美の女神
レイアの事情的な話。
この世界には、神様がおり、力 美 知 富 愛 それぞれを司っていると言われている。
とはいえ、本当に神様がいると信じている者は神殿関係者と一部の信心深い人で、一般には気休め状態ではあるが、それでも人々は祈りを捧げている。
そんな中、神様がいると知っている少女がいた。
しかし少女は、その事について誰にも言うことは無かった。
その理由は『めんどくさい』
少女は、幼い頃から面倒くさがりだった。
しかし、なぜ少女は神様がいると知っていたのか?
それは、少女が面倒くさがりになる原因ともなったある出来事が関係していた。
リーデン王国の第二王女であるレイアは、赤ちゃんと言われる時期に声を聞いた。
すでに、思考が発達していたレイアは、それが家族の者で無く、耳で聞いているわけではないことも、言葉の意味も分かっていた。
声はとても美しい声で言う。
『可愛い可愛いレイア、私の言っている事はわかるわよね? だって、私が知の神にお願いして、あなたに祝福を与えて貰ったのだから』
レイアは、その声の言葉に疑問を覚える。
それは、声の主が誰なのか、知の神から何故祝福を貰えたのかということ。
『私は美の女神。あなたは私が相応しいと思ったから特別な祝福を与え、そして知の神から、祝福を与えるようお願いしたの。美しく賢い人間って素敵なのでしょう? 特に人間の女性は美しさを常に求めている。私に祈る女性も多いのよ』
レイアにとってみれば、女性が美しさを求めるとかなんとかは、分からないが、自らを女神というその声の言う相応しいとはなんなのかが気になっていた。
『あなたは次期美の女神として相応しい。私の後継者ってところね。そもそも私達神は元々は人間だったのよ。神格化しても永遠ではなく、神にも神としての寿命があるの。人間にしてみれば永遠とも言えるほど長いけれど。そして、寿命を迎える前に後継者を探す。レイア、あなたは私の後継者として私が選んだ。だから人間としての生を終えた後は美の女神として、私の後を継いでね』
はっきりとした意思を持った者なら、文句の一つや二つは出て来るかも知れない、一方的な言葉。
しかし、レイアは、まだそのことがよくわからなかった。
『すぐにわかるわ、だってあなたは賢いから。元々あなたは賢くそして天使のようだった。私はあなたが産まれた時、直感的に、後継者をあなたにすると決めた。その時すでに、次期美の女神として特別な祝福を与えているから、最終的な運命は変わらないけど、どう生きるかはあなた次第よ。私のレイア、あなたが神となる日を待っているわ』
そして声は聞こえなくなった。
それから、声を聞いたことは無いが、その事は忘れる事は無かった。
そしてあるときレイアは、美の女神が言っていた事を理解していく。
「どう生きるかは、わたししだい・・・・どうなるか決まっているなら、どう生きてもしかたないよね」
女神となるのは決まっている。
それは死んだ後なのだが、死んだ後どうなるか決められたレイアは〝生きる〟事の意味が感じられなかった。
「めんどくさいなー」
しかし、レイアに、生きることを放棄するという考えはなかった。
レイアは、自分の立場が分かっていたし、死にたいわけでもなかった。
どう生きるか
第二王女として相応しく生きるのが普通だろう。
しかし、レイアは思う。
『めんどくさい』と。
今までも、めんどくさいとは思っていたのだ。
それが顕著になったのは、女神の言葉を理解してからだった。
それからレイアは、必要最低限な事以外はしなくなった。
怠惰な生活スタイルだと自覚しているが、直す気はなかった。
そして、美の女神の後継者として特別な祝福を受けているからか、元々の美しさに加えて、さらに美しくなっていった。
それは結婚してからも、あまり変わることは無かった。
あまりということは、少しは変わったところもあるということ。
レイアは、初めて恋をした。
一目惚れの相手と結婚し、その相手とはとても相性がいいと感じていた。
恋とか愛とかも考えるだけで面倒くさかったレイアだが、その相手であるライナーに対してはめんどくさいとは思わなかった。
そして、恋をしてレイアは、より美しくなる。
「申し訳ありません!」
頭を下げるのは、有名な画家だった。
「一体どうしたのだ?」
突然の事だったため、彼を呼んだライナーが問いかける。
画家はキャンパスを見せながら言った。
「描き終わったのですが、私にはレイア様の魅力を描き出す事ができませんでした」
そこには椅子にもたれかかっているレイアの姿が描かれていた。
画家は、レイアの肖像画を頼まれていたのだった。
レイアは面倒くさがって拒否をしていたが、ライナーの説得により承諾している。
モデルとなったレイアは、椅子にもたれかかったまま二人の様子を見ていた。
