魔女、時計を直す
部屋にある目覚まし時計を片手に持ち、上下にブンブン振ったりしてみる。
「ふむ、」
目覚まし時計が全く動かない。
試しに魔力を注いでみるが、時計に変化がない。
この時計、多分壊れたな。
マズいな。
これがないと私は朝に起きることが出来ない。
起きなければならないときに起きられないのは非常に都合が悪い。
「……直して貰うか」
ミアは目覚まし時計を片手に家を出た。
向かう場所は決まっている。
この時計を作った人の家だ。
しばらく町中を歩く。
周りには買い物をする女性や散歩をしている老人など、様々な人がいる。
ミアはそんな人々の様子を眺めながら、途中で路地裏へと入っていく。
建物によって一気に暗くなる道をミアはためらいもなく進んでいき、やがて一つの建物の前で足を止める。
「来るのは久しぶりな気がするな」
そう言いながらミアは建物の扉を開けた。
建物の中は薄暗く、見ても用途が分からないような様々な雑貨が置いてあった。
「ソフィー、いる?」
声を上げるが、返事は帰ってこない。
「入るぞ」
そう言ってミアはズカズカと建物の奥へと入っていき、階段を上って二階にある部屋の扉を勢いよく開ける。
すると、中にはくせっ毛が特徴的な金髪ショートの女性が、地べたに座り込んで何かの道具をいじっていた。
「ソフィー?」
名前を呼ぶが、一向に反応がない。
彼女の悪い癖だ。
物事に集中すると他人の声が聞こえなくなる。
まあ魔法の研究をしている身としてはそうなるのも分からなくはないが。
「ソフィー……ソフィー!!」
「はいっ!?」
突然の大声にびっくりしたのか、大きく肩を震わせてからこちらに振り向いた。
「って、なんだ、ミアかあ」
「久しぶり、ソフィー」
彼女はソフィー・フリストフ。
普段から色々な道具を弄っている変人で、私の友達だ。
「あれ? もしかして身長縮んだ? あ、元から小さいだけか」
ソフィーはニヤニヤと笑い、ミアは頬を膨らませる。
「何? けんか売ってる?」
「ごめんごめん、反応が可愛くてつい弄りたくなっちゃうんだよね」
まったく、性格が悪い奴だな。
「で、今日はどしたの?」
「いやあ、実は目覚まし時計が壊れちゃって……」
そう言って壊れた時計をソフィーに渡す。
「また壊したん? これ、直すの大変なんだよ?」
ソフィーは呆れたようにミアを見る。
「うう、すみません」
「はあ、まあちゃんとお金をくれるならいいけど」
「え?」
「ん?」
お互いに見つめ合ったまま数秒間の沈黙が続く。
「まさか、タダで直してもらえると思ってる?」
これはよくない雰囲気だ!
どうするどうする!?
何も思いつかん!
とりあえず笑顔で乗り切ろう!
「えへへへ」
「いや、ニコニコしても誤魔化せないから」
「お願い!!」
ソフィーの前で両手をパチンと合わせる。
「ほら、私達友達でしょ?」
「ミア、友情を利用するのはさすがにダメでしょ?」
「うぐぐ、」
なぜこんなに冷たい反応をするんだ!!
もうちょっと優しくてもいいじゃん!!
いや、まだだ!!
「あれ~? そういえば前、あなたの作った道具に魔力をこめてあげたような~?」
「なっ!? それはっ!?」
よしっ!
こっちが有利になってきた!
「あれれれ~?」
「……はあ、分かったわ。お金はいいわ」
「ほんとにか!!」
「白々しいわね。ただ、その代わりにお願いを一つ聞いてくれない?」
「お願い? なんだ?」
そういった瞬間、ソフィーはにやりと笑みを見せた。
あっ、これはだめなやつかもしれない。
「今日一日、私を手伝って欲しいの」
やっぱりな。
ソフィーは部屋にあるかごから次々と何に使うのか分からないような変な道具を取り出していく。
いやいや、随分多いな。
「はい、これ」
「これって……」
「お察しの通り。全部に魔力入れてね」
「全部!?」
そんなことしたら私の魔力が空っぽになるぞ!
「あら、ミアは知る人ぞ知る魔女様なんでしょ? この程度、朝飯前じゃないの?」
「ま、まあね! この程度余裕だし?」
「じゃあお願い。私はちょっとやることがあるから」
そう言ってソフィーは作りかけの道具を弄り始めた。
ふむ、これに魔力を込める、か。
まとめてやった方が楽にできそうだ。
「あ、結構複雑な構造のやつもあるから、一つずつ丁寧にやってね」
「……はい」
おとなしくやっていくか。
とりあえず適当に置かれている椅子に座って、道具の一つを手に取ってみる。
なんだこれ?
羽が放射状に付いているな。
お、裏に魔方陣がある。
ここに魔力を注げばいいのか。
「おっ!?」
なんだ!?
羽が回転し始めて、凄く風が吹いてくる!?
「ソフィー、何これ!?」
「おお、成功かな。それ、暑い日に良さげでしょ?」
「確かに……」
相変わらずソフィーの発想力は凄い。
これさえあれば、魔力のあるなしに関係なく涼しく過ごせる。
「なあ、これって魔力が尽きたら止まるのか?」
「当然そうなるわ」
「そうだとまた魔力を込めるのか。面倒だな」
「うん。そこら辺をどうするかは追々って感じかな」
ソフィーも色々と大変そうだ。
しかし、こういう魔力を使う道具というのも夢が広がるな。
彼女がハマる理由も分かる。
でも、魔力を入れるのって意外と集中力使うんだよなあ。
まあ、今日だけだしな。
もうちょっと頑張ろ。
~
「うう~」
やっと、終わった。
思った以上に大変だった。
「ミア、お疲れさま」
「ありがとう」
目の前にベッドがあったらそのまま突っ込んで寝てしまいたい。
当然ベッドはないので家に帰る必要があるが。
「いや~、ミアにやってもらったやつ、半分くらいはやり直しかな~」
「え? そんなに?」
確かに魔力を込めても動かないものもあったが、それでも半分はいかないはずだ。
「うん。改良の余地はいくらでもありそう」
「うわあ~、大変そ」
「そりゃあね。はい、これ」
ミアに何かを投げられ、慌ててそれをキャッチする。
「それ、直しておいたから」
「ソフィー! ありがとう!」
さすがソフィー、いつの間に直してたんだ。
「私もミアには助けられているからね」
「助けられてるって、魔力だけでしょ?」
「まあね」
まあねって……
いや、分かってたけど、そんなにはっきり言われるとちょっとへこむ。
「ふふっ、冗談よ。そんなにしょんぼりしないで」
「へ? いや、別にしょんぼりしてないし!」
魔女である私をからかうなんて。
なんてやつだ。
「じゃあ私疲れたから帰るね」
そう言ってその場から立ち上がる。
「じゃあね、ソフィー」
「うん、さよなら。今日は助かったわ」
ソフィーの言葉を最後に、ミアは建物を出る。
とりあえず目覚まし時計が直ってよかった。
明日は朝早いからな。
早速使おう。
このとき、ミアは気づいていなかった。
時計にほとんど魔力が残っていないことを。
その時計を正常に動作させるには、十分な魔力が必要である。
翌日、ミアは当然のように寝坊した。




