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第55話 回り始めた歯車

フォォォォォン……。


新しい粉砕機が、低い唸りを上げて回っている。古い機械の苦しげな異音とは別物の、力強い駆動音だ。


価格表を作り直し、注文が動き始めてから二週間。工房には、これまでとは違う種類の活気に満ちていた。


一定のリズムで響く低い駆動音と、職人たちの小気味よい掛け声。そして、次々と運び出されていく木箱の山。


「――よし、次のロット入るぞ! 魔力供給、安定!」


「おうよ! どんどん持ってこい!」


ガルド親方の野太い声が、活気ある作業場に響き渡る。


新調された新式の粉砕機は、まるで腹を空かせた獣のように、投入される魔石の原石を次々と飲み込み、美しい規格品の粉末へと変えていく。


工房の隅でその様子を見守っていた僕は、手元の記録用紙にペンを走らせながら、小さく息をついた。


(……すごいな。計算通り、いや、それ以上だ)


「攻めの値付け」の効果は、劇的だった。

売値を3割下げたという情報は、風魔法の如き速さで街中に広まった。


これまで「エルドレッサの魔石加工商品は高品質だが高すぎる」と敬遠していた中堅の商会や、個人経営の薬師たちが、雪崩を打って注文を入れてきたのだ。


ギルドでも、冒険者たちの間でちょっとした話題になっていた。

少し前に、アイナが嬉しそうに言っていたのを思い出す。


「エルドレッサの加工品、ちょっと安くなったのよ。閃光石、前は“高いだけ”って思ってたけど……これなら、いざって時のために一個は持っておけるわ」


閃光石――割れば強烈な光が走り、魔物の目を眩ませて退路を確保できる、魔石を加工した道具だ。


顧客の声は、正直だ。

彼らは“安いから”買ったのではない。“良いものが、手の届く値段になったから”買ったのだ。


潜在的な需要を掘り起こす。これこそが、薄利多売ではなく、適正なシェア拡大の姿だ。


「アラタさん、見てくださいよこれ!」


油と埃にまみれた顔を輝かせて、若い職人の一人が駆け寄ってきた。


「今日の生産量、また記録更新っすよ!

 すげえなあ、新しい機械ってのは。石が詰まらないだけで、こんなに仕事が捗るなんて!」


「お疲れ様です。皆さんの手際が良いからですよ」


「へへっ。まあ、忙しいのは忙しいんすけどね」


彼は額の汗を拭いながら、充実した笑みを浮かべた。


「でも、前みたいに壊れた機械と格闘して“空回りしてる”感じじゃねえんです。

 ちゃんと“やったぶんだけ返ってきてる”気がする。……これなら、居残りになっても文句はねえや」


そう言って、彼は軽快な足取りで持ち場に戻っていった。


仕事の喜び。それは、自分の仕事が成果に直結しているという実感から生まれる。


機械への投資は、単に生産効率を上げただけではない。

現場の士気という、数字には映らない価値までも大きく向上させていた。


* * *


「……順調そうですね」


ふいに背後から声をかけられ、振り返る。

帳簿係のルカが、分厚い帳面を抱えて立っていた。


「どうしたの、ルカ。何か問題でも?」


「いえ、現場は最高です。ただ……その」


ルカは困ったように帳面を開き、粉砕機の処理欄を指差した。


「金貨360枚は金庫からなくなってるのに、帳面ではまだ残っているみたいに扱って、毎月少しずつ減らしていく。

 頭では理解したつもりなんですが、それでもなんだか、狐につままれたみたいで」


僕は頷いた。無理もない。

「現金こそ正義」の世界に生きる彼らにとって、【減価償却(げんかしょうきゃく)】の概念を掴むのは、それだけ難しい。


「そこが肝心なんだよ、ルカ。

 金貨を捨てたわけでも、消えたわけでもない。金貨という“財産”が、粉砕機という形の“財産”に両替されただけなんだ。工房が持っている“価値の重さ”は変わっていない」


「両替……」


「そして、機械を使うにつれて、使える時間が少しずつ減っていく。

 金貨360枚の塊を、十年かけて少しずつ削り取って、その粉を費用にしていくイメージかな」


「あ……! お金が消えたんじゃなくて、形を変えて残っている。

 だから、一気に費用にするんじゃなく、使った分だけ計上するんですね」


「その通り。まず“資産”として残す。そして、使った分だけ“費用”に移して、“資産”を減らす。やることはそれだけなんだ」


ルカの瞳に、理解の光が灯る。


“金貨が減った=損失”という価値観の強いこの世界で、この概念を肌感覚で掴める人間は貴重だ。


ルカと帳面を閉じたとき、窓の外はもう夕暮れに染まっていた。

この一ヶ月の結果が、すべて出そろう――月末が、もう目の前まで迫っていた。

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