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毎朝、婚約者の本音が王都新聞の一面に載ります  作者: みき


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最終話 今日は新聞に載せません

『本日、掲載すべき「隠された本音」が確認できませんでした』


 王立魔法局から届いた一文を、私はもう一度読み返した。


 魔道印刷機とアランの魔力は、まだつながったまま。


 それなのに、今朝の王都新聞には何も載らなかった。


 理由は簡単だった。


 昨日、アランは私に言った。


『俺は君が好きだ』


 新聞に暴かれる前に。


 王都中に知られる前に。


 私本人へ、ちゃんと。


「エレノア。朝からずいぶんうれしそうね」


 母に言われ、私は手紙を伏せた。


「そんな顔をしていました?」


「していたわ」


「気のせいです」


「では、今日の新聞が少し寂しい?」


「それはありません」


 即答した。


 母が笑う。


「本当に?」


「本当です。人の本音を勝手に一面へ載せる新聞なんて、もう十分です」


 それも本心だった。


 最初の日は面白かった。


 二日目も、少し楽しかった。


 三日目には思い切り傷つけられた。


 そして昨日。


 新聞ではなく本人の口から聞いた言葉の方が、ずっと心に残った。


「もう、新聞に教えてもらわなくてもいいです」


 私がそう言うと、母は少しだけ目を細めた。


「それなら良かったわね」


「何がです?」


「三年も婚約して、ようやく普通の二人になれたみたいだから」


「普通でしょうか」


「王都新聞に毎日本音を載せられている間は、少なくとも普通ではなかったわ」


 それには反論できなかった。


     


 その日の昼前。


 アランがやって来た。


 今度は正門から。


 屋敷の外に集まっていた人も、昨日よりかなり減っていた。


 新聞に何も載らなかったので、みんな少し飽きたらしい。


 人の恋愛に対する王都の興味は、思っていたより移り変わりが早い。


「おはようございます」


「ああ。おはよう」


「新聞、ご覧になりました?」


「見た」


「今日は載りませんでしたね」


「人生で初めて、普通の一面を見て安心した」


「議会の記事があんなにありがたく見える日が来るとは思いませんでした」


「俺もだ」


 二人で笑った。


 今日は応接室ではなく、庭へ出ることにした。


 この数日、ずっと新聞の話ばかりしていた。


 だから今日は、違う話をしてみたかった。


「魔法局から連絡は?」


「今夜には接続を切れるそうだ」


「では、本当に今日で最後ですね」


「ああ」


「少し寂しいです?」


「まったく」


「即答ですね」


「この四日間で、俺の恥ずかしい本音が王都に何個知られたと思っている」


「三つです」


「数えるな」


 私は笑った。


 アランも、もう最初のころほど嫌そうな顔をしなくなっている。


「でも」


 彼が少しだけ歩く速度を落とした。


「悪いことばかりではなかった」


「新聞のことですか?」


「ああ」


 私は意外に思って彼を見る。


「ずっと嫌がっていたのに?」


「嫌だった。それは今も変わらない」


「では、何が良かったのです?」


「俺が言わなかったことを、君が知った」


 アランは少し考えてから続けた。


「本当なら、自分で言わなければならなかったことばかりだったけどな」


「それはそうですね」


「容赦ないな」


「事実でしょう?」


「ああ」


 彼は笑った。


「でも、君の青いドレスをきれいだと思ったことも、他の男と踊っているのが嫌だったことも、婚約そのものを一度考え直したかったことも……新聞がなければ、俺は全部黙ったままだったと思う」


「それは困ります」


「ああ。今なら分かる」


 昨日までなら。


 きっと、ここで会話は終わっていた。


 でも今日は違った。


「エレノア」


「はい」


「俺は、言わなくても分かると思っていた」


「三年間?」


「三年間」


「無理です」


「知っている」


「昨日まで?」


「昨日まで」


「ずいぶん時間がかかりましたね」


「悪かった」


 素直に謝られると、何も言えなくなる。


「では、これからは?」


「言う」


「全部?」


「全部は無理だ」


「なぜ?」


「昨日、君が紅茶を飲んでいる時に口元に砂糖がついていて、かわいいと思ったことまで毎回言う必要があるのか?」


 私は立ち止まった。


「……今、言いましたよね」


「しまった」


 アランが顔をそらした。


 私は自分の口元を押さえる。


「そういうものは、少しくらい黙っていてもいいです」


「難しいな」


「ちょうどいいところを覚えてください」


「努力する」


 その返事がおかしくて、また笑った。


 こんなふうに二人で歩くことが、前よりずっと自然になっていた。


     


