8話 超常現象研究会2
「……先生のことが好きって言えば、納得する?」
千景がふっと笑みを浮かべた。
「ええっ!? 千景ちゃん、そうなの!?」
凪紗が両手を上げて驚く。
「そっちの方がまだ納得はいく」
暁人は千景から目を逸らさなかった。
「でも、違うんだろ?」
「…………」
確信を持って言った。
千景が自分に向けているものは、そんな単純な感情ではない。
すると――。
「……って」
千景の唇が、わずかに動いた。
「ん?」
「…………」
「なんだって?」
聞き取れなかった。
暁人が一歩、千景へ近づく。
その瞬間だった。
「――っ!」
千景が飛び込んできた。
銀色の髪が視界いっぱいに広がり、そのまま暁人の胸に顔を埋める。
「お、おい!?」
そして――。
「私と付き合って!!!」
教室どころか、廊下にまで響き渡りそうな大声だった。
「はあ!?」
「きゃー……!」
凪紗が顔を真っ赤にしながら、両手で顔を覆う。
「…………」
暁人は何も言えなかった。
胸に飛び込んできた千景の身体は、わずかに震えている。
意味が分からない。
さっきまでの話と、どう繋がっているのかも分からない。
また自分を凪紗から引き離すための策略なのかもしれない。
そう疑うのが当然だった。
なのに――。
なぜだろう。
これまで千景から向けられてきた感情は、何一つ理解できなかった。
笑っているのに、楽しそうには見えない。
怒っているのに、憎んでいるようにも見えない。
近づいてくるのに、好意とも思えない。
何もかもがちぐはぐで、気味が悪くて、理解できなかった。
けれど。
今、この瞬間だけは違った。
「私と……付き合ってよ……先生」
胸元から聞こえてきた二度目の言葉は、先ほどとは違って小さかった。
それだけは――。
なぜか、嘘ではないと思った。
「千景……お前……」
暁人は、それ以上何も言えなかった。
千景は暁人の胸に顔を埋めたまま、泣いていた。
どうして泣いているのか。
その意味は分からない。
けれど、これだけは分かった。
――これは、本物の感情だ。
これまで千景が見せてきた、どこか掴みどころのない笑顔とは違う。
暁人の胸元を掴む指は震えている。
押し殺そうとしているのか、時折、小さく肩が揺れる。
「…………」
暁人は両手を宙に浮かせたまま、完全に固まっていた。
抱きしめるべきなのか?
いや、でも付き合ってもいない女の子をいきなり抱きしめていいのか?
そもそも告白の返事すらしていない。
頭を撫でる?
背中をさする?
何か声をかける?
――何が正解なんだ。
こんな経験、今まで一度だってない。
泣いている女の子に対して、どう接すればいいのか。
暁人にはさっぱり分からなかった。
助けを求めるように凪紗を見る。
「…………!」
凪紗と目が合った。
すると凪紗は突然、両腕を大きく広げた。
ぶん! ぶん!
そして、自分の身体を抱きしめる。
もう一度、両腕を広げる。
ぶん! ぶん!
抱きしめる。
――抱きしめろって言ってんのか?
凪紗がものすごい勢いで頷く。
何してんだ、こいつは。
暁人が呆れていると――。
「誰だぁぁぁぁぁ!!」
突如、教室の外から男の声が響き渡った。
「こんなところで愛の告白なんざしてるリア充はぁぁぁぁ!!」
バァン!!
勢いよく教室の扉が開く。
「清志!?」
暁人は思わず声を上げた。
清志は今日、バイトのはずだ。
なんでここにいる?
「…………」
「…………」
「…………」
清志が固まった。
暁人も固まった。
凪紗も止まった。
千景だけが暁人の胸の中で泣いている。
清志の目の前に広がっている光景。
銀髪の美少女が泣きながら暁人に抱きついている。
抱きつかれている暁人は、なぜか両手を上げて万歳している。
その横では凪紗が、抱きしめる動作を繰り返してよく分からない踊りを披露している。
「…………」
情報量が多すぎた。
清志の脳が、完全に処理を停止する。
やがて清志は、ゆっくりと教室の扉を閉めた。
「…………失礼しました」
「待て待て待て待て!!」
暁人の絶叫が、科学準備室に響き渡った。




