第1話
「あ~、楽しいことないもんかねぇ」
薄暗い部屋の中、パソコンのモニターがぼんやりと男の顔を照らしていた。
男は酎ハイを片手に、誰にともなく愚痴をこぼす
「給料は上がらんし、残業しても固定残業代とかいうふざけたものを理由にまともに払わんとかブラックすぎるやろ」
缶を傾け、焼けた喉を安酒が通り抜ける。
つまみのするめを引きちぎりながら、ため息。
「っかぁ~……安酒は喉にしみるねぇ。……ったく、くそだな現実は」
男は机に転がるマウスに手を伸ばした。
「まぁ、久しぶりに明日から3連休だし久しぶりにゲームでも探してやりますかねぇ。本当、3か月休みなしで連勤とか死んだらいいと思うわ・・・人間壊れるっての・・・」
男は、地獄の3か月連勤を乗り切り久しぶりの休み且つ連休を楽しむことにしたのだった
「さてさて、何かいいゲームはありますかねぇ。」
そういって、男は大手ゲーム会社「storm」でゲームを探し始めた。
「MMOもいいけど癒しが欲しい。俺に癒しをくれぇ・・・ってなるとやっぱり箱庭げーだな。スローライフしますかねぇ。」
殺伐とした戦いは仕事だけでいい・・・。
今は、心の癒しを求めることが一番大切だ。
男はそう心の中で呟いた。
「なにかないかなぁ。….…お?新作あるじゃん!【箱庭つくってみませんか?】ってスゲータイトルだな。安いしやるだけやってみますかねぇ。」
そう言って、マウスのクリックを押して購入を押した。
購入金額(税込み)880円、DLC込みでお安い値段だった。
リリース日はを見ると本日であることもありスタートダッシュを決めるには最高のタイミングと言えた。
購入したゲームのタイトルは【箱庭作ってみませんか?】、説明文では小さな箱庭に草木を植えたり川を設置したりできるようだ。
DLCによりウサギや鹿を設置できるようになる事や箱庭のサイズが大きくなっていくことが書かれていた。
「インストールしてっと……ゲームスタート!」
スタートボタンを押すと、画面が暗転し体の大きさほどもある杖を持った小さな神様的な格好をした可愛らしい亀が中央に現れ喋り出した。
<よく来た新しき創造主よ。汝の名を聞こう。>
「お?ニューゲームとかを選択する画面はないのか……まぁ880円だしこんなもんか。」
安いゲームでよくあるスタートしたら即開始、これはそのタイプのゲームであると考えた。
「名前ねぇ。まぁ、イートンやな。」
”イートン”とは、自分の名前を中国読みしたときの名字で使いやすいから使っているのであった。
男の名前は伊藤治郎といい、理科教員であり齢36才にして独身、大学時代に付き合っていた彼女と別れてからは出会いもなく仕事が恋人である。
”イートンというのか、いい名前だ。それでは、イートンよ箱庭がより良きものとなるように励むのじゃ”
亀神様がそういって杖を振ると画面が切り替わり、小さな箱庭が出てきた。
その箱庭は、正方形をしており草本も生えていないただの岩盤であった。
「え?岩石?ってかチュートリアルとかないの?え~……」
始まったはいいが何をしたらいいのかが全くの不明である。
一応、いくつかアイコンがるので触ってみることにする。
最初に触れたのは、パソコンのアイコンであった。
「え~っと一番上が”ステータス”ね。これは、たぶんそのまんまステータスでしょうね。」
そう言ってステータスのアイコンを押した。
【ステータス】
植生:裸地
生物:無し
水源:無し
魔力:無し
「え?少な……ってか魔力あるのか。で、裸地ってことは溶岩が流出して新しく生じた台地が最初のスタート地点ってことだな。まぁ次のアイコン見るか。」
つぎのアイコンは、亀のアイコンであった。
「これは、動物配置用のアイコンだな。っぷ…一番最初に亀おけるやん。裸地に亀とか置いてみたいけど、普通に考えて食べ物や水なかったら死んじゃうよなぁ。……動物は後だな。」
そう言って、次のアイコンである木のアイコンを押した。
「お!ここが植生をいじれるアイコンか。」
アカマツ、ススキ、イタドリ、オオバヤシャブシなど様々な選択肢があった。
他にも、リンゴ、ブドウ、レモンなどの選択肢もあったが、アイコンが黒くなっており選択できない。
あとは聞いたこともないマンジャラ、ヤッホ、マジャッカなどの植物だと思われる名前も書かれていた。
「いくつか黒くなってて選択できないな。まぁ植生が裸地だから、リンゴとか植えても枯れるんじゃないかね?最初に植えるならススキかイタドリだろうな。よくわからん名前のものもあるけどとりあえずはつぎのアイコンだな…」
次のアイコンは、山のアイコンであった。
「これが、たぶん土地の構造を変えるやつだな。何があるかねぇ。」
そう言って、マウスカーソルを回した。
「おぉ!風化した岩石あるやん!これ撒けば植物植えられるぞ!小川の設置もできるしここからだな。でも、先ずはアイコン全部確認してからだな。」
最後のアイコンである杖のアイコンをクリックすると、いくつかの選択肢が出てきた。
「これは、さっき書いてあった魔力関連かな?絵で書かれてて黒くなってるから良くわからんないけど天候を操作できる感じか?まぁ分からんしここは放置だな。たぶんあとでわかるやろ。まずは、土地をどうにかしないとな。」
そして、山のアイコンを選び”風化した岩石”を箱庭に撒くのであった。
マウスをクリックするたび、画面の岩盤がざらりと色を変えていく。
灰色の岩肌の上に、淡い茶色の粒が降り積もった。
「おお、やっぱこういうの好きなんだよなぁ。地味だけど達成感あるな。」
そう呟いたその瞬間──
ピシッ。
モニターの奥で、何かが“走った”ような気がした。
ほんの一瞬、画面の中央が光ったのだ。
「……ん?バグか?」
気にはなったが、酎ハイをひと口あおって誤魔化す。
「まぁバグもあるか。880円だし期待してもねぇ。」
そしてマウスを動かし、次に小川の設置を選択した。
彼はまだ知らない。
この箱庭が、ただのゲームではないことを……




