1話 死
「先生……」
少女の声が震えていた。
「私、もう……もう、いや……」
絶望に満ちた声が、虚空へと消えていく。
返事はない。
ただ、その悲痛な声だけが、静まり返った森の中にいつまでもこだましていた。
「…………」
少年は、少女の腕の中に倒れていた。
その左胸――本来ならば、彼を生かすために脈打っているはずの臓器が、ぽっかりと消失している。
空洞となった胸から、赤黒い血がどくどくと溢れ出す。
まるで、少年に残された熱を奪い、この世からあの世へと連れ去ろうとする悪魔のように。
容赦なく、命が失われていく。
一滴、また一滴と血が流れるたび、少年の瞳から光が消えていった。
それでも少年は、少女を見つめていた。
自分のことを「先生」と呼ぶ、不思議な少女。
その顔は悲痛に歪んでいる。
大きな瞳から、涙が次から次へと溢れていた。
それでも少年には、なぜか美しく見えた。
頬を伝う涙さえ、真珠を伝う雫のように輝いている。
少女の腕は温かかった。
自分の身体から熱が失われていくほどに、その温もりだけが鮮明になっていく。
不思議と、もう痛みは感じなかった。
ただ彼女の腕に包まれていることが、どうしようもなく心地よかった。
――これが、“死”なのだろうか。
怖いと思っていたはずなのに。
その瞬間は、驚くほど静かだった。
「先生……」
また、少女が呼んだ。
少年には、その呼び方の意味が最後まで分からなかった。
なぜ自分なのだろう。
なぜ、この少女は自分を先生と呼ぶのだろう。
もう、それを尋ねる力も残っていない。
少年は少女を見つめたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
「もう……次には行きたくないよ……」
少女の震える声が、遠くで聞こえたような気がした。
その言葉の意味を、少年は知っている。
だからこそ――
「……ごめんな」
それだけを残して。
少年は静かに、穏やかに息を引き取った。




