第5話 舞踏会の裏で
煌びやかな舞踏会が開かれている一方。
王城の南側の一つの尖塔の中、ジークベルトとニクラウスは薄暗い室内で額を付き合わせるように書物を捲っていた。
※
昨日、王宮に出発する前のバノーファの宿でティアナに契約の刻印のことを話した時、紙にその刻印を書き写していた。
刻印に書かれた文字は、遥か古の時代に使われていた魔法文字アンスール文字。その種類は多く、組み合わせによって意味が様々あり、ジークベルトが魔導師として知っている文字も多少はあるが、まだまだ知らない文字の方が多い。だから所々読みとれる文字もあるが、すべてを明らかにするには、古文書を紐解き、照らし合わせていかないといけなかった。
王宮に着いたジークベルトは、すぐにドルデスハンテ国王宮お抱え魔導師ニコラウスの元を訪れる。
コンコン。南の尖塔の木でできた身長の倍はある高さの重厚な扉を叩く。
「どなたかな?」
よく透る声が室内から響き、ジークベルトは重い扉を押して室内に足を踏み入れた。
室内は壁にかけられたいくつもの角灯の明かりが照らされ、円形の室内の壁には奥へ続く二つの扉と、それ以外は備え付けの本棚がぐるりと壁を覆っている。部屋の奥には黒檀の机と椅子、ソファーが置かれ、机の上や床の至る所には足の踏み場もないほど本が無造作に積み上げられている。右側の小さな机の上には何かを作る機械のようなもの、得体の知れない瓶がいくつも並べられている。
中央には何かの魔法陣が描かれ、その側に長い白髪をお洒落に編み込み背中に流した人物がしゃがみこみ片手に本を広げ、床に何か一生懸命に書いている。
その後ろ姿にジークベルトは声をかける。
「あの、ニクラウス殿……ですか?」
振り返り立ち上がった老人は、服の上からでもわかる老人とは思えない様な形のよい筋肉が印象的で、ジークベルトと身長は変わらない――いや、わずかにニクラウスの方が高い。長い綺麗な白髪、白い口髭、穏やかな目元、通った鼻筋からは昔は相当の美男子だったことが想像できる。
「わしがニクラウスじゃが、お前さんはどこのどなたじゃ?」
「はじめまして、ジークベルト……クンツェと申します」
「ふむ」
ニクラウスは顎髭を触りながら、ジークベルトの頭からつま先までをじーっと眺める。
「お前さんがレオンがイーザから連れてきたという魔導師じゃな、話は聞いておる。森の魔法使いにかけられたレオンの魔法は解けたが、その代償にイーザ国の姫に契約の刻印が押されたらしいな……まったく、あやつのすることは碌でもないことばかりじゃ……」
そのニクラウスの言葉に、ジークベルトは違和感を覚える。
「まるで森の魔法使いを知っているような口ぶり……ですね」
「ああ、知っているんじゃよ。あやつは――ルードウィヒは私の友人……だったというべきかな、今となっては昔の話さ。そんなことよりも本題に入ろう、レオンからも最優先で姫の刻印の謎を解くように言われておる。その刻印を詳細に覚えているか?」
「あっ、はい。ここに書き写したものが……」
そう言ってジークベルトは胸元から一枚の紙を出す。
「それならば話が早い。では、それをこちらへ」
ニクラウスは言いながら奥の黒檀の机へ向かい、その上に無造作に積み上げられた本や書類を床に下ろす。
ジークベルトは足早に、そっして器用に床に散らばった本をよけながら、室内をじろじろと見回しながら奥へと進み、机の上に紙を広げる。
ジークベルトが広げた紙をニクラウスはじーっと眉根を寄せてしばらく眺め、机の引き出しから羊皮紙を二枚取り出しすらすらと何かを書きつけながら口を開く。
「姫の刻印は、まだ契約は成立していないという話だが?」
「はい、魔力を当てると銀色に浮かび上がるだけなのでそれは確かです。でも他には、何が目的なのか、どうゆう契約なのか、契約を破棄できるのか――何もわからないんです」
そう言ってジークベルトはぎゅっと拳に力を込め、悔しさに唇をかみしめる。
あの時――エルに魔法をかけたのが森の魔法使いだと感ずいていたのに、危険があるという考えを持たずにティアナに森へ行くよう勧め、森の魔法使いと対峙して、自分も側にいたにも関わらず動くことも助けることも出来なかったことが恨めしかった。
ずっと妹のように大事に、見守ってきたティアを――
「そうじゃな、この契約は古代魔法文字アンスールで書かれていて一見して何だか分からない――が、読み解けばいいだけの話じゃ。そう自分を責めなさんな。とりあえずわしが分かるところをこちらに、それと、おそらくだがこの文献を引けばいいというものをこちらの紙に書きだした」
そう言ってニクラウスはずっと動かしていたペンを置き、ジークベルトの肩に優しく手を置くと、紙を見えるように広げる。ジークベルトはその紙にさっと目を通し、ペンを握る。
「俺が分かるとこも書きだします」
「ああ、お前さんはここに書いた文献を参考に探してくれ、わしは全く分からないところを探そう。それでは手分けして文献を紐解こう――」




