勇者物語、その後に
花に囲まれた、蒼い空がひたすらに広がっていた。
吹き抜ける風に、甘い香りがする。
流れる小川の先に、人影の塊が見えた。
たくさんの群衆は、彼女にとってかけがえのない歴史。
その中から二つ。
影がゆっくりと歩いてきた。
一つは背の高い体つきの良い男性。
もう一つは、背筋がしっかり伸びた、やや細身の男性だった。
杖をつきながら、ゆっくりとゆっくりと。
老婆はその二人に向かって歩いていく。
息を切らせながら、はやる気持ちを押さえて進んでいく。
「よう。やっと来たな」
声が聞こえる場所までくると、大きな男性が声を発した。
懐かしい響きだった。
「あんたが、ゆっくりにしろって言ったんじゃない」
彼女も、その言葉に返事をする。
まるで、若い頃のような王族にしてはがさつな口調で。
「ははっ、それもそうだ。でも、ちゃんと約束は守ったみたいで安心したぜ」
「……そうね」
色々な苦労が頭をよぎるけれど、今はもうそんなこと、どうでも良かった。
「さて、オレはお邪魔だから一旦引くとするよ。また後でな」
「ええ。またね、ライル」
広い背中が集団の中へ戻っていく。
次に目の前にきたのは
彼女がいくら願っても、どう努力しても出会えなかった、大好きな人だった。
「……ジャンヌ」
「……ジル」
こうやって、呼びかけあえるだけで幸せだった。
「ずっと伝えたかったんだ。ありがとう。あの時、僕のお願いを聞いてくれて」
「……うん」
死ぬほど嬉しかった。
自分が、こんな姿でなければすぐにでも飛びついたのに。
「あ……」
気づいた。
目の前のジルは、在りし日のままだというのに、自分はこんな姿。
急に恥ずかしくなる。自分だけ、時間の流れが違うみたいで。
「……大丈夫だよ、ジャンヌ。ここでは、君の望む姿のそのままでいられるから」
「……そうなの?」
「うん。だから、僕は本当に心から嬉しくてたまらない。だって、君がその姿ということは、つまり幸せだったってことなんだから」
「……そうね。そうよね。ええ。あたし、幸せだったわ」
言い聞かせるように、けれど間違いでないことを確信して小さく頷く。
「でもね、ジャンヌ。今度は、これからは」
つややかな手を握り、ジルは目を見て言う。
灰色の瞳で蒼の大きな双眸を、決して逃さず。
「僕と幸せになろう」
「……うん」
彼の眼に映るのは、在りし日の彼女の姿だった。
勇者の伝説は、ここに真の完結を迎える。




