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ワガノワ・メソッド:キーロフ出身の漢がバレエの真実をぶった切る  作者: はまゆう


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12/18

第12話 【真実】表現は「後で」じゃない。初日から始まってる。

「先生、表現は技術ができてからでいいんですか?」


バレエ教室の先生に聞かれた。

「まだ基礎ができてない子に、表現を教えるのは早い気がして…」って。


俺、その時、こう言った。


「その考え、ワガノワでは完全に間違いだ。」


驚いてた。

でもな、これ、多くの人が勘違いしてるんだ。


---


ある日、見た「悲しいレッスン」


今からもうずいぶん前になる。

あるスタジオで、小学生のクラスを見た時の話だ。


子どもたち、技術は悪くなかった。

バーでの基礎はしっかりしてる。

ポジションもまあまあ正確。


でもな、センターに出た瞬間、人形になった。


目は死んでる。

顔は無表情。

ただ「動き」だけをなぞってる。


終わった後、先生に聞いてみた。

「この子たち、表現はいつ教えるんですか?」


先生、こう言ったんだ。

「もう少し技術が身についてからですね。今は基礎を固める時期なので。」


その「今は」が、何年続くと思ってる?


---


ワガノワが「初年度から表現を仕込む」3つの理由


よし、じゃあ教える。

ワガノワがなぜ初年度から表現を教えるのか。

その「深い理由」だ。


理由1:「表現も技術のうち」だから


多くの人は「技術」と「表現」を別物だと思ってる。

「技術=身体の使い方」

「表現=心の使い方」


でもな、ワガノワでは違う。


表現も「身体の技術」の一部なんだ。


例えば、同じ「腕を上げる」という動きでも、

「嬉しい」時の上げ方と「悲しい」時の上げ方は違う。

背中の使い方、腕の速度、視線の落とし方。


全部「身体」で表現するんだ。


つまり、「表現を後回しにする」ということは、

「身体の使い方の半分を後回しにする」ということ。


もったいないと思わないか?


理由2:「癖」は時間が経てば経つほど強いから


これは心理学的にも証明されてる。


人間は「繰り返しやったこと」が癖になる。

良い癖も悪い癖も、時間が経てば経つほど強くなる。


「技術だけ」を繰り返し練習すれば、

「無表情で踊る」という癖がつく。


そして、数年後に「さあ表現を入れよう」と思っても、

その時にはもう「無表情が当たり前」になっている。


無表情の癖を直すのに、3倍の時間がかかる。


だったら、最初から「表現ありき」で練習した方が、

結局は早く上達するんだ。


理由3:「バレエは見せるもの」だから


ここが一番大事な理由だ。


バレエは「自己満足」じゃない。

「見せるもの」なんだ。


最初から最後まで、誰かに見られてる。

その意識が、技術を変える。


例えば、同じプリエでも、

「誰も見てない」と思ってやるのと

「誰かが見てる」と思ってやるのでは、

身体の使い方が変わる。


背筋が伸びる。

動きに張りが出る。

目に光が宿る。


これが「表現の始まり」なんだ。


技術ができてから表現を入れるんじゃない。

表現を入れるから、技術が生きるんだ。


---


ある日の老師、伝説の一言


俺がキーロフで初めてレッスンを受けた日、老師が言った。


「お前は今日から『踊る』んじゃない。『見せる』んだ。」


意味がわからなかった。

だって、まだアチチュードもできない。

ルルベもふらふら。


「見せる」とか「表現」とか、遠い世界の話だと思ってた。


でも後でわかった。


老師が言いたかったのは、

「技術が完璧になってから表現を考えろ」じゃない。

「今この瞬間から、『伝える』という意識を持て」ってことだった。


不完全でもいい。

できなくてもいい。


「何を伝えたいか」という意思を持て。

それが表現の第一歩だ。


---


「技術が先」の何が問題か?


ここでハッキリさせてやる。

「技術が先、表現は後」という考え方の問題点を。


問題1:「いつまで経っても表現が入らない」


「もう少し技術がついたら…」

そう思って、何年経った?


