吉野宮暁良と隠された扉 3
「タオル類とかはあったけど下着とかは無かったな」
「ああ、本当によかった」
「···」
「いや、ちょっと残念そうな顔してんじゃねーよ」
「いや別にしてねーし、···ほら次だ次」
俺は手を叩きながら話を切り上げる。
そして洗面台や脱衣所の掃除、及びマットなどの交換を5人ほどの斬像達にやらせながら、俺と騎士は残り半分を連れて大浴場に入る。
流石に誰かが入浴していた時点から時間もかなり経っているせいか、入学初日の一番最初に大浴場を訪れた時のあの興奮は無かった。
「よし始めるか」
そう言うと俺は、早速ブラシで大浴場の床を擦り始める。
そしてそれからお互いにあまり喋ること無く、黙々と掃除をしていく。
そうして、約1時間程が経過する。
「それにしてもお前が初日以降、この大浴場に訪れていないというのは逆に驚きだな」
「どういう意味だよそれ、俺はこれでも秩序をもって学園生活をおくってんだぞ」
「ふっ、女装して女子校に侵入している時点で秩序も何も無い気がするがな」
「は?お前、今の自分の姿鏡で見てみろよ。老婆に変装して女子寮に侵入にしてる変態教師の頭にはでっかいブーメラン刺さってっから」
「お前それは······はあ、俺本当になんでこんな事してんだろ」
「ぶっははは、ウケるわ」
そんな事を言いながら項垂れて肩を落とす騎士を見て爆笑する俺だが、それから数秒後、大浴場についてふと疑問に感じたことがあり、我に返る。
「···あー、そういえば、俺達が大浴場使わないことを不審に思っている人もいるのかな。てかリリネとか東雲さんとかも最近は誘ってこないし···、もしかしたら陥没乳首だとか思われてるのかな?それはそれで嫌だわ」
「···まあそうだな」
「って、いやいや、ここは包茎と陥没乳首を一緒の括りみたいに言うんじゃねーよって言うところだろ?·······あ!?、もしかして騎士くん···だったらごめんな」
「はあ···□□□□」
「え?なんて?」
「疲れたって言っただけだ。ほらそんなこと言ってないで手を動かしてくれ」
「うん、いやまあいいけどさ、俺はその間10体の斬像を同時に操作してるってこと忘れないでね」
とそんな感じの雑談を繰り広げながら、さらに30分ほど掃除をしてようやく全ての工程が終了する。
「ふー、ようやく終わった」
チェックも終了し、不備がないことを確認出来たため、俺は脱衣所に残っていた斬像を全て消滅させる。
「さ、後は作戦通りにな。もう変な仕事任されるなよ」
よし、これであとは時間差で俺の部屋までたどり着ければ勝ち確だ。
そう考え、俺はほくそ笑みながら大浴場と脱衣所を繋ぐ扉に手を掛けようとする。
すると。
「いやー、今日の訓練も辛かったわねー」
「やっぱり、訓練で疲れた身体を癒すのはお風呂ね」
「外に掃除用具があったからまだ掃除してるのかと思ったけどこのピカピカな感じは掃除も済んでるみたい」
「そう見たいね。というかホントに今日はピカピカね。心音ちゃん頑張ったのかしら」
そんな感じで4人程の女子の声が脱衣所の方から聞こえてきて俺は扉に手を掛けようとしたタイミングで硬直してしまう。
「てか、あれ?また胸大きくなってない?」
「えー、そんな事ないってー」
「どれどれ、おじさんが確かめてあげよう」
と俺が固まっている数秒の間も脱衣所では楽しそうにじゃれ合う女子の声が響き、俺の元に届き続ける。
「はあはあ···」
究極の選択を迫られ、俺は興奮からではなく呼吸を乱す。
例えば俺がこの扉を開け、出ていったとしても女子達からはなんの疑いも掛けられないだろうし、寧ろ掃除した事を感謝されることだろう。
ノーリスクだ。ノーリスクで女子の裸体を拝む事ができる。
男としてこんな破格な条件を提示されて実行しないなんてただの馬鹿だろ?
例えば道端に1億円が落ちていてそれを持ち逃げしても犯人が自分であるという事が一生誰にもバレないとしたら、何人の人間がそれを持ち逃げしないだろうか。
···そう人間なんて多くの場合は相手の気持ちなど隅に置いて、結局は自分の事しか考えていないのだ。
ここで扉を開けるのも自分の為、少ないリスクを恐れて扉を開けないのも自分の為、また、良心の呵責で開けないとしてもそれは自分の中での自分の価値を落とさないための行為であり、結局は自分の為なのだ。
さあ、それで俺の答えはどうだ?
扉を開けるか開けないか?
···。
「ぐっ···」
「?」
「ぐっぐぐ···」
「頑張れ頑張るんだ吉野宮!」
「···ぐっ、で、でったいだ···」
きっと今の俺は血涙を流さんばかりの苦悶の表情を浮かべている事だろう。
「偉い、偉いぞ、よく決断したな吉野宮!お前なら出来ると思っていたぞ······って、どこへ」
こんな事で赤ちゃんが初めて歩いた時くらいの感じで褒めてくる騎士の手を引き、俺は露天風呂の方へと向かい、その道中に神具を展開する。
そして。
「しっかり捕まれ」
と俺は騎士を抱える様に担ぎあげると、そのまま高くジャンプして露天風呂の塀を飛び越え外へと脱出した。




