36 お絹の災難
「そなた、髪を洗うが良い」
帰蝶が絹に言った
口調は許しを与えているが実際は命令である
絹は
「・・・はい」
としか言う事ができなかった
絹は織田家家臣の山田家の長女として生まれた
歳は帰蝶よりも1つ下
だが帰蝶の世話係の中での身分は一番下である
郷士の娘だからである
当然のことながら一番貧乏くじを引くことになる
例えば石鹸を使った洗髪の実験体である
男といえば父親とその友人くらいである
つまり今まで女だらけの中で育ち、また大きくなってからは帰蝶の侍女の中で働いたわけなので男には慣れていないと言って良い
ところが今回、帰蝶様から
熊に髪を洗わせろ
とのお言葉があった
当然のことながら絹は身体の震えが止まらなかった
当然である
熊は身体が父、いや知っているどの男よりも大きいのだ
しかしそんな絹をよそに事態は進んで言った
早い話、帰蝶が綺麗な髪を手に入れるために見直を使って進めた訳である
女性の美に対する執着を舐めてはいけないということである
絹は命じられるまま台の上に乗り仰向けに寝転がった
そして手を胸の上で握りしめ、ギュっと目をつぶった
「失礼しま~す」
気の抜けた声がかかった
それと同時に身体に厚手の布が掛った
絹はちょっとだけ感謝した
身体が覆われたことで羞恥心が減ったからである
「お顔、しつれいしま~す」
そう言って顔に布がかかった
両手を胸の前で握っているので布を取れない
いや帰蝶からの命による洗顔の一環なのでどうしよもない、である
視界が遮られたため再び不安になった
「お湯で湿らせま~す」
そういうと髪の先の方にお湯がかかった
音からするとお湯を入れた桶から柄杓で髪にお湯が掛けられたようである
「お熱くないですか~」
と聞かれたので思わず
「は、はいっ!?」
とどっちなんだよ、とツッコミが入る返事になっってしまった
絹の髪は腰の辺りまでの長さである
侍女としては底辺の郷士の娘とはいえ一応上流階級なのだから当然である
この世界、庶民はいざ知らず上流階級の女性の髪は長い
いかにして綺麗にするかで上下関係を誇示しているといってよいだろう
腐っても郷士の娘
それなりに髪には気を配っていた
まあそれなりになので帰蝶とはまさに天と地の差がある
それゆえ絹は今回のイケニエにされたわけである
普段は自分で洗っている髪が他人に洗われる
それも身体が大きく見ず知らずの熊にである
おまけに見たことも聞いたこともない石鹸で、である
いやすでに失敗した石鹸
心配以外ない状況
絹の災難は始まったばかりであった




