60話 桔梗(キキョウ)
「それは……どういう事、ですか?」
アリアはマザーの今迄とは違う雰囲気を感じ取り首を傾げた。
「貴方達から預かったあの資料……覚えているかしら?」
「――あぁ……預かったじゃなくて奪われた、な……」
ロギアがボソリと呟いたその一言にマザーは微笑みを返す。
「橘から報告を受けていた通り、凄い皮肉っぷりね」
アリアが慌てた様子で視線を合わせロギアは口まで出かかった言葉を飲み込む。
「寄生虫自体の特徴は貴方達も知っている様に体内に侵入した寄生虫は母体の細胞の一部を切り取る様に破壊し、そこに自らの細胞を移植しそれを増殖させ、結果的にそれを身体全体へと張り巡らせる――そして寄生虫自身の住みやすい環境を整え、その浸食度が大体半分以上、六十か七十パーセント程進んでやっと自由自在に動かせられる身体を手に入れる事が出来る――」
「それは俺も多少は読んだな……ただの人間でさえ厄介なのにな」
ロギアはアリアの様子を伺ってからマザーに話を続ける様促す。
「この資料を読めば読む程それが何を意味するのか嫌でも理解出来、絶望してしまう」
マザーが資料をテーブルの上に置き、アリアの視線がそれに釘付けになる。
「それって――――」
マザーの呟きにアリアが口内に溜まった唾を飲み込む。
墜落する機内で化物と言った白衣の姿の研究者の顔が脳裏に蘇る。
「一応此処ではアリアの治療――元の人の身体に戻す方法を探そうと考えていたのですが……今の所どうやっても私達には救う事が出来ません。寄生虫による浸食率がかなりの値を示してしまった貴女では今更人間の身体には戻る事は難しいかもしれません。そもそも、寄生虫を体内に入れると言うのは元々自殺に等しい物で、大抵の人なら身体中の軋む感覚で動けず、この資料の通りになってしまう。体内に寄生虫を取り込んでもそんな症状が出ない例外はあるけれど、それも何時何が起こるのかさえ判らないし、今の所何ら解決策は見つかっていないの」
アリアは自身の身体を見下ろす。
「私は――化物って事ですか……?」
自分でも大方予想出来た答えとはいえ、やはり自身で自覚しているよりも他者から指摘される事がより精神的にも衝撃が強すぎる様で、顔は青ざめ、身体が微かに震えている。
マザーも何と声を掛ければいいのか迷い「アリアさ――――」
「乗り越えるしか――無いだろうな」
「え?」
予想外のロギアからの発言だった事にアリアは瞳を大きくする。
「アリア個人がその事実をどう受け止めるかが問題で、他人の俺がどうこう出来る問題でも口出しする様なじゃないがこれだけは言わせてもらう。俺にとってはお前が化物だろうが何だろうが、対応も何も変えるつもりは無い。このままいつも通りにしていくだけだ」
「……ど、どうして――――?」
「数日前まで一緒に行動してたろ? もしお前がそこの資料に記載されてある通りに暴走するのなら機内で初めて会った段階で襲い掛かって来るだろう。他でもチャンスなら幾らでもあった。それが無かった時点でお前はそこの資料に書かれている事とは全く違うだろう。それに少なくとも此処に居るマザーはお前の現状を知った上でそれでも俺達にこの優遇された条件を与えている」
マザーはただ黙って二人を見据えっている。
「ゆっくりと自分の中で解決してけばいい。自分で耐え切れなくなったらいつでも俺やマザー、周りの連中に頼ればいい」
「……ロギ」
アリアがロギアを見るとロギアはバツが悪そうに部屋に飾られている絵画などに視線を逸らす。
「――――ありがとう……」
確かに自分ではどうしようも出来ない現実だが、誰かが傍に居てくれる。それだけが判っただけでもアリアにとっては大きな支えになった。
真正面から受け止めるのには流石に簡単に整理が出来ないが大きな支えを見付けたからか数分で何とか気持ちだけは落ち着かせる事が出来、アリアは何気なく視線を動かし机の上に落とし花瓶に生けてある花に目が留まる。
白色の色彩の花弁と葉の緑色のコントラストがとても綺麗でアリアはつい見惚れてしまう。
「その花が――気に入りましたか?」
「え? あ……はい。とても綺麗です……」
アリアは咄嗟に返事をし直ぐに花からマザーへと視線を戻す。
「私もその花が好きなのよ、桔梗って言って此処日本で古くから親しまれている花」
「桔梗?」
「ええ、花言葉もとっても素敵なのよ。永遠の愛、他にも色々とあるけれど……まぁ、西洋では解釈次第では怖い想念にとらわれてしまう事があるわね。でも此処日本では花言葉の由来も大和撫子の様で。大切な人が何時帰って来るか判らない、ただ無事を祈り永遠に待ち続けた一途で切ない逸話から来たそうだけど、桔梗と言う花は女性の愛を表した花なのよ」
「永遠の愛……」
アリアは思考が停止したかの様に桔梗を眺める。
マザーはそんなアリアの姿に目を止めるとそっとアリアの肩に触れた。
「もし貴方が良ければ、その花を帰りに持っていっても構いませんよ」
「えっ――――!?」
「花には備え持った気の様なパワーを人に与えてくれるものなのよ」
「気?」
ロギアの表情から胡散臭いだの言い出すと判断したアリアは言う隙間を与えず問い返す。
「そう、花が持つ芳香には神経が刺激されたり、その花の色を視覚的に捉える事で気分が落ち着いたり安らいだりもするの。だから持って行って貴女の為に役立てて頂戴」
「ッ――」
アリアはロギアの方へと顔を向けるがロギアはマザーとアリアのやり取りを見てそれからアリアがどう決断するか待っているかの様だった。
「その花もずっと此処で飾られているよりも好いてくれる者の元での方が生き生きと咲きますから」
そう言ってマザーは微笑み、それがアリアの決断を押す形となった。
「な、なら……貰います……」
その言葉を聞きマザーはこれ迄よりも一番優しく微笑み、ロギアはそれで察した。
「桐ケ谷」
「承りましたマザー」
部屋の入り口付近で待機している青年に向け声を掛けると、一分弱ほど席を外し、小型の園芸用ハサミとワックスペーパーを手に持ち再度入室して来た。
「アリアさん彼と共に好きな花をそこの庭から選んで来て頂戴。此処に無事に辿り着いた私からのほんのささやかなお祝いよ」
アリアは最初こそどう反応して良いか判らなくておどおどしていたが「わ、判りまし……た」小さく頷き青年と共にこの部屋の窓から中庭へと向かった。
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