「ふむ、なるほど。確かに何かが足りないな」
「はい、何かが足りないのです。これではレイア様本来の美しさの半分も出せていません」
(いくら何でも大袈裟すぎると思うのだけど)
夫と画家の会話を聞きながらレイアは呆れる。
二人は、あぁでもない、こうでもないと議論?をし始めていた。
(わざわざ私の肖像画なんて残さなくてもいいのに)
今もそう思うが、愛する夫があまりに真剣だったので口にはださないでいる。
もっとも、彼女が思っている事はライナーには筒抜けだったりするが、それをレイアは知らない。
ライナーは、レイアが来てからわずか一週間で、彼女と意思疎通が完璧にとれるようになり、考えていることも分かるようになっていた。
レイアは、表情もあまり出さないため、何を考え、思っているのかサーヤや家族でさえも分からない事もあるのだが、なぜライナーが分かるのかと問いかければ「愛だ」と彼は答えるだろう。
(まだかしら、めんどくさい)
「あぁ、ごめんよレイア。君は部屋に戻って休んでおいで」
一旦議論を中断し、ライナーがレイアの思いをくみとり、部屋に戻っていいと言う。
レイアはわずかに頷き、サーヤと共にこの部屋を出た。
その直後に、再び議論が開始された。
「ふぅ、まぁこれ以上は無理となると仕方ないか」
「申し訳ありません。私の力が及ばないために・・・・」
「いや、レイアが絵にも描けないほど美しいということだからな。あなた以外の者だと筆を取ることすら難しいだろう」
「それは、そうかも知れません。私もレイア様を見たときは畏れ多くて絵にかくということに躊躇いを持ちましたから。気合でなんとか筆を動かす事が出来ましたが、満足行く結果ではありませんでした」
悔しがる画家は、この後、修業すると言い残し、世界を旅してありとあらゆる絵を書き続けていき、世界一と言われる画家となる。
そしてレイアは、世界一の画家をもってしても描ききれない美しさの持ち主として、代々語り継がれて行く事になる。
部屋に戻ったレイアは、城で使っていたベッドよりも大きいベッドの上で転がっていた。
サーヤは、飲み物を用意するため部屋を出ている。
(美の女神様が私を後継者に選ばなかったら、どんな人生を送っていたのかしら)
声を聞いた時のことは、よく覚えていた。
(まぁ、考えても仕方ない事ね。ライナー様、話しは終わったかしら?)
しかし、すぐに思いはライナーのことに変わる。
ライナーにはいずれ、話してもいいかもしれないとレイアは思っていた。
全てを話した後、彼がどう反応するのかは分からないが、それでも彼は愛し続けてくれるだろうと、レイアは直感的に思っていた。
時が過ぎ、ライナーが寿命を全うした翌日、後を追うようにしてレイアも静かに息を引き取った。
しかし、レイアは老いても美しかった。
年は取り、老化もしていたが、それでも彼女は最期まで美しかったのだ。
「きっとお母様は、美の女神様に愛されていたのよ。だって、わたしもこの子もお母様程美しくないもの。お母様の美しさは特別だった。お父様は何か知っていたようだったけど、私には話してくれなかったわ」
そう語るのは、レイアの娘。彼女は、幼い娘の頭を撫でている。
彼女は、髪の色以外は父親であるライナーに似ていた。
彼女だけでなく、レイアの子供達は皆父親似だった。
まるで、レイアの美しさはレイアだけだと示すように。
その後、レイアとライナーは同じ墓にいれられた。
『あぁ、待っていたわレイア!』
気づけばレイアは知らない場所にいた。
そして目の前には、柔らかな金色の髪に透き通るサファイアのような瞳をした美女がいた。
そして、動く度に揺れる胸。レイアは、胸は大きくも無く小さくもない美乳の持ち主だったが、美女は巨乳の持ち主だった。
相手が女神とはいえ、おなじ女性としても目についてしまう。
肩こりそうだな。と。
『あと百年程で私は女神としての力を失ってしまうから、それまでに美を司る女神として、色々覚えてもらうわ』
どうやら、すぐに女神になるわけではないようだった。
『じゃあ始めましょう』
美の女神の言葉にレイアは頷いた。
その後レイアは、女神見習いとして百年間勉強した後に、正式な美の女神となった。
そして、代替わりした後の女神は光となり消滅した。
消滅した女神は、どこかの世界や時代で、人間や動物等に生まれ変わる。
その時、女神だった頃の記憶や力は無い。
それが、女神の人生なのだった。
『いつか、私が生まれ変わったら、あの人の生まれ変わりと一緒になりたいわ』
女神となった後も、人間だった頃に、愛した人の事を想う。
『ライナー様、私はずっとずっとあなたのことを愛してます。女神の人生が終わって、生まれ変わった後も、きっと忘れません』
だから、あなたも、私のことを忘れないで下さい。
これで完結とさせていただきます。