この考え方の怖いところは、

「いつ」が来ないことだ。


「もっと」は無限にある。

「もっとアンドゥオールが深くなったら」

「もっとバランスが安定したら」

「もっとジャンプが高くなったら」


キリがない。


結局、表現を入れるタイミングを永遠に逃す。


問題2:「技術だけのダンサー」になる


技術はある。でも、見てて感動しない。

そんなダンサー、見たことあるだろ?


「なぜ感動しないのか」。

それは、「何を伝えたいのか」がないからだ。


技術は「手段」であって「目的」じゃない。

伝えたいものがあって、そのために技術を使う。


「技術が先」の人は、この順番が逆になる。

「技術を使うために何か伝えよう」となる。


それ、逆なんだよ。


問題3:「バレエがつまらなくなる」


一番やばいのはこれ。


技術だけを追いかけると、バレエが「作業」になる。

「今日はこれができた、これはできなかった」

ただの達成ゲーム。


本来のバレエの楽しさは、

「人に何かを伝える喜び」だ。


その喜びを知らないまま、

技術だけを詰め込まれた子は、

いつか必ず壁にぶつかる。


「なんでバレエやってるんだろう」って。


---


「初年度」で何を仕込むか


具体的に何を教えるのか?

ここで実践編だ。


仕込み1:「誰かに見られてる」意識


まず最初の最初。

バーにつかむ前に教えること。


「今、お父さんとお母さんが見てるよ」

「みんな、お前のことを見てるぞ」


この意識だけで、背筋が伸びる。

目に光が宿る。


これが表現の出発点だ。


仕込み2:「自分の感情と向き合う」習慣


レッスンの最後に必ず質問する。


「今日のプリエ、どんな気持ちでやった?」

「この曲、何を感じた?」


最初は答えられなくてもいい。

「考える習慣」をつけさせることが大事だ。


技術ばかり気にしてると、

自分の感情を見失う。


それを防ぐために、

「自分の感情を言葉にする」練習をしろ。


仕込み3:「伝えようとする」技術


ワガノワには「伝えるための技術」がある。


例えば:

・目線をどこに置くか

・呼吸をどう見せるか

・動きの速度をどう変えるか


これらは全部「技術」だ。

表現のための「身体技術」なんだ。


これを「基礎の段階」から教える。

「技術ができたら表現」じゃない。

「表現をするための技術」として教えるんだ。


---


子どもに教える時、どうするか


ここで実践的な話をしよう。

小さな子に「表現」をどう教えるか。


まず、「表現しなさい」って言うな。

子どもは「ウソの顔を作ること」だと誤解する。


代わりに、こう言え。


「この音楽、どんな感じがする?」

「動物だったら、何の動物?」

「この動き、重い?軽い?」


抽象的な指示ではなく、

「イメージ」で伝えろ。


もう一つ、効果的な方法がある。


「お手本を見せて、マネさせろ」


言葉で説明するより、見せた方が早い。

「私はこうやってやるから、真似してみて」


最初はコピーでいい。

コピーを繰り返すうちに、

「自分の表現」が生まれてくる。


---


結論:表現は「最後」じゃない。「最初」なんだ


よし、まとめるぞ。


表現を「技術ができてから」と思ってるなら、

その考え、今日から捨てろ。


表現は「最後」じゃない。

「最初」なんだ。


初年度から仕込め。

・「誰かに見られてる」意識

・自分の感情と向き合う習慣

・伝えるための身体技術


これらは全部、「基礎の基礎」の中に含まれる。


「まだ早い」は言い訳だ。

「今から」でいいんだ。


今、この瞬間から、

お前の踊りに「意味」を乗せろ。


技術だけのロボットになるな。

見る人の心を動かす人間になれ。


---


次回予告


次回は、この連載の後半戦。

「順番教育は、なぜ効果的ですか?」


ワガノワがなぜ「順番」にこだわるのか。

その最終的な答えを、ぶった切る。


お前の「当たり前」、全部壊しに行くからな。


---


いいなと思ったら応援しろ。

表現、後回しにするな。

今、この瞬間から始めろ。


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