勇者は金と女で国を捨てた――その直後、世界を“0”にする存在が現れたが、もう遅い
これは趣味で制作している作品です。皆さんにこの第1話を楽しんでいただけたら嬉しいです。
歓声は、割れるように響いていた。
「勇者様だ!」「我らの救いだ!」
城門をくぐった瞬間、花びらが降り注ぐ。兵士も、商人も、子供も、皆が同じ顔をしていた。安堵と、信仰に似た熱狂。
勇者アティエルは、そのすべてを見下ろしながら、ゆっくりと歩く。
笑顔は完璧だった。
誰一人として疑わない、救済者の顔。
(……うるさいな)
内心では、ただそれだけだった。
彼の視線は、人々ではなく、その背後にある「価値」を測っていた。
この街に、どれだけの利益が残っているか。
もう、ほとんど残っていない。
だから――終わりだ。
玉座の間は、静まり返っていた。
国王は立ち上がり、深く頭を下げる。
「勇者アティエルよ……!貴殿のおかげで、我が国は救われた!」
その声は震えていた。
感謝と、そして――恐怖で。
アティエルは玉座の前に立つ。
一瞬の沈黙。
そして、あまりにも軽く、こう言った。
「契約はここまでだ」
空気が凍った。
「……なにを、仰っている?」
「他の領から、もっといい条件が来た。報酬は三倍。住居、専属の従者、あと――まあ、色々だ」
淡々とした声だった。
まるで天気の話でもするかのように。
国王の顔から、血の気が引く。
「ま、待て……!まだ終わっていない!あの異常は……!」
「知ってるよ」
アティエルは、肩をすくめた。
「“零域”だろ?」
その言葉に、玉座の間にいた者たちの背筋が凍る。
誰もが知っている。
だが、誰も口にしたがらない名前。
最近、各地で報告されている現象。
触れたものの“価値”が消える。
人も、物も、魔力も――すべてが“0”になる。
「……既に、外縁に発生しています。あと数日で……ここに」
宰相の声は、かすれていた。
「だからこそ!貴殿が必要なのだ!報酬なら上げる!倍でも三倍でも――」
「遅い」
アティエルは即答した。
その一言で、すべてを切り捨てるように。
「……ならば」
国王は、歯を食いしばる。
「望みを言え。貴殿が望むものは、すべて与えよう」
その言葉は、祈りだった。
アティエルは少しだけ考え――そして、笑った。
「じゃあ、王妃を」
沈黙。
誰も、意味を理解できなかった。
「……なに?」
「王妃を寄越せって言ってる。あと、ついでに王女も」
あまりにも自然に言われたその要求は、現実感を持たなかった。
だが、次の瞬間。
「……既に、王女は……」
国王の声が、崩れた。
その言葉で、空気が変わる。
最初から。
すでに、差し出していたのだ。
アティエルは一瞬だけ目を細め――すぐに興味を失ったように視線を逸らす。
「へぇ。じゃあ王妃だけでいいや」
「……っ」
玉座の間にいた全員が、理解した。
これは交渉ではない。
ただの、確認だ。
どこまで壊せるかの。
長い沈黙の後。
国王は、ゆっくりとうなずいた。
その瞬間、何かが完全に壊れた。
「……分かった」
声は、もはや王のものではなかった。
ただの、何かだった。
「……ふーん」
アティエルは、それを見て――つまらなそうに呟く。
「もういいや」
「……なに?」
「興味なくなった」
あまりにも軽く。
彼は背を向けた。
「……待て!約束が――!」
「最初からする気ないよ」
振り返りもせず、そう言い捨てる。
「この国、もう終わりだし」
扉が閉まる。
それで、すべてが終わった。
外に出ると、歓声はまだ続いていた。
誰も知らない。
自分たちが、既に見捨てられていることを。
アティエルはそのまま、街を出る。
一度も振り返らない。
夜。
街の外れ。
空が、歪んでいた。
最初は誰も気づかなかった。
音もない。光もない。
ただ、そこにあるものが――“減っていく”。
壁の一部が、消える。
石が、砂にもならず消える。
触れた兵士の腕が、何もなかったかのように消える。
悲鳴が上がる前に、声が消える。
存在が、意味を失う。
「な、なんだ……これ……」
誰かが呟いた。
その言葉も、途中で途切れた。
王城。
玉座の間。
国王は、まだ座っていた。
何もかもを差し出した、その場所で。
足元から、ゆっくりと――消えていく。
叫びは、なかった。
ただ、理解だけがあった。
(……ああ)
(遅かったのだ)
街は、消えた。
人も、歴史も、記録も。
何も残らない。
ただ、そこにあったという事実だけが、どこにも残らず消えた。
数時間後。
遠く離れた街道で、アティエルは足を止める。
ふと、振り返る。
何もない。
本当に、何もない。
「……もうか」
それだけ呟いて、歩き出す。
興味は、もうなかった。
この世界では。
勇者は、人を救わない。
第1話を楽しんでいただけたら幸いです。次のエピソードも近いうちにアップロードします。




