第9話 誘惑の丘
翌日、ティアナはレオンハルトが用意してくれた案内役の人に連れられてビュ=レメンの城下町を観光する。ジークベルトも誘ったのだが用事があると素っ気なく断られ、イザベルと二人で、市場を見たり、土産物屋を見たり、裁縫組合を覗いたり、街の観光を満喫した。
その翌日は、客室とあてがわれた部屋のサロンから出られる庭園に出て色とりどりに咲き誇る季節の花を眺め、お茶をしたりしてのんびりと過ごす。
そしてさらに翌日、舞踏会から三日後の夕方。猫になっていた間に溜まっていた仕事をやっと一段落つかせ時間を作ったレオンハルトに誘われて、ティアナは王城の外、西の丘へとやってきていた。
「ティアナ様、先日私がお連れしたいといっていたのはこの場所です」
連れてこられたのは、正門よりも小さい、人や馬が通れるだけの小さな西門から跳ね橋を通り一度王城を出、城壁沿いに少し北上した場所。少し高くなったその場所からは、南には城下町、東に王城を、北には広がる森を、西には山々と沈みゆく太陽を一望できる丘だった。西の連峰には春だというのにまだ雪が残り、夕陽に照らされて朱色に光り輝き、空は暮れかかる紺と赤と青が混ざり、城下町は街灯の明かりがちらちらと輝き、まるで宝石箱をひっくりかえしたように光り輝き、幻想的な風景だった。
「っ……すごく綺麗……」
ティアナはあまりの美しさに感嘆し、口元を両手で押さえる。
「ここは、私のとっておきの場所なのですよ」
「まあ、そんな大切な場所に連れてきて頂いて、よろしかったのですか?」
ティアナは隣に立つレオンハルトを見上げ、レオンハルトはそんなティアナを複雑な表情で眺め、ふっと綺麗な微笑みを浮かべる。
「……いいのですよ、ティアナ様ならば」
「えっ……」
「ティアナ様にこの景色をお見せしたかった」
レオンハルトは苦笑し、誤魔化すように視線をティアナから夕陽へと向け、ティアナは夕陽に照らされたレオンハルトの美しい横顔に見とれた。
「ありがとうございます……最後にこんな素敵な、レオンハルト様のとっておきを教えて頂けて、私は幸せ者ですね」
「最後……?」
くすりと笑いティアナは組んだ両手を天に向けて伸ばしうーんと背伸びをして、頭上で離した手を今度は後ろで組み、暮れかかる藍色の夜空と同じレオンハルトの瞳を覗きこむように見上げる。
「はじめて自国を出て見聞を広めて、舞踏会でレオンハルト様と踊れて――ビュ=レメンの街も堪能しました」
ティアナは満足げな顔で瞳を閉じて言う。
「こうしてレオンハルト様のとっておきまで教えて頂いて……とても胸がいっぱいで……私、イーザに帰りますね。もうこの場所に心残りはありません。ジークの言うことはもっともだし、明日の朝、ここを発ちます。本当に、レオンハルト様にはお世話になりました。ありがとうございます」
ティアナは深々と頭を下げ続ける。
「……っ」
そんなティアナをレオンハルトは悲愴な瞳で見つめ、ティアナに向かって無意識に伸びた手をはっと引っこめて胸の前で握りしめ、視線をそらして苦渋に顔をしかめる。
本当の気持ちはまだまだレオンハルト王子の側にいたかった――
だけど、契約の刻印のこともあるし、国に早く戻らなければならないという責任感もある。
舞踏会の夜、ジークベルトの提案を退けて王城にとどまることに決めたが、王城にいて――かえって自分のちっぽけさを、レオンハルト王子との距離感を感じてしまった。
もともと、実物のレオンハルト王子を一目でも垣間見て、出来ればブレスレットのお礼を言えたらいい――そう思っていた。それを果たし、舞踏会で一緒に踊り、王妃様にも友人として紹介してもらえた。もうそれだけで、分不相応なほど幸せな気持ちをいっぱい味わって、おまけにレオンハルト王子のとっておきの場所まで――私だから教えて下さった。
もう十分よ――
ティアナは頭を下げている間、ビュ=レメンまでの旅を、ここ数日のことを振り返り、胸がぎゅっと締め付けられた。
下げていた顔を上げると、レオンハルトが体を抱きしめるように両手を組み横を向いていて、ティアナは首をかしげる。
どうしたのかしら? そう思ってレオンハルトの視線の先に目を向けると、空中にキラキラと虹色に輝くものを見つける。見つけた時は拳ほどの大きさだったが、ぱちぱちと火花を散らしながら徐々に大きくなる。そのあまりにも綺麗な輝きにティアナは引き寄せられるように一歩二歩と近づき手を伸ばす。
「まあ、何かしら……」
ティアナの声にはっと我に返ったレオンハルトは、目の前の光景に目を見張る。
虹色の輝きは、いまや人ひとりを丸ごと飲み込める大きさになり妖しげに光り、そのすぐ側までティアナが近づいていた。
「ティアナ様、危ない……っ」
レオンハルトは反射的に虹色の輝きとティアナの間に飛び出す。
ティアナを虹色の輝きから遠ざけるように突き飛ばし、その瞬間、妖しい虹色の光が輝きを増し、レオンハルトを飲み込むように膨らみ、激しい音を立てた――




