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第51話 時間を切り分ける魔法

僕の言葉が響いても、会議室の緊張は解けなかった。

むしろ、モルガンの顔は怒りで赤く染まったままだ。


「魔法だか何だか知りませんが……聞こえのいい言葉で飾り立てたところで、金庫から金貨が消える事実は変わらんのですぞ!」


ガルド親方も、腕を組んだまま疑わしげな視線を向けている。

唯一、レティシアだけが、まるで劇場の特等席で演劇を観るように、優雅に脚を組み直して続きを待っていた。


僕は静かに息を吸い、木の板に近づいた。

焦る必要はない。彼らが怒るのは、商売に対して真剣だからだ。


僕はチョークを手に取り、ゆっくりと描き始めた。


まず左側に『金貨360枚』。

右側に『粉砕機1台』。

そしてその間に、一本の矢印を引く。


「モルガンさん、親方。どうか落ち着いて聞いてください。

 まず最初に起こるのは、“金貨が粉砕機という形の財産に姿を変える”だけです」


カツン、とチョークで矢印を叩く。


「この瞬間、工房全体の財産は減っていません。

 金貨の形で持っていた財産を、粉砕機という形の財産で持つことにした。ただそれだけのことです」


「……屁理屈だ!」


モルガンが食い下がる。


「機械じゃ飯は食えません! 支払いに使えるのは金貨だけだ。

 形が変わったと言っても、金庫からカネが消える事実は変わらないでしょう!」


「ええ、おっしゃる通りです。手元の金貨は消えます。

 ですが、その代わりに“仕事ができる道具”が増えている。……ここまでは事実ですよね?」


親方が、渋い顔で「まあな」と頷く。


「では親方に質問です。この新しい粉砕機、導入したらどれくらい持ちそうですか?」


「あ? そうだな……。ミスリル製の刃だし、うちの荒っぽい使い方でも十年は余裕で持つはずだ」


「十年ですね。ありがとうございます」


僕は板の余白に、一人の戦士の絵を描いた。剣を持った、屈強な傭兵だ。


「想像してみてください。

 もし、金貨360枚で、これから十年間働いてくれる凄腕の傭兵を雇ったとします。そして契約の条件で、給金を最初に全部渡したとしましょう」


僕は『十年契約』『前払い360枚』と書き添える。


「さて、ここで質問です。

 その360枚は、“今月一ヶ月分の働き”に対する代金ですか?

 それとも“十年分の働き”に対する代金ですか?」


僕の問いに、モルガンが呆れたように鼻を鳴らした。


「子供へのなぞなぞですか? そんなもの、十年分に決まっているでしょう」


「そう、十年分です。たった一ヶ月で360枚分の働きを求めているわけじゃない。これから先の長い時間、ずっと働いてもらうための対価です」


僕は、皆の顔を見回して言った。


「なら、その360枚を“これからの十年”に分けて計算する方が、筋が通っていませんか?」


セラフィナが、はっと息を呑んだ。


「……分けて、計算する?」


「はい。道具だって、傭兵と同じです。

 この粉砕機は、今日一瞬だけ使って終わりの花火じゃありません。

 これから何年、何十ヶ月にもわたって、毎日毎日、皆さんのために働き続けてくれる“鉄の仲間”です」


僕は木の板に長い横線を引き、それを細かく区切っていった。


「だから、粉砕機の代金を、これから何十ヶ月も働いてくれる一月一月に、少しずつ分けて考えるんです。

 今月に360枚すべての負担を押し付けるんじゃなくて、来月も、再来月も……この機械が働いてくれるすべての月に、薄く負担してもらう」


会議室が、しんと静まり返った。


「……それは」


モルガンが、信じられないものを見る目で口を開いた。


「金貨を払ったのに――費用じゃない、だって?」

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