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Ninfea  作者: 蠍ノ丘
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1話 相容れぬ希望


 頭に見た事も機械を取り付けられ、何の薬かも分からない物を投与された。


 ――薬投与から数日がたつと腕全体が変色し始め、その腕に研究者達が更に手を加え始める。そして目が覚めるといつもの様に部屋の片隅で倒れていた。髪の毛が抜け落ち肌がガサガサに荒れ、鏡に映る自分を見て死にたい気持ちになる。


 私は必死になって暴れた。だがそれがいけなかったのか男達は私を椅子に縛り上げると実験は更にエスカレートしていった。


 

 生きるのが――こんなにも辛いのなら――――いっそ――――もう死んでしまいたい。


 

「い……ッ!! 痛い! いたいイタイ!! おねがい、殺して……」

 手足を拘束具で繋がれた少女は全身を襲う激痛に顔を歪ませ、目の前で自分を観察している白衣を着た研究者、『セルゲイ・オルバース』にそう懇願した。


「はぁ、悲しい事を言わないでくれ……アリア。全く……君は自身の価値を未だに何一つ理解していないようだね、君とは長い付き合いになるがそれだけは残念な事だよ。君の頭のてっぺんから足の爪先迄、そう血の一滴まで、その全てが大勢の人を救う為にも必要不可欠な唯一の代物なのだ。君も最初に言っただろう? 《私は大勢の人を救いたい》と」

視線が合い、微笑んだ。


「そんな風に言われるとまるで私が無理矢理やらせているみたいじゃあないか?」


 男は優しく微笑みかけ私の髪に触れた。その指先の感触が気持ち悪く、男の微笑みが凄く恐ろしい物に見え、身体が硬直する。


「いやだ、いやだいやだいやだ――もう、いや、い……」


 声を出すと喉が、頭が痛くなる。それでも一秒でもこのイカレタ行いに拒否反応を起こすが男の声がそれを遮った。


「いいかい? 辛い事の一つや二つ何て誰にだってある事だ。私だってこの感染事件が起きた直前に息子が行方不明になり、友人も他にも多くの物を失ってきた。何度も辛い事に打ちのめされ、諦めようとも思ったさ。だが……そこで私が諦めてしまったら残された者達はどうなる?」


 静かに、まるで子供に物語を読み聞かせるかの様に男は椅子に拘束されている私に目線を合わせゆっくりと話し始めた。


「君が辛いのは私だって分かる……だけど、我々人類が滅びない為にも才能のある者が――選ばれた者が残った連中の為に地獄を経験しなければならない。君がそれを拒否すれば世界中の今まで君に未来を託して来た者達の努力を、人類の最後の希望を、君たった一人の我儘で潰す事になるんだよ? 確かに君は今まで地獄を必死に耐えて来た、それは実に素晴らしい事だ。称賛されるべき事だ。だが、まだ足りない、いや全然足りないと言っていいだろう。世界中の人間の為だ。君は我慢しなくちゃいけない……分かってくれるかい?」


『セルゲイ・オルバース』の口から出た言葉はあまりにも理不尽で、既に疲労し切っている私の頭では理解不能な物だった。


「そうだな・・・・人間は自ら創り出したヒューマノイドよりも劣る。そんな事は奴等に知識、手段を与えてしまった時点で気付かなくてはならなかった。こんな世界になってしまっても奴等は他の生物同様自身の進化を止めないだろう。だが人間の思考や行動は遥か昔から殆ど何一つとして変わってはいない」


 拘束されている少女の周りを男がゆっくりと徘徊し始める。


「それは現状の様に環境自体が大きく変化したとしても同様だろう。このままではいずれ人間は無様に惨めに死に絶えてしまうだろう――私はそれを回避したい。だからこそ人類存続の為に私達は進化し続けなければならない。人間の進化を少しでも次の段階、前へと進める為には人権と言う概念に囚われていてはいけない。だから君も直ちにそんな物は捨て去らなければならない」


 ―――そんな事はどうでもいい―――喋るなッ! 黙れッ――――


「何人犠牲者を出しても、例え家族や友人がその過程で命を落としてしまう羽目になったとしてもそんな事は、人類の進化に比べればどうでもいい――気に掛ける事じゃない。私も全てを捨てて来た。進化と引き換えに犠牲、代償を払わなければいけない事は――避けて通る事何て出来やしない。君の苦悩一つ一つでこれまでこんなにも前進して来た。」


