第25話 逃れられない宿命
時は少し遡る――
ティアナとリアが森で敵兵を待ち構えている頃、国境の砦に着いたルードウィヒは、目の前の光景に美しい顔をゆがめ愕然とする。戦況は厳しいとは聞いていたが――まさかここまで酷いとは……
櫓から国境を見下ろせば、そこには数千の敵兵がずらりと砦を囲んでいる。
こちらは――というと、砦は半分攻め落とされ、義勇軍の大半が負傷し、戦える者は百人も残っていない。いくら、ルードウィヒが混血で普通の人間よりも体が丈夫で魔法が使えても、一人で数千を相手にするのは分が悪い。人よりも体力があり傷の治りも早いが、怪我をすれば痛みを感じるし、血だって流れる。
おまけに吹雪は強くなり、ルードウィヒが得意とするのは火系の魔法には不利な条件だ。
※
魔法に縁遠い北に位置するドルデスハンテとホードランドの二国。ドルデスハンテ国内には魔法使いが全くいないのに対し、国の宝である時空石を守るため数人の魔法使いが存在するホードランド国。
しかし年々、魔法使いの誕生が減少していること、隣国が周辺小国を吸収し大国になりつつあること、今は和親同盟を結んでいるが、いつ戦になるともしれぬ状況に懸念した現国王は、魔王に願い出る――自分の娘と結婚してほしい、と。
しかし国王には娘は生まれず、皇子が二人生まれる。
どうしたものかと悩む国王に魔王は言った――
『そなたの娘ではなく、そなたの妹君と契りを結ぼうぞ。代価は魔界と人間界の結束。生まれた皇子は、そなたの息子として育て、立派な皇子にするのだぞ』
妹皇女は、国のため、ひいては国の宝を守るため、喜んで魔王に嫁ぎ、皇子を身ごもり出産する――生まれたのがルードウィヒ。しかし、妹皇女は産後の肥立ちが悪く、ルードウィヒが一歳を迎える前に死去。
生まれたルードウィヒは魔界からすぐにホードランド国王城に連れて来られ、国王が選りすぐった乳母と教育係、教師人に囲まれ、皇子教育を受ける。妹皇女に似て美麗な容姿、素直で愛らしいルードウィヒを、国王は血のつながりのある第一、第二皇子よりも可愛がり溺愛した。
国の宝を守るため生まれた混血の皇子を英雄視する民がいる一方で、魔法を嫌う一部の人間はおぞましいものを見るような冷たい視線でルードウィヒを見た。
しかし、恵まれた環境、愛情をたっぷりと受けて育ったルードウィヒは、健やかに利発で誠実な皇子として成長する。
ルードウィヒ自身、自分を疎む存在がいることを知っていたが、それでも平気だった――
国王に愛され、慕ってくれる民や王宮の者、幼馴染のリア、それから――愛しいティルラがいてくれるから。
自分の身を犠牲にしても国を守る――という使命感に燃えるルードウィヒは、誰よりも自分自身に皇子らしい皇子であることを課し、そうあろうと心掛けた。
国のために、皇子としての責務を果たす時が来たのだ――戦場を目の前に、ルードウィヒはそう思っていた。
そこにいるはずのない人物を見かけるまでは――
※
砦に着いてから三十分程、櫓から敵情を見たルードウィヒは将軍より戦況の説明を受け作戦を練る。まずは自分が敵軍に攻撃を与え、退けられるところまで退け、動ける者はその援護をする。
そう決めると、ルードウィヒは素早く身支度を整え、作戦会議をしていた部屋の暖炉の火の中へと消えて行った。
ルードウィヒの実の父は炎を操る偉大な魔王で、その息子である彼も火を自在に操り、火を媒介にどこへでも移動することができる。
先程櫓から敵陣にも大松明が燃やされていることを確認した。この方法で移動すれば、ばれず確実に敵の懐に飛び込むことができる。大勢を相手に出来ないのならば、敵軍を指揮する将軍を打てばいいのだ。
ルードウィヒはゆらゆら揺れる松明の火をたどり、ドルデスハンテ国の将軍のいる陣営を探す。一つ一つと火の中から外の景色を確認していくと、その中に見覚えのある顔を見つけ驚きの声を漏らす。
「兄上……」
赤々と燃える火を通して見える天幕を張られたその場所には、上座に瑠璃色の鎧を纏った金色のうねる長い髪の二十代の青年、その横に紺青色の鎧を着た厳つい体格の栗毛の三十代男性が立ち、向かいに黒いマントを羽織った黒髪の青年――ホードランド国第一皇子であるアロイスが座っていた。
金髪の青年は和親の時に会ったドルデスハンテ国の第一王子ライナルトだ。
どうして兄上が敵国の王子と会っているのか、それも敵陣で――
訳が分からなくて呆然とするルードウィヒの耳に三人の会話が飛び込んで来る。
「我々の計画はすべて順調ですよ、アロイス殿」
「王宮に向かって我が軍が誇る戦車が進軍しておる。あの戦車はどんな矢も剣もはじき返す硬度の高いコランダムで出来ている。どんな敵の攻撃をも退け、王宮まで突き進むでしょう」
「あとは現王と弟のセブランを殺せば、ホードランド国は私の物っ!」
アロイスがにんまりと美しい顔をゆがめる。
「アロイス殿が王位に就いた暁には、貴国の宝は我が国のもの――」
ライナルトが涼やかに微笑んで言う。
「しかし、アロイス殿の弟君は魔王の血をひく混血児。そう簡単に倒せるでしょうかねぇ――」
将軍が顎髭をなぜながら、疑問を投げかける。
「確か――火を操るとか。我が国には魔法使いはおろか、魔法さえない。その混血の皇子には興味が惹かれるなぁ~、一度目の前で魔法とやらを見てみたいものだ」
のんきに言うライナルトを将軍は呆れ気味に、アロイスは嫌悪感たっぷりに見つめる。
「ふん、あんなもの……何がすごいものかっ。我が王家の血を穢し、王まで狂わせた、災厄の皇子だ。だから私が歪んだ国を戻すため、そなたの隣国と同盟を結び一から国を立て直す。その為には、王と弟を抹殺するのだ――っ」




