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レーネはひるんだ。
(ルークにだけは見せられない!)
「やだ。」
ルークは眉間にシワをよせるとレーネのお腹に回していた手で脇腹をくすぐった。
「きゃーーーーーーはははははっ!」
ルークはエンジのマントからレーネのむき出しの右腕を引っ張りだした。
「ルーク!やめて!」
レーネの願いも虚しく、ルークはレーネ手首をガッチリ掴んでマジマジとケロイドを眺めている。
レーネはサイラスに感謝した。これでも随分凹凸が減った。前の状態を見せずに済んだ。
「これ、青炎だよね。」
レーネは誤魔化しきれないと諦めた。
「不可抗力ってやつ。」
「ふざけんな!レーネにこんなケガ、させられるわけないだろ!」
「ルーク!時間がなかったじゃん。これしか方法なかったじゃん!青炎しか魔王殺れないんだからしょうがなかったじゃん……………」
「………………」
「わかってるでしょ?だからこれ、ルークのせいじゃないから。気にしないで。」
「…………気にするさ。」
ルークはレーネの右腕を下からうやうやしく持ち上げ、ケロイドにキスをした。
レーネは言葉が出なかった。
ルークは儀式のような仕草でレーネの右腕を下ろし、再びマントで包んだ。そしてレーネと目を合わせた。
「俺、強くなったよ。もうレーネを傷つけることは絶対ない。」
「だから、ルークに傷つけられたことなんかないって!でも、強くなったのはわかる。魔力も圧も数段上がってる。」
「これからは、俺がレーネを守るから………レーネ、結婚して。」
「へっ?」
レーネはパチンと指を鳴らした。
「あ、あれか!傷モノにしたから責任取ります、的な?」
「違う!!!」
「じゃあ………どうして?」
「俺たち13からずっと一緒だろ………これからも一緒にいたい。好きだから。」
「……………」
「ほら、レーネより、弱いと、レーネの尻に敷かれるだろ?だから、俺、お前よりも強くなった。」
ルークは軽くおどけてみせる。
「…………なにそれ。」
「………レーネ、好きだ。これまでみたいに、ケンカして、笑って、生きていこう。一緒に。」
「そんなこと………今まで一言も…………」
「俺のこと、嫌いになっちゃった?」
もちろんレーネはルークのことが大好きだ。ルークと二人だったから、理不尽なことばかり言う大人の中で息ができた。同じ年のルークの努力を見て自分ももっと!と奮い立たせた。
でも、それは結婚につながる愛なのか?それに………
「これまで一緒にいたのは私だけじゃないでしょ?ルークは人気者だもん。」
人気者の、愛に囲まれたルークの側は、逆に孤独を募らせる。
それに…………『従者』と言われた衝撃は忘れられない。
「レーネにかなうやつがいるわけないだろ?」
「ルーク、私はすっかり弱いよ。」
「そういう意味で言ってないことわかってるだろ?あの討伐という最悪を一緒にくぐりぬけて、共感できて、信頼できるのはレーネだけって言ってるんだ。」
「…………だからこそ、私じゃその最悪を思い出しちゃうんじゃない?いっそ、フンワリしたお嬢様のほうが、幸せになれるかもよ。お母様もそうお望みなんじゃ?」
ルークの両親もまた、サイラスほどではないが立派なご身分で、その立派なルークの母に煙たがられているのをレーネは肌で感じていた。傷だらけでガサツで学も何もない自分は彼の母の求める嫁とは真逆だろう。
「母のことはどうでもいい。平和ボケした令嬢に媚びを売るなんてまっぴらだ。」
吐き捨てるように言い放つルークに、おや?と思う。
「…………お母様とケンカでもしたの?」
「家族とは…………少し距離を置いている。」
「ダメよ!ルーク!ご家族といさかいなんて!あんなに愛してくださっているのに!」
家族が恋しくて恋しくて恋しいレーネにとって、ルークの現状は許しがたい。目に力を入れグッと睨みつけた。
するとルビーの両眼もギラリと光り、容赦なくレーネを威圧した。
「うるさい。お前にだけは言われたくない。レーネだって全てを切り捨てて一人を欲したくせに!」
「違うわ!」
(私は切り捨てたんじゃない…………ホントの意味で自分の需要がないことに気づいただけよ………)
でも、ルークにこれ以上説明することはやめた。疲れた。私の想いなど無意味だ。ルークの家庭に口を挟む資格はない。レーネは視線を海に移し、水面を眺めた。
ルークは自分の失言にギュッと目を閉じた。
(何やってんだ俺は!)
相変わらずすぐカッとなり、深く考えもせず思いつくまま怒鳴ってしまう。レーネと自分では状況も立場も何もかも違っていたのに。レーネは追い詰められて、飛び出したのに。
腰に回した腕に力を入れる。
「レーネ、ゴメン。レーネをゼーブから追い出して、一人にしたのは俺なのに。」
「………違うよ。ねえ、もう離して。」
ルークは怯えた。今、離したら二度と会えない。
「俺たちやっぱりケンカになるな。ねえ知ってた?俺、ケンカの相手、レーネだけだって。威圧にケロッとしてるのもレーネだけだし、ケンカするほどムカついて、心配して、絶対仲直りできると信じてるのレーネだけ。そもそも素で話せるのはレーネだけ。お互い正体バレすぎてるからなー。」
レーネはもがくがビクともせず、ルークはレーネの頭にアゴを乗せた。
「念話が通じなくなったとき、レーネに捨てられたって思った。寂しくて死ぬかと思った。また、俺に、同じ思いをさせる気か?」
「…………また脅迫………」
「また?」
ルークが不思議そうにレーネと目を合わせた。
「サイラス先生。」
「師弟だからな。」
「最悪。」
「…………レーネ、俺はサイラス様みたいなスーパー魔法でお前を追いかけることはできない。だからお前がまた消えないようにずっと手を繋いでる。」
ルークは再びマントの中からレーネの手をとり、しっかり握った。
討伐の道中、暗闇の森を抜ける時にレーネの手をギュッと握り、
『はぐれるなよ』
と照れくさそうに言ってくれた少年の顔が、すぐ真横にある精悍な顔と重なる。憧れの深紅の瞳。
(私は…………はぐれていたの………かな…………)




