第1話 王城への招待状
首都ビュ=レメンの手前、バノーファの街で、舞踏会には出ずにイーザ国に戻ると言ったティアナに、レオンハルトは澄んだ空色の瞳を向け、紳士的な、しかし有無を言わせぬ揺るぎない口調で言った。
「大変申し上げにくいのですが――ティアナ様には、しばらくビュ=レメンに滞在して頂きます」
ティアナは、砦の森で森の魔法使いルードウィヒにエルの魔法の解き方を聞いた代償として髪の毛を取られ、魔法の刻印を押されてしまった――
その刻印の謎を解くために、レオンハルトがビュ=レメンへの同行を言いだしたと知り、レオンハルトの指示に従うことにしたのだった。
レオンハルトの用意した馬車は二台で、先頭の馬車にレオンハルトとその側近が、二台目にティアナとイザベルとジークベルトが乗り込み、ビュ=レメンへと走り出した。
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整備された街道を半日馬車に揺られ、ビュ=レメンに到着する。第一王子レオンハルトの花嫁選びの舞踏会を明日に控え、街のあちこちに垂幕や花飾りが置かれ、人々の活気づいた声と陽気な雰囲気に、ティアナは目を丸くした。
生まれて十六年間、自国イーザから外に出たことのなかったティアナは、ビュ=レメンを目指す道中、ドルデスハンテ国の国土の広さや街の華やかさに驚かされていたが、今まで通ったどの街よりも、ビュ=レメンは美しく華やかな街だった。
街を抜けしばらく走ると、白磁の壁、青磁の尖った屋根の塔がいくつもある、巨大な王城が見えてくる。王城の周囲を十メートル程の幅の堀が囲み、見上げるほどの堅固な城壁がそびえ立っている。王城に入るには、堀を越える正面の跳ね橋を渡り城門をくぐらなければならない。門の前には、青錆色の鎧を着た兵士が四人立ち、城門を通る馬車や人を厳しく点検していた。
ティアナは驚きを隠せずにいるが、その瞳は好奇に輝き、微笑んでいる。
「すごく、立派なお城ね……」
城門をくぐり、ぽつりと漏れたティアナの言葉に、隣に座っているイザベルは青ざめた顔を持ち上げて、ティアナを見つめる。その肩はガタガタと震え、緊張が見てとれる。
「ティアナ様……なんだか、すごすぎて緊張してきました」
ティアナはイーザ国の姫で、イザベルはその侍女だから、二人とも王城に住んではいるが――イーザ国の王城は堀もなければ城壁もなく、入り口に兵士すら立っていない。誰でも出入り可能な街に開かれた城だった。ドルデスハンテ王国の城との規模の違いに、緊張するのも仕方がないことだった。
一方、二人の向かいに座ったジークベルトは一人無表情で窓の外に視線を向けていた。
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「後ほど挨拶に参りますので、今はここで失礼します」
王城に着き馬車を降りると、レオンハルトはそう言って従者を伴い足早に王城の中に消えて行ってしまった。
残された三人は、出迎えたメイドの案内で広い王城の東側に位置する建物の一室に通される。
入ってすぐのところにはメインサロンがあり、そこを中心に二つの客室とバルコニーに続くティールームが配置されている立派な客室だった。
「ティアナ姫様は右のお部屋を、ジークベルト様は左のお部屋をお使いください」
メイドに促され、ティアナは右側の扉を開ける。そこには、メインサロンよりは小さいけれど立派なサロンがあり、その奥に客室へ続く扉、使用人用の小部屋、バスルームが完備されている。
「まあ、素敵なお部屋ね」
ぐるりと部屋を見回して言ったティアナに、数少ない荷物をイザベルと一緒に運んできたメイドが、ふわりと微笑んで言った。
「はい。レオンハルト様のお客人ですから、丁重におもてなしするよう仰せつかっております」
窓の前の荷物を置く用の長椅子にティアナの鞄を置いたイザベルは、窓の外に視線を向け。
「見て下さい、ティアナ様。お部屋のすぐ目の前の庭園、お花がすごく綺麗ですよ」
イザベルのはしゃいだ声に、ティアナも窓に近寄り感嘆の声を漏らす。
「まあ、ほんと……春の花が満開で綺麗ね」
窓の外、バルコニーから続く庭園には、色とりどりの春の花が誇らしげに大輪の花をかかげ、甘い香りに蝶達が集まってきていた。
「はい。レオンハルト様が、ティアナ様は花がお好きなので春の花が見ごろの東棟のお部屋にご案内するように、と仰られましたので」
メイドのその言葉に、自分が花を好きなことを知っていてくれたレオンハルトの優しさに、ティアナは胸が熱くなる。
「お夕食はこちらにお運びいたしますので、それまでごゆっくりお過ごし下さいませ」
そう言って、メイドは下がっていった。
イザベルは荷物の整理をするため使用人部屋に下がり、広いサロンに一人残されたティアナは、部屋の中央に置かれたソファーに腰かけ、ふぅーっと大きな息をはきだした。
ついにここまで、来てしまった。お父様にはバノーファの街を出る前に、舞踏会に出席すること、ビュ=レメンにしばらく滞在することを手紙に書き、届けてもらえるよう頼んできた。さすがに、契約の刻印のことは――心配させたくなくて伝えられなかったが、勝手に塔を抜け出して約一ヵ月、とにかく無事だけでも知らせようと思った。
ティアナは故国のことを思い出し、胸がぎゅうっと押し潰されるような、震えるような感覚に、体を抱きしめるように腕を回し、ソファーに深く身を沈めた。
ビュ=レメンの街の華やかさにも圧倒されなかったし、故国とは違いすぎる王城の大きさにも怖気づきはしなかったのに、明日、舞踏会にでることを考えると、胸が震えだした。
もともと舞踏会に出るつもりでここまで旅をしてきたのだし、一国の姫として社交界や舞踏会には何度か出席したこともある。それなのに――憧れのレオンハルト王子のいる舞踏会だと思うと、体が、心が、緊張して、どうしようもなかった。
銀猫エルとしての姿で一ヵ月、共に旅をしてきたのだと思っても、人の姿に戻ったレオンハルトとエルを同一視することはできず、レオンハルトはいまでも憧れの――遠い存在のままだった。
お待たせしました、シリーズ第2弾です!
どうぞ、お楽しみ下さい。