ」
となると、魔術師達の目的は何だったのか?
それさえ分かれば、犯人につながるに違いない。
「アリス、村の周囲を調べてみる。生物の反応があったら教えてくれ」
アリスはじっと俺を見る。これは肯定を示しているはず。
返事ができるようになったアリスだが、すべてに反応してくれる訳ではないらしい。
どうも、感情が乗る様な事じゃないと駄目なようだ。
俺は柵に沿って村を回る。そして、ゴブリンの足跡を見つけた。
「ほとんどは村に侵入してきたゴブリン達のものだ。――だが、これとこれ。この二つの古い足跡は斥候のゴブリンだろう」
巣からまっすぐ進んでいる大勢のゴブリンとは違い、斥候のゴブリンは村の周囲を何度も歩き回っている。どこから侵入するべきかを、調査していたのだろう。
「おそらく村人はこの足跡に気付き、襲撃に備え魔術師ギルドに依頼したはず」
どこの村でも、毎朝柵の見回りをおこなっている。ゴブリンは農民の大敵なのだ。
足跡を見つけた場合、彼等はすぐに魔術師ギルドに依頼する。
ゴブリン退治に領主が兵を出してくれる事は、滅多にないからだ。
「――となれば、ゴブリン達を殺したのは魔術師で間違いない」
魔術師達がゴブリンを退治しに来たのは明らかだ。
空き家に複数人が寝泊まりした形跡があった。村に宿泊し、ゴブリンが来るのを待ち構えていたのだろう。
「魔術師達は村を襲いに来たのではなく、村を守りに来た。これは断定できる。――それを踏まえて、もう一度民家を見てみよう」
俺は一番荒れていた民家に入る。
「……確かに略奪はされていない。しかし、いくつも焼け焦げた跡がある。これは<火炎放射>や<雷撃>によるものだろう」
魔術師達は民家の中で魔法を撃っているという事だ。目的はもちろん、家の住人を殺す為だろう。
「これが最大の謎だ。彼等はゴブリンを退治した後、今度は村人を襲い始めている。一体なぜ?」
ラペルト伯の話では、村人は亡者化もしてないし、マイコニドにも寄生されていなかったという。
民家の住人が逃げ回った跡もあるので、自衛の為に殺したという可能性は薄いだろう。
「――ん? これは……マジックポーションの空きビンか。これだけ殺したのだから、何本も必要だっただろうな」
俺はビンを拾い上げ、じっくりと見回す。
「残念ながら、どこにでもあるビンだ。特殊な形状なら、どこのギルドか判別できたのだが……」
念の為、臭いを嗅いでみる。どうせ『パカニャの実』の酸っぱい匂いしかしないのだが。
マジックポーションは熊の胆のう、月光草の根、パカニャの実を調合して作られる。
匂いは酸っぱく、味は苦い。ゲロマズと言っていい薬だ。
「――む、何だこの臭いは……?」
嗅いだ事のない臭いだ。
「マジックポーションではないのか?」
空きビンを別の用途に使っていたのかもしれない。
だが、何か引っかかる。
「――アリス、デポルカに戻るぞ。チーに見てもらおう」
これ以上この場で得られるものはないと判断した俺は、アリスを後ろに乗せ、馬を走らせた。
* * *
「――これは間違いなくマジックポーションなのよ? 熊の代わりにゴブリンの胆のう、パカニャの実の代わりにケニハの葉を使ってるなの」
「ほう、そんな素材でも調合できるんだな」
チーはクンクンと、ビンの中の臭いを嗅いでいる。
彼女ほどの錬金術師であれば、嗅いだだけで複数の素材を特定できるようだ。
「まあ、調合はできるなの。でも抽出が凄い難しいから、普通は使わないなのよ?」
「あえて使う理由はあるか? 例えば、安く作れるとか?」
マジックポーションのコストは、どこのギルドも悩みの種のはずだ。
多少手間をかけてでも、コストダウンしたいだろう。
「うーん、確かに素材自体は安価だから調合は安く済むんだけど、結局抽出にコストがかかるから、かえって割高になるなのよねえ……」
「なるほど。――抽出しなかった場合どうなる?」
「ゴブリンの胆のうは暴力衝動、ケニハの葉は幻覚症状を引き起こすなの。相当ヤバい薬になっちゃうなのねー」
ビンゴだ。犯人にかなり近づく事ができた。
「チー、このマジックポーションが、ちゃんと抽出されているか調べられるか?」
「え!? ビンにちょっと残ってるから、いけそうだけど……」
チーは特殊な濾紙の上に、薬をわずかに垂らした。
青い薬が滲んで広がっていくにつれ、何層もの色に分かれる。
「――うお!? これ、まったく抽出してねえなの! マジでヤバいなのよ、この薬!」
「礼を言うぞチー。これで謎を解けた。魔術師達はマジックポーションの副作用のせいで、村人を殺めてしまったようだ」
俺は街一番の錬金素材屋を訪ね、ゴブリンの胆のうと、ケニハの葉を大量に購入した者がいるかを訪ねた。
「――ああ、マルヤンさんですね」
「マルヤン? 錬金術師ですか?」
「……えーっと、どうだったかな?」
「スノーハーピーの羽を、二十枚いただけますか?」
矢羽の素材としては最高級品だ。
これを使う事で矢の精度は極めて高くなるが、使い捨てに近い矢に、こんな高価な物を使う事は極めて稀である。
弓術大会の本番で用いられるくらいだろうか?
その為、この店にも在庫がたんまりと残っており、俺はそれをまとめて買い上げたという事だ。
「おお! それはありがたい! 弓術大会に参加されるのですか?」
「いえ、最近長距離狙撃にハマっていましてね。――ところで、マルヤンさんについてですが……」
「ええ、ええ。マルヤンさんはエースの錬金術師ですよ。【高潔なる導き手】のね」
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