第8話 刻印の秘密
黙り込んでしまったレオンハルトとティアナからすっと視線をそらし横を向いて、気付かれないように眉根を寄せて渋い顔をしたジークベルトは、再び二人に向き直り明るい声を装って言う。
「それは分からないが、印の解読は済んだ。いま取れる対策は森の魔法使いに関わらないこと――だから、ティアは森の魔法使いのいるこの国にはいない方がいい、俺と一日も早くビュ=レメンを出てイーザ国に戻ろう」
「えっ……」
その言葉に、考え込んでいたティアナがぱっと顔を上げてジークベルトを見つめる。
確かにジークベルトの言うことは正論で、ティアナ自身も本当は舞踏会には出ないでイーザに戻ろうと考えていたのだ。
契約の刻印の問題はひとまず解決――とんまではいかなくても、解読が終わり、ビュ=レメンにとどまる意味もなくなった。
でも、だけど――
何年間も憧れたレオンハルト王子に会い、舞踏会に出て、一緒に踊り――夢みたいな現実を過ごし、イーザに帰りたくないという気持ちが生まれていた。
帰らないわけにはいかない――けど、もう少し、数日だけでいいからレオンハルト王子の側にいたい。
そう思ってティアナの表情はどんどん沈んでいく。
その表情には気づかず、レオンハルトは言う。
「そ……れはずいぶん急な話ですね。確かにジークベルトの言うことはもっともだが、そんなに慌てて帰る必要はないだろう? せめて、城下町の観光だけでもしてからにしてはどうだろうか?」
「そ……う、ですよね! そんなに急いで帰る必要はないですよね」
「ええ、そうですよティアナ様。城下町もいいですが、ぜひ案内したい素敵な場所があるのですよ」
「まあ、素敵な場所ですか? ジーク、あなたの言うことは正しいわ。印の解読をしてくれたことも感謝しています。でも、もうしばらくここに滞在してはダメかしら? お父様にも、しばらく帰らないと手紙を出したばかりだし……」
ティアナは顔の横で手のひらを会わせ、お願いする。
その様子を見て、ジークベルトはため息をつきつつ。
「いいんじゃないですか? 俺はただ提案しただけで、どうするか決めるのはティアだ。まあ、エリクからティアのお守を任されている俺としては……」
「なっ……」
「イーザまでの帰り道も同行するつもりだから、帰る時はちゃんと俺にも声、かけてくれよ」
そう言って組んでいた長い足を下ろして立ち上がり、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「ジーク……私が我が儘を言ったから呆れたのかしら?」
「そうじゃないと思いますが……」
レオンハルトは言いながら苦笑する。
ジークベルトが出ていった扉から、入れ替わりにアウトゥルが顔を覗かせた。
「あの……ジークベルト殿が出て行かれましたが、もうお話はよろしいのですか?」
「ああ、もう済んだよ」
立ち上がったレオンハルトは、ティアナに手を差し出してソファーから立ち上がるのを手伝い、その手をしっかりと握りしめて扉に向かって歩き出す。
「契約の刻印については細心の注意を払う必要はあるとは思いますが、私もティアナ様にはもう少し滞在して頂いてお話などしたいと思っているのは事実ですよ。ティアナ様が帰りたいと思うその時まで、用意させた部屋は自由に使って頂いて構いませんから」
「ありがとうございます」
優しい微笑みを向けられて、ティアナは頬を染めながらお礼を言った。