 男は洗脳するかの様に同じ様なフレーズを何度も使い、最後には優しく語りかけてくる。大きく息を吸い気持ちを落ち着かせ、少女の頬に優しく触れる。


 ―――気持ち悪い―――


「いいかい、君は希望だ――世界の救済する事が出来る二人目の『新人類』なんだ。いずれ君の頑張りが報われる時が来る……君は他の贋物とは違う新人類の『イブ』なのだから」


 詭弁を弄する男の話は全く耳に入ってはこなかった。彼等の言う“世界の救済”には私の中に存在する『寄生虫の細胞』が必要不可欠らしく、彼等は私の身体を毎日、何度も……何度も切り刻み、まるで自分達の物かのように身体から臓器を取り出していく。


 


 けど――こんな方法で何て望んではいなかった。



 

「あがっ!? いぎぃ!! い……ああ……ああああああああ――ッ!!」

 身体から臓器が取り出される度に、私は拘束されているにもかかわらず身体を仰け反らせ、喉が潰れんばかりの悲鳴を上げた。

 “痛い!! イタイ、イタイイタイイタイ――ッ!!”

 身体を仰け反らす度にガチャガチャと照明が揺れる。


「いやぁ……本当に素晴らしい! いつ見てもこれは新品のように綺麗だ! 耳障りな音はさておき……これなら何回でも実験を行える!」


 その場に『セルゲイ・オルバース』の姿は見られなかったが、自身を囲む大勢の研究者達は少女から摘出したばかりの臓器に歓声を上げ、うっとりとした目で眺めた。


 ひとしきり叫んだ後、少女は脱力した。涙と開いた口から流れる唾液でだらしなく濡れた顔は、無表情のままで、既に抗う気力さえも残ってはいない。


 “狂ってる……”


 少女が人間だったのなら到底生きてられないのだが、研究者が口々に言う寄生虫の細胞は少女が傷付く度に有り得ない速度で修復を始め、数時間後には開いた傷口も無くなり、失われたはずの臓器でさえも最初は歪な形だが直ぐに元通り再生してしまう。たとえ少女が心停止してもその細胞は無理矢理蘇生させていく。



 ――切り刻まれるのは嫌 


 ――苦しいのは嫌


 ――熱いのは嫌


 ――痛いのは嫌



 何度も必死に懇願したが彼等は一切止めようとはしなかった。どんなに傷付けても何を取り出してもその細胞がある限り少女は死ぬ事がないからだ。その為、次第に麻酔さえ使われなくなり、私は身体を引き裂く激痛で度々意識を失った。身体を分解され、脳と脊髄だけにされた事もあった。その細胞はそれでも私を生かし続け身体を修復していく。


 意識を失う直前には必ずと言っていいほど嫌な光景が目に入る。それは、傷付き修復を始めた身体を冷静に興味深そうに観察する研究者達の顔――


 “何度繰り返されるのだろうか?”


 “どうして……死ねないのだろう……”


 頭の中に何度もその疑問が浮かぶ。その答えは自分では分かってはいたが、どうしても素直に受け入れる事は出来なかった。


 ――私の身体の筈なのに、私の身体じゃあない――


 身体が修復される度に次第にそう思う様になってきた。


 実験で意識を失った私は、窓も、身体を休める為の物も一切無い、真っ白い床と壁だけに包まれた部屋で目が覚める。服は新しい病衣に取り換えられており、肌に付いた血液は全て綺麗に拭き取られていた。


 ――そして、数時間後には、いつものように身体中に叫びたくなるような激痛が走る。まるで何か……自分とは全く違う、別の意志を持つ生物が身体の中を移動しているかのような、そんな感覚に襲われる。


 “あぁ、私も……人間なのに……どうして……人として扱ってくれないのだろう――彼等は残酷だ、彼等、人間は残酷だ……人間なんて結局は自分に得になる事しかしないし、思い通りにならないと直ぐに理不尽な事をする……人間なんて嫌いだ”


 ――もう堪えられない。


 抗う事に疲れ切った少女は身体中から力を抜いた。恐怖による胸の高鳴りも、実験による痛々しい記憶もすべて受け入れざるを得なかった。そして少女はコンクリートで覆われた天井を眺めながらゆっくりと弱々しく口を動かした。



 ――もう……死にたい





この度は第1話を読んで下さりありがとうございました。


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