第95話 エピローグ:灰熱病被害状況報告
――王都オルドリア。
石造りの堅牢な建物――王立財務局の一室。
窓の外には、ここでも不穏に揺らめく世界光が見えていた。
執務机に向かっていたレティシアは、速達で届いた報告書を読み終え、静かに息を吐く。
氷河のように淡い瞳が、数字の列をなぞった。
『各地の灰熱病被害状況報告』。
カリメラ 感染者三千八百名、死者五百七十名。
トレヴィア 感染者三千五百名、死者四百九十名。
ドラヴェナ 感染者二千六百名、死者四百三十名。
……
……
ローレンツァ 感染者二千百名、死者六十三名。
その中で、ローレンツァの数値だけが異質だった。
規模では劣る新興都市が、三大商都のどこよりも死者を抑え込んでいる。
「疫病による災禍を、“流れの制御”だけで押しとどめた……魔法使いでも神官でもないのに、どんな数字の魔法を使ったのかしら」
「――面白いだろう?」
背後から重厚な声が響く。
振り返ると、入口に長身の男が立っていた。財務局長――ヴィクトル・アークライト。
「局長。……ご存知だったのですか」
「以前から、ローレンツァの動きが活発になっているので気になっていた。調べさせてみれば、面白い男が住み着いているようだな」
ヴィクトルは窓辺に歩み寄り、揺らめく世界光を見上げた。
その横顔は彫像みたいに厳しく、猛禽のように鋭い。
「ローレンツァの数字の話は興味深い。だが――この光を見ろ」
指差された夜空の揺らぎは、どこか不吉だった。
「世界光が乱れ始めている。
それはつまり、経済も、物流も、国家の根幹も揺らぐということだ」
ヴィクトルが振り返り、レティシアを見る。
「地方の一都市でくすぶらせておくには惜しい駒だ。
次に揺さぶられるのは――この王都の数字かもしれんぞ」
レティシアは、報告書の余白に目を落とした。
そこには名前はない。だが、彼女には見える。
数字の裏で、誰がどんな顔で、どんな決断をしたかが。
(ヴィクトル局長が配下を動かしている――もう逃げられないわよ、アラタくん)
彼女は報告書を閉じ、引き出しにしまった。
揺れる世界光の下で、物語の舞台は、より大きなステージへと移ろうとしていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて『異世界会計士』第1部完結です。
第1部では、複式簿記の基礎から、発生主義、固定費・変動費、限界利益、減価償却、在庫評価、そしてTOC(制約条件の理論)まで――“数字が物語を動かす”瞬間を、できるだけ物語として楽しめる形で盛り込みました。
読み終えたあと、会計に対するイメージや数字の見え方が少し変わっていたら嬉しいです。
そして第2部では、アラタのもう一つの武器――“監査”が物語の軸になる予定です。
続きについては、準備が整いましたら改めてお知らせします。
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