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第78話 緑色の依頼書

冒険者ギルドの依頼掲示板が、異様な光景になっていた。


普段なら魔物討伐、護衛、採取、隊商の随伴――色とりどりの紙が並ぶはずの壁が、今はただ一色だ。

緑色の紙。緑色の紙。緑色の紙。


――『灰葉草の採取』。


紙の端が、出入りするたびに吹き込む冷たい風で小刻みに震えている。

それが、まるで街そのものの震えみたいに見えた。


「おらぁっ! 追加の納品だ!」

「こっちもだ! 査定を急いでくれ! 寝てねえんだ!」


ロビーは怒号と熱気に包まれていた。

泥だらけの冒険者たちが、背負い袋や麻袋から草の束をどさどさとカウンターに積み上げる。

職員たちは目の回るような忙しさで重量を量り、札を確認し、金貨袋を渡し、次の束へ手を伸ばす。


カウンターの向こうで、ミーナが声を枯らしていた。


「は、はい! 次の方! 束はほどかないで、そのまま台へ! 鑑定札がないのは検品所へ――!」


そう叫ぶと、小さく喉を押さえて咳込む。


「ミーナさん、大丈夫?」


「あ、すみません。乾燥してるだけです。……次の方、どうぞ!」


顔色は青白いのに、動きだけは止まらない。

隣の古株職員が、金貨袋を投げるように渡しながら怒鳴った。


「混ぜるな! 札のない束をこっちに寄こすな! あと、泥は落としてこい、泥は!」


僕は二階の回廊から、その光景を見下ろしていた。

手元の集計表にペンを走らせる。


初日の納品量は目標値を軽く超えた。二日目も、三日目も。

僕が提案した“全量買取”と“報酬上乗せ”は、見事に効いている。


(入口は、押し広げられた)


数字の上では、希望がある。

草が集まり、一次加工が進み、あとは仕上げの釜が回れば――。


「すげえな」


隣でロアンが腕を組んだまま言った。

口元は、どこか誇らしげだ。


「金だけじゃねえ。あいつらも分かってる。自分が運んだ束が、誰かの命になるってな。……こういう時の冒険者の馬鹿力は大したもんだ」


確かに、ロビーに満ちているのは金銭欲だけじゃない。

危機に立ち向かう高揚感。英雄になれる熱。

“誰かのために”という善意。


僕は安堵の息をついた。


(これで、回るはずだ)


あの重苦しい会議室で「効率は捨てる」と言い切った。

いま目の前の光景は、その言葉の正しさを証明しているように見えた。


――その時点では。


* * *


ローレンツァ近郊、北の丘陵地帯。

冬枯れの斜面は、まるで巨大な獣が暴れたあとみたいに荒れ果てていた。


「よし、この斜面はあらかた採り尽くしたわね!」


アイナが額の汗を拭い、剣の鞘を叩く。

彼女の足元には、土がむき出しになった地面が広がっていた。

普段なら数日かかる採取を、グラスホークの四人は半日で終わらせていた。


「バルグ、袋はまだ入る?」


「ああ……詰め込めば、あと二束はいける」


大男のバルグが、麻袋の口を広げたまま黙々と押し込む。

目が血走っている。肩の筋肉が硬い。


彼の家では姪がまだ高熱で寝ている。だから、一束でも多く。一本でも多く。焦りが手つきを乱暴にしていた。


「ちょっと、待って」


弓使いのメリスが、斜面を見回して眉をひそめた。


「根っこまで掘り返してる。……これ、来年は生えてこないかも」


彼女の言葉に、アイナの手が一瞬止まった。

引き抜かれた根が、ぶちぶちと嫌な音を立てて切れる。

湿った土の匂いが、冬の冷気の中でやけに生々しい。


冒険者には暗黙のルールがある。

採取は“獲り尽くさない”。種や根を残して、森と共存する。

そうしないと、来年以降、自分たちの首が絞まる。


でも、今は――。


「……しょうがないでしょ」


アイナは自分に言い聞かせるように強く言った。


「来年の心配より、今死にそうな子どもたちの方が大事よ。森なんて、また何年かすれば戻る」


そう言って、小さな芽までむしり取る。

罪悪感を使命感で塗りつぶし、手を止めない。


後衛のリオットが、袋を抱えたまま小さく呟いた。


「……似た草、多いよね。間違えてない?」


「だからこそ数を集めるんだ」


バルグが低く言った。

それは、祈りに近い言葉だった。


彼らは信じていた。

自分たちの努力が、確実に誰かを救っているのだと。

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