エピローグ 2 ( 終 )
「ふーう……」
のどかな………青空の広がる午後、レーネは久しぶりにレーネの温泉に来た。
レーネの収集の仕事も、ルークの木工品や魔導具作りも順調に注文が入り、忙しかった。
ルークの製作する魔道具は使い手が作り手になっただけに斬新で、無駄がなくすこぶる評判がいい。レーネは収集は趣味に留めて、ルークの裏方に回ろうかと真剣に考えている。経営のイロハを教えたがる人物がすぐそばで手ぐすね引いて待っている。時代はやっぱり商人だ。きっと面白い。
ボーっと水平線を眺めていると、頭上でピィーと鳴き声がする。
見上げると、鳶だった。
カルと、〈アカツキ〉に守られていた生活を思い出す。〈アカツキ〉は火龍に刺したまま戻ってこなかった。
聖鷹と聖剣のないレーネ。レーネは自分はもう〈勇者〉を卒業したのだと純粋に感じていた。
(そもそも私なんかが勇者でよかったのかって思うよ、まったく。)
一度目の討伐も、二度目の討伐もギリギリ生き残った。大事な仲間を危険に晒し、ゼンクウとネル老師とカルを亡くし、サイラスの脚を犠牲にした。
もっと早く異変に気付き、火龍に駆けつけていればサイラスは脚を無くさず済んだのに、と悔やんでも悔やみきれないが、サイラスは、
『レーネ、ありがとう。愛弟子に助けられるなんて師匠冥利に尽きるよ。脚?脚が一本ないくらいで私が不自由するとでも?』
そう言ってニヤリと笑った。
レーネはありがたくその心遣いの冗談に乗っかった。いつでもサイラスの杖であろうと決意して。
なかなか会えないサイラスを思うと寂しい。自分のために距離を置いているのがわかるだけに切ない。
王城でなおも戦い続ける気高く美しい恩師にレーネができることは、マメに手紙を書くことくらいだ。ウダイを見習い……さりげない愛を込めて。
レーネが物思いに沈んでいると、
「レーネ!」
いつのまにかルークがやってきて隣で服を脱ぎはじめる。
レーネはまたかと諦めて湯上がり着を羽織り端に寄る。
ルークの身体の傷もとうに消え、今では細かい手作業でついた切り傷くらいしか残ってない。スラリとしなやかな筋肉は大工仕事のせいで保たれていて、顔つきはすっかり大人だ。
まあ、大人でないと困る。父親なのだから。
「はー疲れた。」
ルークが湯につかり、顔をジャブジャブと洗う。
「ランは?」
「何でもウダイに『とっても大事な話』があるってさ。だからレーネを追いかけてきた。」
ルークはレーネを一人にするのを未だ不安がる。昔レーネがひっそり消えたから。レーネに言わせればルークも火龍の際衝撃的な消え方をしたのだからおあいこだと思っている。
「みんなランに甘いんだから。」
「で、レーネはどうしたの?浮かない顔してる。」
ルークはレーネの濡れたまばゆい金髪を頭の後ろに撫で下ろす。
ルークに隠し事は意味がない。今のレーネを作り上げた全てを見られてるのだから。
「ん………私なんかが〈勇者〉じゃなかったら、もっとみんなを救えたんじゃないかなって………凹んでた。」
ルークが真剣な表情を浮かべ、レーネを抱き上げ膝に乗せた。
「レーネが〈勇者〉じゃなかったら、俺は出会えなかった。」
(それはそうだ。)
「レーネが〈勇者〉だったから、俺たちは力を合わせた。」
(そうなの?)
「レーネが優しい〈勇者〉だったから、俺たちを見捨てずに助けてくれた。」
(……………)
「レーネは間違いなく〈勇者〉だよ。レーネ以外ありえない。レーネは嫌かもしれないけれどレーネと〈勇者〉は切り離せない。そして俺は全部ひっくるめたレーネが好きだ。」
ルークのルビーの瞳がレーネを甘く熱っぽく見つめる。レーネはルークの非情な面も知っているだけにドギマギする。ランにも見せない自分だけに見せる顔。
死に際でも離さないでくれた左腕を腰にまわされ、右手で左手をギュッと繋がれ、上からゆっくりとキスされる。
鼻が触れ合う距離で尋ねられる。
「奥さん、幸せ?」
幸せ?
ルークがいて、ランがいて、大事な人々が笑ってる。
(ああ………お母さん、山神様………私、幸せになってた…………)
「うん………ありがとう、ルーク。」
「よかった。」
「…………ルークは?」
「大好きなレーネが結婚してくれて、ランが生まれて、今、レーネが腕の中にいる。最高に幸せ。」
「よかった………」
おでこをコツンと合わせる。
「ずっと一緒だ。」
「ずっと一緒ね。」
二人はどちらからともなくフワリとキスをした。
頭上では鳶が二羽となり、クルクルと仲良く円を描き、
ピィーヒョロロー、ピィーーーっと鳴いていた。
〈終〉
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ひっそりと始めたレーネの(とても地味な)物語でしたが、思いがけなくたくさんの方見つけていただき感謝です。
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