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魔王討伐その後で  作者: 小田 ヒロ
第三章
32/51

30

「消えるなんて………許さないよ。」

サイラスが、レーネが修行中、命の危険を犯したときに絞り出していた、低い声で唸る。


「先生には………関係ない。」

レーネの決意は村や、ゼーブや、アコンや、親子の魔獣との経験で定まったもの。サイラスにどうこう言われる筋合いはないのだ。


サイラスがレーネの両肩をガッチリと掴み、睨みつけた。

「そうか、ならば私はレーネが今度消えたら私も消えることにする。」


「せ、先生、何言ってんの?」


「レーネには関係ないだろう?私が君の後を追おうと。」


「先生は、この世界に必要な方です!」


「レーネに必要とされなければ意味ないね。」


「先生…………これは脅しだわ。」


「だから?私の性格は知ってるはずだよ。」


容赦ない厳しいサイラス、でもそれは弟子の身を案じてのこと。当然レーネは知っている。


(私のことなんか………心配しないで…………)


しばらくの沈黙の後、レーネの瞳からポロンポロンと涙が溢れる。涙はレーネの温泉を見つけた日以来だ。金縛りで拭うこともできない。


(せっかく定まっていた、私の死に様が、どんどんブレる………私の心も……ブレブレだ………)


「どうすればいいの………」


レーネのつぶやきにサイラスは表情を緩め、涙を優しく唇で受け止めた。何度も。そして赤ん坊にするように横抱きに抱えなおし、レーネの小さな体を包み込んだ。


「レーネ、まず10日、チェックしてごらん?私が信頼できるかどうか?私の愛が本物かどうか?あらゆる敵からレーネを守っているか?レーネの家を乗っ取らないか?レーネのそばに居たいからここに来たというのは本当か?レーネの邪魔は決してしないよ。レーネ……譲歩して?」







有言実行の恩師に命をかけられて、レーネは譲歩する以外の選択肢などなかった。


10日過ごしてみて、結論、レーネは小屋を乗っ取られた。

サイラスはどこからか美しいもの、便利なものを取り寄せて、レーネの小屋を飾り付ける。ベッドはマットレスを持ち込まれふわふわだ。どんどん小屋は生活感を帯びていき、執着が湧きそうで恐ろしい。


レーネの使いふるした古着はサイラスの新品のローブに変えられ、大きいと文句を言うと器用に裾詰される。

食事時、一人森をボンヤリ歩こうとすると、サイラスもついてくる。


「先生はどっかで何か食べてきたら?」

「レーネが食べないのならいりません。」


「もうやだ……………」


サイラスが狩った獲物を一緒に食べるハメになる。


ニコニコ笑いながら、レーネを操り翻弄するサイラスだが、レーネが治療を固辞すると、鬼のように威圧してくる。


「先生、もう十分良くなりました。ほら、左腕、上がるようになったもん。もう治療結構ですって。」

「レーネはいつから回復魔術の専門家になった?」


レーネは見っともない体を見られたくない。なんせ〈バケモノ〉と言われた肌なのだ。サイラスの治療は苦行だ。例えもう何度も見せた後だとしても。レーネは黙って俯く。


「レーネ………眠っときなさい。」


「いえ、このままで」

自分の治療ごときに高位の麻痺術までかけさせては申し訳ない。痛みは随分減ったのだ。


しかし、レーネはベッドにうつ伏せになった途端、意識が遠のき、


「愛しているよ。」


それを聞いたあと、記憶が落ちる。いつものやりとり。


私は………やっぱり……弱い。





サイラスは無理やり寝る前の日課にした治療を終え、レーネの衣類を整えた。まだまだ時間がかかりそうだと思う。怪我の完治もレーネの心が溶けるのも。

この時間は1日の反省会だ。


レーネが自分に肌を見せたくないことくらいわかっている。サイラスすら毎回息をのんでしまう深い傷。女性として当然だ。だからこそ治療しなければ。そして治療するのは自分だ。他の男に見せるわけがない。


肩の傷はレーネが身を呈してジャノンからサイラスを庇ったときのもの。大きな傷も小さな傷も心当たりがある。ずっと共にいたのだ。レーネの傷は自分やルークを守りぬいた証。


「気持ち悪いと思うわけがないだろう?バカな()だ。」


サイラスはそっと背中をさすり続ける。痛みが少しでも薄れるように。


サイラスの周りには幼い頃より大勢の女が群がる。王族を離れ、名前を変えても増え続ける。

その理由は…………サイラスの子供には王位継承権があると思われているからだ。そんな未来の話、どこからも出ていないというのに。


サイラス個人を見るわけでもなく、討伐による心痛を慮るでもなく、ただ種馬としか思っていない女共と…………サイラスを守るために恐怖に震えつつ進んで魔獣の前に出るレーネ。どちらを信じられるか、愛しく思うか、答えはわかりきっている。大事に大事に手塩にかけて育ててきたのだ。ゼンクウとともに。



優しいレーネに漬け込んで、ここで一緒に暮らす権利をもぎ取った。しかしレーネは人を受け入れることに葛藤している。押し付けるばかりの冷たい人間たちを拒絶することで、この二年、ひっそりようやく生き抜いてきたのだ。


(同罪だって、わかってるさ)


尊敬はされている。しかしレーネをかえりみない存在と思われている。挽回し、信じてもらえないと………レーネは死ぬ。


(手負いの虎のようだな………)

手を差しのべても、牙をむき、近ずくと自傷する。そっと見守っても衰弱する。気高い生き物。


(縛ってでも、恨まれても、憎まれても、とりあえず食べさせて、治療して、生存率を上げなければ!)

それができるのは師という強制力を持つサイラスのみ。だからこそウダイはサイラスに託したのだ。


(ゼンクウ…………あなたがいてくれたら…………)

サイラスを生かすために消えた男。サイラスが後にも先にも唯一模範とする男。


「弱音など、私らしくもない。」

サイラスはゆっくり首を振る。




治療には毎回サイラスの魔力を相当量注ぎ込む。今ではレーネの体に自分の魔力が渦巻いているのがサイラスには視覚化できる。それはつまり、レーネに鈴をつけたのと同じこと。意図したわけではないが、今後レーネが姿をくらましても、自分の 魔力を探せばいいだけだ。………やはり安心する。


「レーネ、私は汚いだろう?もう決して見失わない。」


サイラスはレーネの額にキスを落とした。おやすみのキス。ゼンクウを真似た。







ようやく30話。お読みいただいてる全ての皆さまありがとうございます!

ムーンにバレンタインの小話を載せるため、一週間ほど更新お休みします。


今後ともよろしくお願いします。




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[一言] ゼンクウ・・・気になる
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