第一章 World.19 クライスとレンナ、就寝前騒動
鎖は一向に外れない。どうやら俺の爛れはかなり重症だったようで、鎖の解除時間の予定よりも延長してしまった。
つまり今日の夜も、添い寝確定である。ノアには何と謝罪すれば良いか。決して変なことは起こさない。そうではないが・・・・、
\\夜にいい年の男女が同じベッドで寝る\\
これは、あまりにも響きが悪すぎる。というか、レンナなら広義で変なことも言い出しかねない。
いい加減諦めるか、変な方向にさえ行かなければいいんだ。
「おぉ!クライスとレンナ、おかえり!着いたんやったら、言うてくれたらええのに」
帰宅後の出迎えは、風呂から上がったおっちゃんである。ただ、おっちゃんはすぐに部屋に行ってしまう。
「入浴中に、何で言わないといけないんですか!」
レンナは部屋に行くおっちゃんにそう言ってみせた。だがその一言で、クライスとレンナはそれぞれ大事なことに気がついた。
「かなりマズい、俺、服の替えがない」
「いやもっとダメなことがあるよ」
レンナが珍奇にも、変なこと関連で身の毛立っている。
「よくわからないんだけど」
「どうしようもない人ね。何で気づかないのかな。私たち物理的に繋がってるのよ?どうやってお風呂に入るつもりよ?」
クライスの顔が、沸騰していく。でもすぐに冷静を取り戻す。
「よく考えろ。入らなければいい」
「いや、昨日だって黒猫のせいで入ってない。さらに今日外で働いて」
「手の打ちようが他にあるとでも言うつもりか?」
いくら体が汗臭くても、お風呂なんて無理だろう。
「画期的な魔法があったわ!目が見えなくなる魔法【ネーベルホーワ】!周り一面霧世界になって、目の前が見えなくなる魔法!」
「うん、却下。それかけたらお前だって、何も見えないじゃないか」
「影だけなら目視できるから大丈夫だよ」
クライスは途端に真顔になる。如何なる感情も表に出てこない。
「何、あなた、私のお風呂見たかった?」
レンナが自信を後ろ盾に、誘惑を含んだジョークを放つ。ただ今更、思考を放棄したクライスに、そんな小さな攻撃が、届くはずもなかった。
「戯け、そんなわけねえだろ。影を見せることに何の抵抗のないお前の方が不思議なんだ」
「大丈夫大丈夫。私それくらいなら気にしないから」
俺に何の葛藤もなければ、至上のことはなかったのだろう。理性がちゃんと効いていてよかった。
「らしからぬ発言だな。変な誘惑はやめとけ、こっちも一人の青少年だ。怪しまれるぞ。わかったら早く魔法かけて風呂入れ」
自分のジョークが、俺のツボに上手くハマらなかったためか、レンナは無味乾燥な態度で、俺を連れて、食物蔵に行く。赤かぶだけキッチンに持って行き、その足で風呂場に行く。先に風呂に入るのは、レンナのようだ。
「【ネーベルホーワ】」
視界を塞ぐ濃霧が広がる。鼻高々としていたレンナの顔は、みるみるうちに靄がかり、最終的には暗躍している裏切り者のような見た目になってしまった。本当にちゃんと見えないが、何があるかはわかるという絶妙な濃さである。
「おいちゃんと周り見えてるか、服とか大丈夫なのか、レンナ」
腕が鎖で繋がっているので、上の服を脱ぐことができないはずである。
「何とか見えてる。大丈夫。服は、魔法で転送できるのよ」
「よくできてますね。こんな時にも使える魔法があるなんて」
「適材適所っていうのかしらね。ちゃんとその魔法が働ける場所っていうのがあって、面白い」
「いいですか、治った後で魔法を教えてもらっても」
「もちろん。護身術としても使えるし」
霧で全く周りが見えないが、陰影だけである程度のものは視認できる。
「ついでにあなたの服も転送するね。一緒に入っちゃった方が楽だ」
「だけど俺は着替えを持っていないんだが」
「貸すわ。というかあげるわ。ここに客用の服を用意しているの。明後日には行商人がくるから新しい服を探そう」
「嬉しいな。俺無一文で、服も何も持っていないんだが、本当に助かるよ」
そう、研究の時に着ていた、”oh my god”と書かれた緑色のTシャツと、黒いジーパンの仕事着、世間がいう普通の服装である。
「用意できた?もうお風呂入れるわよ」
「用意はできた」
そう言って浴室の中に入る。霧のおかげで何一つ見えない。レンナの輪郭でさえ、手と足と長い髪ぐらいしか、判別できない。だから浴室の配置を記憶しているレンナに連れて行かれるだけである。
「大丈夫?周りに何があるか言おうか?」
「確認はできた。もう洗っていいよ、俺は待っとくからさ」
レンナは固定されてる反対側の手で、器用に全身を洗う。突然引っ張られたりはするものの、耐えられる範囲だ。一番問題なのは長い赤髪。これを洗うのは心底難しいことだろう。
「さあ、クライス。少し手伝ってもらうわ。髪をまとめて持って欲しい」
「いいよ」
レンナは、自分の髪をまとめて、俺に手渡す。これで全身洗い終わるのだろう。髪を洗うのは意外と乱雑みたいで、雑音が白濁とした浴室内に響いている。ただそんなことよりも俺は、自分の手が誤ってレンナの体に触れてしまわないかで、気苦労が絶えない。本音を制限なく言えるとしたら、レンナの髪を持つなんて、断りたくてもどかしい!