 その夜。


 王立魔法局から正式な通知が届いた。


『グレイ公爵令息アラン・グレイ様と魔道印刷機との魔力接続を解除いたしました』


 これで終わり。


 明日から、アランの本音が新聞へ載ることはない。


 私はその手紙を机の引き出しへしまった。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 名残惜しい気もした。


 でも、それ以上に安心していた。


 これからは知りたいことがあれば、本人に聞けばいい。


 そして。


 私も自分の気持ちは、自分で伝えなくてはいけない。


     


 それから一か月。


 私たちは、妙なことを始めた。


「今日はどちらへ?」


「市場へ行きたい」


「市場?」


「結婚後に公爵領へ移れば、王都へ来る回数も減るでしょう。今のうちに見ておきたい店があります」


「分かった」


「アラン様は?」


「俺は本屋へ行きたい」


「珍しいですね」


「君が以前読みたいと言っていた本が入ったらしい」


「……覚えていたのですか?」


「ああ」


 婚約者なのに。


 まるで、婚約する前のように二人で出かけた。


 昼食を食べる店も相談して決めた。


 夜会では、アランが以前より私を踊りに誘うようになった。


「今日は何曲?」


「二曲」


「前回も二曲でした」


「では三曲」


「疲れません?」


「君が他の男と踊るよりましだ」


「まだ気にしているのですね」


「そこは変わらない」


 でも、私が別の人と踊ることを止めはしなかった。


 ただ、少し嫌そうな顔をする。


 それくらいなら、悪くないと思った。


 手紙も変わった。


 以前は、


『来月の夜会について』


『公爵領への訪問日程について』


 そんな書き出しばかりだった。


 今は違う。


『今日、領地で珍しい鳥を見た』


『父がまた君の話をしていた』


『寒くなったので、風邪をひかないように』


 時々、本当にどうでもいいことまで書いてある。


『料理長が新しいシチューを作った。君なら四杯食べると思う』


 その手紙には、


『三杯です』


 と返した。


 次の手紙には、


『去年も同じことを言って三杯食べたあと、パンを二つ追加していた』


 と書いてあった。


 腹が立ったので、


『結婚後、あなたの分までいただきます』


 と返した。


 翌日。


『それは困る』


 とだけ来た。


 私はその手紙を読みながら、ずいぶん笑った。


     


 二か月目。


 私は初めて、自分からグレイ公爵領へ行きたいと言った。


 アランが驚いた。


「何か用事があるのか?」


「ありません」


「では、なぜ?」


「行きたいからです」


「……そうか」


「嫌ですか?」


「まさか」


 彼は少し笑った。


「うれしい」


 昔のアランなら、たぶん、


『構わない』


 くらいしか言わなかっただろう。


 今は違う。


 そのことが、私にはうれしかった。


     


