少し先の話(真岡 伊澄)視点☆
「海行きたい」
唐突に彼女が言った。
彼女、古川 亜沙は同じクラスではないが夏休み期間中なので彼女の教室に来て夏休みの宿題を一緒にしている。
時々会話するだけで教え合うこともなく、ふたりとも黙々と書いていたところに、さっきの一言だ。宿題はもう少しで終わる。けれど、俺はシャーペンを手放した。
「なんで海?」
「だってプールは駄目って言ったじゃん」
プールじゃなくて、学校のプールが駄目だって言ったんだ。
男ばかりの水泳部で水着姿になるなんて許すわけないだろ。苛立って軽く睨む俺を「行かない」とでも言うと思ったのか、彼女は唇を尖らせた。
「うーみー」
「分かった。今週は無理だから来週な」
「やったー!真岡くん大好き」
すぐに笑顔になる彼女に笑みがこぼれて、キスを落とした。
唇を離すと驚いた彼女の顔が見えた。頬が赤く染まって呆けたように口が開いてる。
「なんで?」
「なんでって、なにが?」
「……だってキスって付き合ってる人がするもんでしょ?」
俺達は付き合ってはいない。夏休みなのに毎日のように学校で顔を合わせて、一緒に帰ってたまに寄り道してる。付き合おうとか、どちらからも言っていない。
海に行くのだっていつもの調子で軽く言っただけで、彼女はデートだなんて思っていないだろう。
そもそも俺と一緒に行くのも本気かどうかあやしい。いつものように、からかってるだけかもしれない。
だから気付かせたくなった。
「俺は古川と付き合いたいって思ってる」
彼女は少し驚いたような顔をしてから、いたずらをするように笑った。
「私も」
「付き合う?」
俺がそう言えば彼女が嬉しそうに頷いた。
「水着、一緒に選んでやろうか?」
せめてもの意地悪を言う。恥ずかしがる反応を予想してたのだけど、彼女の声が明るくなる。
「いーの?」
いやいや、そこは恥ずかしがるところだろ。