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ビュ=レメンの舞踏会 ―魔法のとびら―  作者: 滝沢美月
第3章 刻印に秘められた恋
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第26話  炎の九龍



「兄上――あなたが裏切っていたのか……」


 ルードウィヒは密かに陣営を攻撃することも忘れ、三人の目の前に姿を現さずにはいられなかった。


「なぜ、兄上が――」


 信じられないというようにルードウィヒは首を振り、哀願するように瞳を切なげに細め、一歩ずつアロイスに近づいたが、アロイスは椅子を倒しながら立ち上がり、手を振り払って後退する。


「セブラン――来るな! なぜだと――愚問だな。私はずっとお前が憎かった……」

「そんな、兄上はいつも皆に平等にお優しく、私の目標で――」

「ふっ、本当にそう思っていたのか? 私はお前が生まれてからずっとお前が嫌いだった。王は血のつながりも無いお前ばかりを可愛がり、周りも王位継承者はお前のように接していた」

「そんなことは――」

「王も! 王位継承はお前に譲るおつもりらしい――そう王妃に話しているところを私は聞いてしまったのだっ! 私はずっと、王になるために必死に頑張ってきた。勉強も武術も何もかも――それなのに、お前は軽々とそんな私の前を歩いていくんだ。それでも、王位を継ぐのは私だと、それだけを心の支えに頑張ってきたのに――」


 アロイスは狂気を瞳に揺らがせ、顔の形が変わるほどルードウィヒを睨みつける。


「それなのに――っ!」

「私は――っ、王位を継承するつもりはありません! 王がどのようなお考えかは知りませんが、兄上がそこまで思いつめていたと知れば王もお考えを変えるでしょう……だからっ、森に進軍した兵をすぐにも止めて下さい! 王を殺すなど――」


 悲痛な思いでルードウィヒは叫び、懇願する。だけど、その思いは届かなかった。アロイスの歪められた顔は汗と吹雪く雪と涙とでぐしょ濡れになっている。


「もう遅い――王宮ではすでに内通者が王の暗殺に動いているはずだ。今頃、もう、王は――」

「あ、に、上……」


 アロイスの言葉に正気を失い、力を制御できなくなったルードウィヒの周りに、大松明の火が集まり、爆発音とともに炎の大龍が九匹現れ、うねり暴れ天幕を焼き尽くす。


「だからといって敵国に国を売るのですか――なぜ、父王を……なぜ、裏切った――っ!!!!!」


 ルードウィヒは生まれて初めて感じる怒りの感情に心を乗っ取られ、ただ怒りにまかせて火の精霊の力を解き放つ。

 吹雪く雪に気圧されながらも、炎の龍はうねり数千の敵兵を次々と炎に飲み込んでいく。



 将軍は緊迫した面持ちで素早くライナルトの前に立ち、剣を構える。ライナルトは穏やかな表情のまま、顎に手を当て、組んでいた足を組み替える。


「へぇ~、これが魔法の力か。すごいな、炎がまるで生きているみたいな鮮やかな動きだっ!」


 のんきに拍手までしている王子を、ちらりと斜め後ろに見て、将軍は目の前の炎の龍に額に汗をにじませる。


「しかし、この吹雪の中、どこまで火の魔法は使えるのでしょうねぇ~」


 ライナルトはアロイスから最大の敵になるであろうルードウィヒの攻略として、火の魔法の力が弱くなる吹雪の季節に攻め込むようにと助言を受けていた。


「いくら吹雪で弱ったといっても、炎の龍(アレ)相手に、剣じゃ戦えないですよ……王子」

「どうかな――」


 どこか余裕のある王子に対して、将軍は額に滲む汗を拭い肩を震わせる。



 ルードウィヒはあらぶる感情のまま炎を操り、いまや炎の九龍はルードウィヒの命令なしに暴走し、敵兵のみならず、国境の砦まで炎で覆い尽くした。

 怒りの感情に占拠されたルードウィヒは、ただ目の前の兄を鋭く狂気をはらんだ瞳で睨み続ける。

 アロイスはその瞳に恐れもせず、狂ったように笑いだす。


「ふふっ、ふははははっ。セブラン、お前の力をもってしても、すべてが手遅れ! 私を殺したところで、この国が滅びの道を進むのは確定しているんだ――そうゆう宿命だったのさ。ふはははは……」


 暴走する炎の九龍に飲み込まれながら、アロイスは灰となり消えるまで笑い続けた――



 目の前で兄が灰に散り、ルードウィヒはやっと自我を取り戻す。ルードウィヒ自身も暴走する炎にまかれ顔や腕に火傷を負い、服やマントも所々焦げている。


「あっ……あっ……兄上――っ!」


 悲痛な叫びが吹雪の中に響き、崩れるように地面にしゃがみこむ。

 次の瞬間――

 冷たい感触を首に感じ顔を上げると、ライナルトが剣先をルードウィヒの首に突き付けていた。


「…………っ」


 ライナルトは戦場には似つかわしくない柔らかい笑みを浮かべ、ルードウィヒを見下ろす。


「そなたの魔法はすばらしい――しかし、そなたとて人間、首を落とされれば死ぬのであろう?」

「私を殺しても無駄ですよ、暴走してしまった炎の九龍はすべてを燃やし尽くすまで消えることはないでしょう。それに、森には土地の者以外は王城には辿り着けない魔法がかかっています。協力者の兄上が亡くなった今、これ以上戦を続けても無意味です」


 怒気が消えた翠がかった黒い瞳を光らせルードウィヒは冷静な声で言う。


「さあ、それはどうかな? 例えば――森ごと火薬で爆発させてしまう――とか」


 相変わらず柔らかい笑みを口元に浮かべているライナルトは、瞳は氷のように冷たい。


「…………っ」


 ライナルトの言葉に無表情だったルードウィヒの顔が一気に凍りつく。


「火薬は効果があるようですね。クラウディオ将軍、すぐに火薬の用意を!」

「……っ、待て――どうかこの戦をやめて頂きたいのです、お願いします……」


 悲痛な面持ちで顔を歪ませ、頭を下げるルードウィヒ。

 氷の瞳を光らせ、ライナルトはルードウィヒから背後でうごめく炎の九龍に視線を移す。


「――わかった、こちらとしても多数の兵が負傷した今、これ以上犠牲を出したくないからなぁ、これ以上の進軍は控えてもいい、が――条件がある」




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