13話 悪夢
――は瞼をゆっくりと持ち上げた。
何も見えない、目に映るものは何もなく、ただ暗闇だけが広がっている。
“私は――何処にいるのだろう?”
身体が重く、動かない。かろうじて動く首を動かして周囲を見回してみるものの、やはり辺りは真っ暗だった。全てが静止しているかのように辺りからは物音一つさえしない。
唯一聞こえるのは降り続ける雨の音だけ。
瞼を閉じ身体の隅々まで神経を集中させるものの何も感じない。感覚という物が無い様に感じられた。
“私は――死ねたのだろうか?”
――パキ
ふと雨以外の音が響く。
誰かがいるのだろうか、目を開けるが先程と変わらず視界は黒一色だ。その音は次第に大きくなっていく。
“誰……なの?”
その音のする方向に問いを投げかけても何も返事は返って来ない。音は更に大きくなり突然ピタリと止まった。
“一体誰なの? ここは何処? あなたは……”
そこまで言いかけた時、身体全体に刺す様な鋭い痛みが走る。
「――あぅ!」
――パキパキ
それは、誰かがいる音では無かった――自分の身体の中に自らの意志とは全く異なる動きをする感覚がある。皮膚の下、それよりも深い部分に感じるその感触は始終移動し続け、その度に身体中が軋むような大きな音を上げた。
「あああああ――――あああッ!」
その感触が腹部辺りに潜り込んでいく感覚で自分がうつ伏せに倒れている事が分かった。
喉が渇き、身体中が焼ける様に熱く、痛い――そのせいなのか手足が全くと言っていい程、動かす事が出来ず感覚という物が無い様に感じられた。痛みに耐えながらもかろうじて頭を動かす。目を開けるが真っ暗で何も見えない。
「ここ……何処……?」弱々しく呟いたが何も返事は返って来ない。
もう一度頭を動かした時、何かが当たった。確認しようともやはり視界は真っ暗なままだ。
ただ一つ分かるのは、その何かはそこまで大きくなく微かに弾力がある、酸化した果物っぽい感触だった。そして――とても魅力的な香りだった。
こんな状況で果物がある事自体有り得ない事で信じられなかったが、もう――何日も飲み食いしていない為か、果物、その単語が頭に浮かんだだけで口内には唾液が分泌され、腹部からも音が鳴り響く。
“もう……我慢の限界だ”
「ん……っく、んぐ、ゴク……ゴク、ゴク……」
――は余りの空腹に耐え切れず、果物にかぶり付き染み出る果汁と多少硬くなった果肉を無我夢中になって貪るかの様に口へと運んでいく。果汁が喉を潤し、果肉は胃袋へと送られる。
それはとても大きく、所々どろっとした感触と芯の様な硬さ、そして鉄の味がした。
“何だろう?”
そんな疑問さえ一瞬頭をよぎったがそんな考えは、空腹が満たされると言う欲求の前では直ぐに打ち消され、無くなった。
「はぁ……っ、ンン……ッ!」
“まだ足りない……”果肉は食道を通り胃へと絶え間なく流れ続ける。身体中の渇きを果汁がどんどん満たしていく。
「んぐっ、んぐっ、んん、ゴク、ゴク……」
息を吸うのでさえ忘れて溺れているかの様に夢中で。
「ゴク、ゴク……んく……ッ……!」
目の前の果実を食べ切ると、喉の渇きはすっかり癒え、空腹は収まり、最初よりも気分はいくらかマシになっていた。
“私……確か飛行機の墜落に巻き込まれて……死んだ、のかな……そう、言えば――前にパパから聞いた事がある……天国には美味しい物が沢山あって死んでいった人達は幸せな生活が送れるって”
空腹が満たされ意識が、思考が徐々に覚醒していく。一つ一つここまでの経緯をたどり結論に行きついた、と思ったが直ぐにその違和感に気付いた。
身体全身に火傷を負っているかの様な痛み、そして――口の中に広がる生臭さと嫌な感触。
「……あ、あれ……な、何……?」
思考能力が回復していくにしたがい手に持つ、先程迄自分が貪る様に食べていた物の情報が鮮明に頭に入って来る。ブニュブニュとした感触の中にも時々硬い芯の様な物があり、水気を感じた。
何度か瞬きをする内に、段々と辺りを包んでいた暗闇が晴れていく。
やがて灯りが目に戻り――そして―
「あ……! ああ……」
割れたガラスの破片に映る自分の姿を捉えた。
「あああああああああああああああっっ!!」
恐怖で背筋が凍り、そこに映る現実を直視出来ず喉が張り裂けんばかりの悲鳴が周囲に反響する。
血まみれの口。両手そして目の前に転がっている果実だと思い込んでいた物を――見た。
顔が引き攣り、身体を引き摺るかの様に後退る。
それは――人の腕だった。咀嚼する際の感触、それが喉を通って胃へと落ちていく感覚。
“嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ”
背後の壁に背中を打ち付けるかの様に下がり切ると【人を食べた】その事実に耐え切れず、震える身体を折り曲げ、指を喉に突っ込み口内の異物を慌てて吐き出していく。
「う……うぇぇぇっ! おえっ、え、えゲホ……ッ、ゲホぉッ!!」
そして口からこぼれ落ちていくそれを見て何度もえずく。
「うげっ、げ……、げええぇぇぇぇ! ゴホッ、おえ……」
顔を上げると自分を囲んでいた研究者達が焼け焦げ、無惨な死骸へとなり変わっていた。
「あ、ああ……、あああ……」
手に持つ人肉がベチャと不快な音をたて床に落ち、少女はその現実を受け止めきれず――
「いやあああああああああああッ!!」
喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げ――
ベッドから飛び起きた。
窓から漏れる一筋の朝日を覗いて灯りが何一つも無い、荒れ果てた部屋の隅にあるベッドの上でアリアは横になっていた。
息が荒く、視界もぼやけ、思考が完全に停止している。肉体も倦怠感を酷く感じ、最悪な気分だった。
身体にかかっていたタオルケットも半ばズレ落ち、今がどんな季節だか把握は出来ていないが周囲の空気が肌寒く感じる。億劫になる感情を何とか抑えベッドから這い出ようとし、ベッドシーツの湿った感触にギョッとした。
まるで長時間サウナにでも入っていたかの様に身体中から大粒の汗が流れ、ベッドシーツも自分の着ている質素な衣服もびっしょりと濡れている。その正体が汗だと分かると若干ホッとしつつも、溜息を洩らし周囲を見回す。
朝日を浴び、部屋中を舞う埃が幻想的な光景に見えた。
この度は第13話を読んで下さりありがとうございました。
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