「よし!私は終わったから、洗って、クライス」
「随分早く体を洗い終えるじゃないか、いいのか?」
「構ってないで急いで!ごめん、実は魔力がもうそろそろで切れそうなの」
レンナは、切羽詰まったように言う。俺は、何だ何だと考える暇もなしに、とにかく全身を洗い終えねばならない。もし、魔力が切れたら、今浴室内に充満している霧が、一瞬にして晴れるのである。
本能的な焦燥感によって、短絡的な思考回路しか残っていないが、それぐらいの判断は、お茶のこさいさいである。風呂場で視界良好になっては流石にいけない。
どうやら、固形の石鹸しかないみたいだ。だけどおかげで頭も体も一息に洗えるのは便利である。ただ右腕をレンナの腕に固定されている状態で洗うのは、結構な苦難を伴うものだ。
「ねえ、早くしてよ。霧が晴れたら、あなたが目を開ける前に気絶させるわよ」
「よくないよ、いくら何でも。ちゃんと目を瞑っておくから、その時は心配しないで。でも、右腕が引っかかって上手いこと洗えないが、もうすぐ洗い終わる」
あと足さえ洗えれば、お湯で流して終わる。
あれ、取っ手が見当たらない。お湯を流すレバーはどこだ?
「すまない、どうやってお湯を流すんだ」
「ったく、私が流すからこっち来て、早く」
レンナは魔力切れを恐れて、地に足がついていないようだ。先ほどから早く、早くと小さく呟いている。
「はい、これで終わり!急いで風呂場を出るわよ」
走るレンナに引っ張られ、風呂場で足を滑らしそうになるも、何とか風呂場を出る。
「今から服転送させるから、目瞑っててよ!」
「よし、瞑った」
「【パラレンタル】」
転送させる魔法の発動、つまり俺とレンナが服を着たと同時に、レンナの魔力が切れた。一気に視界が晴れ、俺の腕の治療も中断する。それでも鎖は、傷が治っていないので、外れない。
魔力の切れたレンナは、生気を失ったかのように、その場に倒れ込む。
「大丈夫か!おい!レンナ!」
倒れ込むレンナと一緒に、俺も鎖で引かれ倒れてしまった。その正面にはレンナがいた。微弱な風を感じるが、これはレンナの呼吸である。
どうやら息はできているみたいだ。大量の魔力消費で睡魔に襲われただけだろう。俺の治療をしながら働き詰めで、挙句お風呂はハードワークだったか(お風呂はレンナが行きたがっていただけだが)。
寝てしまったレンナを抱えて、とりあえず自分の部屋へ運ぶ。
「おい、何があったんだよ、クライス。なんでレンナが寝ているんだ?風呂に入っていたはずだろうが」
ハルカが心配な顔をして、俺に強く言う。
「過剰に魔力を使ってしまって、突然寝落ちしちゃったんだ。多分大丈夫だよ」
「良かった。今日の夜は、昼と同じように、お前のベッドで一緒に寝てもらわないとだな。全くその鎖つけるメリットよりもデメリットの方が大きかったような気もするよ」
ハルカの言う通りである。
「よっぽど利点があるなら、話は別だけど。今日はかなり疲れたので、もう寝るよ」
「良き夜を」
この地域の『おやすみ』みたいな意味だろうか。
「お互いにな」
そうして、二時間ほどした頃、突然誰かに起こされた。
(誰だ、こんな時間に・・・・)
目を開けてみると、そこにはレンナがいた。ああ、そうか。ここに運び込んだんだったな。
クライスの寝起きの悪さが、ここにも如実に現れている。
「起きて、クライス。ごめんね、倒れちゃって。事前にちゃんと説明すべきだった。ごめん、心配させて」
「どうしたんだ、レンナ!」
あ、しりとり忘れた。
「どうもしてない。大丈夫だよ」
・・・・なんで、聞こえるんだよ。
申し訳ございませんが、ここから先の執筆はできておりませんので、ひとまずここまでという形になってしまいます。
今後何らかの形で、話の続きを書くことがあるかどうかは未定になります。
小説の執筆は今後も頑張って行きます。ここまでご覧くださった方、ありがとうございました。
また別の作品でお会いできると、大変嬉しいです。
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個人的な都合で連載を休止していましたが、少しずつ再開する予定です。
今後の展開も追っていただけると幸いです。
楼陽 2025/08/06 22:31