66話 温かな朝
「……リア」
懐かしく、優しく包み込まれる様な声が語り掛けている。
「……ねぇ、アリア」
親しみを込めた、心を落ち着かせてくれる声。
「……アリア、ねぇアリア」
忘れる筈がない、今度はハッキリと響く。
「いつまで寝てるの?」
長い髪を掻き上げ、その女性は私を覗き込んでいる。
「……マ、マ?」
僅かに言葉が零れた。
「やっと起きたのね、まったく寝坊助なんだから。今日は委員会の活動があるんでしょ? 朝ご飯は作ってあるからアナタもさっさと起きるのよ」
意識がポケーとしているアリアに女性は微笑み、被っている布団を軽く叩き、ゆっくりと部屋を出て行こうとする。
アリアは咄嗟に上体を起こし「ママッ!? 待って!」訳も分からず、立ち去ろうとする女性を呼び止めた。
一瞬その後ろ姿が止まり、「よかったわ、アナタが無事で――――」
そう言うと再び歩き出し光が漏れ出ている扉を開く。
「待って、マ……マ――――――」
言いかける前にその姿が光に包まれあっという間に消え、その光が部屋中を照らし視界が真っ白になった。
「――――――ぅあッ!?」
ズシンとした頭の痛みに遠くにある意識が手繰り寄せられ意識が覚醒し、薄っすらと瞼を開く。
見慣れた天井。
「今のは……ママ――――ママだった……」
先程迄見ていた夢を思い返し、今となっては叶わないという現実に苦しくりながらも手の甲をおでこに乗せ天井を見つめる。
どうしてそんな夢を見たのか、心に余裕が出来たからか。
ロギアとの出会い、改めて思うと研究所を出てからこの場所に来る迄怒涛の道のりだった。
変わり果てた世界を歩き、何度も危険な目にあった。
アリアは数分間、自分の現状や過去の事に思考を巡らせた後、サイドテーブルの上に置かれた時計が目に入る。
時刻は八時をとっくに過ぎておりアリアは考えるのを止めのそのそと布団から這い出した。
「……朝、身体が重い……」
身体を伸ばした後時計の傍にあるカレンダーを確認する。
既に書き込みが多く空白が少ない予定表を見、今後の事に寝起きで鈍い頭を回す。
此処数日はマザー管轄の地域に限るが街の見学をさせてもらっており、今日は端末に登録されている人物との交流等、マザーの御傍付きである桐ケ谷尊信さんとロギア、そして此処に来てからお世話になっている運転手の石井さんと言う四人で回る事になっている。
正直アリアもマザー達が此処迄自由にしてくれるとは思っていなかった事もあり、ロギア共々逆に不安になるくらいだった。
アリアはカーテン開け、同時に部屋に差し込む日光の光に目を瞑る。
外の世界とは違う平和な街を眺めた。窓からはランニングや犬の散歩をしている人が見える。
その平和な光景を目で追う。外の景色に見とれている中ふと芳しい香りが鼻を刺激した。
「この匂い……」
アリアは部屋の衣装ケースから服を一着選ぶと着替え、姿見ミラーがある場所へと向かう。
鏡の前に立ち白のレースペプラムブラウスとデニムパンツの自身の姿を映す。可笑しい部分がないか身体を捻り確認し、髪を整える。
「よし」
そう言うと一階に居るであろうロギアの元へと階段を下りていく。
ロギアは洗面台の鏡に映る痛々しい傷跡を確認する。
マザーとの会合、あれから完治迄とはいかないが、身体の痛みも和らぎそれに対するストレスもなくなっている。
流石に命のやりとり迄とは言わないが軽く運動するくらいは出来る様になった。
ロギアは洗面台に置かれた物やリビングに配置された家具それら全てを思い浮かべる。
「此処に慣れるのは良くないな……」
昔の様に平和な日常に慣れてしまうと身体が訛ってしまうのではないかと心配になる。
現状のこの風景が異質な物だと再認識しないといざって時に対応出来るか怪しい物だ。
ロギアはリビングに戻ると、渡された端末を開き、この周辺の地形や建物の情報を確認する。
”ずっとこのまま……アリアにとって負担の無い安全な生活――――これがいつまで続くだろうか”
端末に載っている情報を一つ一つ正確に記憶していく。
二階から物音が聞こえ、ロギアは端末の右下に表示されている時刻を確認すると「もうこんな時間か」椅子から立ち上がり朝食の準備を始めた。
端末で手軽な朝食を検索し、目ぼしい料理を探す。
「スクランブルエッグか……」
ロギアは真剣な眼差しで【作り方】と記載された文字を目で追う。
「あ~……」
自然に声が出てロギアは一応レシピ通りに作り始めた。
ボウルに卵を割り入れ、入ってしまった殻を取り除く。
それに調味料を加え、慣れない手つきで菜箸を扱いボソボソのスクランブルエッグを完成させるとロギアの口から溜息が零れる。
「まぁ、食べれるか……」
想像よりも酷い出来にはなったもののそんな感想が漏れた。
反省の為再度端末へと視線を向けていると、アリアが階段から降りてくるのが視界に入った。
「おはよう……」
「ああ、おはよう」
「……」
アリアはキッチンに置かれたボソボソの卵料理が視界に入り、それから端末を睨みつけているロギアの顔を見つめる。
「どうした? 何かついているのか?」
ロギアは自身の顔を触るが何もない。
「何もないよ、ただ――――何かいいなぁって思っただけ」
アリアは頬が緩みロギアの傍に移動すると一緒に朝食の準備を始めた。
「私も手伝わせて」
そうアリアの顔が綻んだ。
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