 三か月目。


 公爵領では雪が降っていた。


 以前、私が転んだ庭。


 アランが何度も話の種にする、あの場所だ。


「今年は転びません」


「毎年言っている」


「今年こそです」


「手を貸そうか?」


「大丈夫です」


 三歩歩いた。


 滑った。


「きゃっ」


 腕をつかまれた。


 ぎりぎり転ばなかった。


「……」


「……」


 アランが笑っている。


「笑わないでください」


「無理だ」


「転んでいません」


「俺が支えたからだろう」


「でしたら笑うのではなく褒めてください」


「何を褒めるんだ」


「転ばなかったことを」


「それは俺の成果では?」


「細かいですね」


 言いながら。


 私は気づいた。


 アランの手が、まだ私の腕を支えている。


 私はその手を見る。


「エレノア?」


「……手をつないでも?」


 今度は。


 私から聞いた。


 アランが少し驚く。


 それから笑った。


「ああ」


 私は彼の手を取った。


 暖かかった。


 雪の中を歩く。


 その時だった。


 不思議なくらい、自然に思った。


 この人と。


 来年もここを歩きたい。


 再来年も。


 十年後も。


 きっと、そのころには私はもう少し上手に雪道を歩けるようになっている。


 たぶん。


「アラン様」


「何だ?」


「私、答えが出ました」


 彼が足を止める。


「何の?」


「三か月前のお返事です」


 表情が変わった。


 あずまやで告白された日。


 私は言った。


『もう少し、あなたを好きになる時間をいただけますか』


 三か月。


 十分だった。


「私は」


 言葉にする。


 少し恥ずかしい。


 でも。


 新聞には頼らない。


「あなたが好きです」


 アランが黙った。


「何か言ってください」


「すまない。今、かなりうれしい」


「顔を見れば分かります」


「でも言った方がいいんだろう?」


「はい」


「ものすごくうれしい」


「よろしい」


 私も笑った。


 その瞬間、アランが少し困った顔をする。


「ただ、一つ問題がある」


「何です?」


「俺は一度、婚約を白紙にして改めて求婚すると言った」


「結局、正式な婚約解消はしませんでしたけれど」


「気持ちの上では、一度やり直したつもりだ」


「そうですね」


「だから」


 アランが私の前へ立った。


 雪が静かに降っている。


「エレノア・ベルフォード」


「はい」


「家同士の約束ではなく、俺自身の意思で聞く」


 彼が私の手を取った。


「俺と結婚してほしい」


 今度は迷わなかった。


「はい」


 答えた。


「私も、自分であなたを選びます」


     


 半年後。


 私たちは結婚した。


 式が終わったあと、教会の前には大勢の人が集まっていた。


 家族。


 友人。


 公爵家の使用人。


 伯爵家の使用人。


 そして。


 なぜか王都新聞の記者までいた。


「グレイ公爵様!」


 記者が声を上げる。


 アランが嫌そうな顔をした。


「帰ってもらえ」


「一言だけです!」


「嫌だ」


「今回だけ! 結婚式ですので!」


「だから嫌なんだ」


 私は笑った。


「一言くらいいいではありませんか」


「君まで」


「四日間も勝手に載せられたのです。最後くらい、自分で載せる言葉を選んでもいいでしょう?」


 アランはしばらく迷っていた。


 やがて、記者を見る。


「何を聞きたい」


「本日の本音を!」


 周囲から笑い声が起きた。


 アランは深くため息をつく。


 そして。


 私を見る。


 今日の私は白い花嫁衣装を着ている。


 アランは少しだけ笑った。


「世界で一番きれいだと思っている」


 今度は。


 誰かに暴かれた言葉ではない。


 本人が、自分で選んで言った言葉だった。


 私の顔が熱くなる。


「それ、本当に載せるのですか?」


「君が言わせたんだろう」


「そうですが……」


 記者はものすごい速さで紙へ書いている。


「明日の一面です!」


「一面にするな!」


 アランが珍しく大きな声を出した。


 周囲から、さらに笑いが起こった。


     


 翌朝。


 新婚初日の朝食。


 王都新聞が届いた。


「アラン様」


「見せなくていい」


「まだ何も言っていません」


「どうせ載っている」


「では読み上げますね」


「やめてくれ」


 私は新聞を開いた。


 大きな見出し。


『グレイ公爵夫妻、昨日挙式』


 その下。


 少し小さな文字で、


『新郎、本日の本音――「世界で一番きれいだと思っている」』


 私は笑った。


「一面ですね」


「新聞社を変える」


「私は好きですよ、王都新聞」


「俺は嫌いだ」


 アランは紅茶を飲んだ。


「でも」


 少しだけ笑う。


「今回は、間違っていない」


「そうですね」


 私は新聞をたたんだ。


 もう、魔法はない。


 明日の朝、彼の本音が勝手に載ることもない。


 何を考えているのか分からなければ、聞く。


 うれしいなら、うれしいと言う。


 好きなら、好きと言う。


 三年間できなかったことを、私たちはたった数日で覚えた。


「エレノア」


「はい?」


「今日は何をしたい?」


 私は少し考える。


「二人で町へ行きたいです」


「分かった」


「それから、お昼は昨日話したお店へ」


「ああ」


「夜は一緒に食事をしましょう」


「もちろん」


 私は笑った。


 新聞を開かなくても。


 彼の本音は、ちゃんと聞ける。


 そして私の気持ちも。


 もう新聞に載せてもらう必要はなかった。


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