第2話 プリンス前夜革命
人の姿に戻ったレオンハルトは、すぐにアウトゥルに連絡した。
数日前にバノーファの街でエルの姿のレオンハルトと定期連絡を取ったアウトゥルはそのままバノーファに滞在していたのですぐに駆けつけ、迎えの馬車が着き次第すぐに王城にお戻り下さいと訴えた。しかしレオンハルトは、戻れば王妃から姿を眩ましていた事について追及されるだろうと考え、舞踏会の前日までバノーファに滞在すると言った。
普段おとなしいアウトゥルが眉を吊り上げて早く王城へ! と言っていたのに、レオンハルトがそう言うと、すぐにフェルディナントと連絡を取り、王城から精鋭した数人の侍従とレオンハルトが不在の間に溜まったレオンハルトが目を通さなければならない書類を持ってこさせるように指示した。
レオンハルトは、ティアナ達と借りていた部屋とは別に用意させた部屋で、猫にされていた約二ヵ月間の報告や雑務に追われ、怒涛の一夜を過ごした。
翌日、舞踏会を明日に控えた朝食の席で自国に帰ると言ったティアナに、レオンハルトは王城への同行を願い、半日馬車に揺られて帰城した。
城に着いた時も、挨拶もそこそこにティアナをメイドに任せ、執務室に足早に向かう。舞踏会前に済ませなければならない仕事が山積みだというのも事実ではあったが、それよりもなによりも、ティアナに合わせる顔がなくて、ティアナの瞳と正面から向き合うことができなかった。
私のせいで――
レオンハルトは罪悪感に、胸が押しつぶされそうだった。
※
舞踏会の前夜。日付が変わろうとしている頃、仕事を一段落つかせ寝室に入ったレオンハルトは、窓辺に腰をかけ月夜を見上げていた。
静まり返った室内。淡い月明かりに照らされたレオンハルトが思い出すのは、ティアナのことばかり。
イーザ国で出会った塔に閉じ込められたお姫様。レオンハルトが知る貴族の子女や隣国の姫のようには着飾らず、宝飾類もレオンハルトがプレゼントしたラピスラズリのブレスレットただ一つを身につけるのみ。話し方や立ち居振る舞いは、どこから見ても一国の姫で、威厳と凛とした輝きがある。その癖、姫らしい言動を取らない。そんなティアナに、初めは好奇心を持っただけだった。
それがチェの街の疫病騒ぎの時、他人のために誠実でひた向きになれる精神に胸をかき乱され、ティアナへの興味が、同じ王族しての興味なのか、一人の少女として惹かれているのか分からなくなり――病魔に侵されながらも奇跡の薬を作って倒れたティアナの寝顔を見た時、ティアナの強い志に惹かれ、ティアナを失いたくないという強い気持ちが心に生まれた。
その感情にどんな名前をつけるべきなのか、レオンハルトには分からなかったが――一生を側で過ごしたいと思うような存在――にティアナはなっていた。
ティアナが“レオンハルト王子”に憧れを抱いていることを知っていたが、実物を目の当たりにしたら、そんな感情が吹き飛ぶほど幻滅されるだろうかとも思った。
だから、ティアナに虚像の王子ではなく、本当の自分を好きになってもらうために、どんな努力でも惜しまないと決めたのだ。それなのに――
ティアナは、自分のせいで森の魔法使いに髪を奪われ、その上、契約の刻印まで押されてしまった。
短くなった髪を見た時の、契約の刻印を見た時のティアナの不安に揺れる瞳を思い出すと、頭を抱えずにはいられなかった。
これからティアナと友好な関係を築いていけたら――そう思った矢先に、災いが降りかかってきたのだ。
私が魔法などかけられていなければ――
私さえ、ティアナ様と出会わなければ――
考えてもどうしようもないとは分かっていても、そのことを悔いずにはいられなかった。レオンハルトは自分のせいでティアナに災いが降りかかったことを気に病み、自分の気持ちを伝えることすらできなくなってしまったのだ。
「後ほど挨拶に参りますので、今はここで失礼します」
王城に着いた時、ティアナにそう言ったのに、レオンハルトは執務が忙しいことを理由にアウトゥルに代わりに挨拶に行かせたのだった。
明日の舞踏会を目前に、レオンハルトは自分の恋心と罪悪感に苛まれ、眠れない夜を過ごした。




