第24話 戦火
「ぎゃ――っ!」
悲鳴と共に聞こえる地鳴りのような音が、確実にティアナ達のいる場所に近づいてくる。
「なにか様子がおかしいね……」
リアが呟き、ティアナは不安げに闇に眼を凝らす。ゆらりと視界の端に人影をとらえたティアナは弓を引き、狙いを定めて矢を放った。
矢は一直線に森をさまよう敵兵に命中し、ドサリと人が倒れる音がする。
「やったね、ティルラ」
歓喜に顔を綻ばせるリアに頷き返そうとした時――
ズズズゾゾゾゾッ!!
地鳴りを響かせ、見たこともない大きな物体が闇の中に現れ、ティアナとリアは同時に息をのんだ。
巨大な黒々とした半球型の砦のような物が木をなぎ倒し、森を破壊しながら進んでくる。
リアはぎゅっと眉間に皺をよせ、素早い動作で背中の矢筒から矢を取り出し、目の前の動く砦めがけて射かけたが、矢はあっけなくはじき返される。すかさずもう一本二本と射るが、動く砦に少しの衝撃も与えていないようだった。
「あれは何……!?」
驚愕に顔をゆがませたリアは軽い身のこなしで木から飛び降りると、どこに忍ばせていたのか、剣を取り出し動く砦に切りかかった。
キイィィィーンッ!
鋭い金属音が響き、リアが握っていた剣は飛ばされ、衝撃でリアも吹き飛ばされる。
「リア――っ!」
ティアナは悲鳴あげ、木を飛び降り倒れるリアに駆けよる。
「リアっ、大丈夫っ!?」
うつ伏せになったリアを抱きしめるように仰向かせ、必死に声をかける。
「……うっ……」
瞳は閉じられたままだったが、意識を取り戻したリアに安堵のため息をつく。
動く砦はティアナが攻撃してこないと思ったのか、更に森の奥――王城を目指して動き出す。
ティアナは剣を持っていないし、剣でも弓矢でもこの動く砦には太刀打ちが出来ないことは分かっていて、悔しさに唇をかみしめる。
だけど――このまま王城に敵軍を近づける訳にはいかない。
何か足止めする方法はないか――必死に考えたティアナは、動く砦に小さな継ぎ目があることを見つけ、一か八か、鏃部分から十センチ程の所で矢を折り、動く砦の継ぎ目に目がけて次々に投げつけた。
カンッ、カンッ、カンッ。
いくつかは的を外したようだが、確実に継ぎ目に刺さった鏃が数個。ティアナの勘が確かならば動く砦と車輪を繋いでいる部分、そこに物が詰まれば動かなくなると思ったのだが。
ズズズゾゾゾゾッ……ギギィ――!
砦の動きが鈍くなり、ゆっくりと動きを止める。ざわざわと砦の中で人の動く気配がし、砦の扉から四日前にドルデスハンテ国の城門で見た青錆色の鎧を着た兵士がぞろぞろと出てくる。
人数は八人、剣を構えティアナとリアの正面を囲むように立つ。
ティアナは敵兵に囲まれて、ゴクリと唾を飲み込む。
“ここで死ぬわけにはいかない――”
その強い思いに突き動かされ、ティアナは側に落ちていたリアの剣のところまで地面を転がり手を伸ばす。
剣の使い方なんて、演武の講義を少し習っただけで実践の訓練はしていないけれど――やるしかない。
正面に剣を構え、ティアナは強い闘志を燃やした瞳で敵兵に切りかかっていった。
※
カンッ、カンッ、カンッ……
剣を交えながら、ティアナはリアから離れるように森を進む。敵兵達も横たわるリアには目もくれず、八人でティアナを攻撃してくる。
ティアナはギリギリのところで剣をはじき返していたが、力では男に敵うはずも剣を使い慣れている兵士に勝てるはずもなかった。腕や頬に剣をかすり、わずかな痛みが走る。
それでも体力の続く限り逃げ回り、腰に下げたランタンの明かりを頼りに王城から離れるように――ルードウィヒのいる国境を目指すように森を進んだ。逃げる途中、あちこちでは青錆色の敵兵とホードランド国の義勇軍が倒れているのを見かけ、眉間の皺を深く刻む。
その時、漆黒の空に赤々と炎が燃え上がるのを目にする。
「あ、れは……なに……」
先程から吹き始めた吹雪がより一層強くなり、炎はどんどん燃え広がり、まるで意思を持っているようにうねり空を赤く彩っていく。
砦が燃えている――!?
炎に気を取られ、ティアナは木の根元に躓いてしまった。
痛い――
体の節々が、胸が足が痛い――
もう立ち上がれそうにない――でも、立ち上がらなければ――
痛みにぐるぐると思考が廻る中、どうにか両手をついて上半身を起こした時、ザザッと引き離していた敵兵三人に追いつかれ囲まれてしまう。
腕は傷と疲れで震え、上半身を支えるのでやっとで、剣を握る力も無かった。
敵兵は一歩ずつティアナとの間合いを詰め、頭上にかざした剣を振り下ろした。
逃げることも、剣を受け止めることも出来ず、絶体絶命の状況に陥ってしまったティアナは襲いくる衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った――