第5話「火と話」
真っ暗な空で輝く星のように、キャンプファイヤーの火が真っ暗な森の中の星になる。
赤い光が囲んでいる4人の顔を照らしていた。
暖かく、見ていて落ち着く雰囲気だ。
「いや〜にしても美味かったなぁ。」
「樺島食いすぎだったけどな。」
「そういう広瀬はそんなに食ってなかったな。
元々、少食気味だったしな。」
食べた後で、満腹感があり、いつもの元気さとは違った会話の流れが生み出されていた。
少しの間は4人とも火を見ていたのだが、途中で何か話しがしたくなり、話題をみつけようとした。
「こういう時の話題っていえば、怖い話とか?」
「ありきたりだけど、いいんじゃない?」
広瀬の提案に岡本が乗った。
土谷と樺島も誘いに乗り、各々が怖い話を披露することとなる。
作り話だろうが、実際に起きたことだろうが、どちらでも構わなかった。
「じゃあ、何かあるやつは手を挙げて。」
樺島が仕切り出した。
手を最初にあげたのは土谷だった。
「これは俺の夢の話なんだけど。
俺って、いわゆる明晰夢って人なんだけど、夢の中で動けるし意識があるみたいな。
でも、その日は動けなかったんだ。
意識はあるのに。
祖母の家にいて、押し入れの中に何かがいるのが見えた。
明らかにやばいものだったのに、俺は何故かそっちに行ったんだ。
そして、そのまま押し入れを開けて…」
風が吹き、キャンプファイヤーの火がゆらゆらと揺れる。
「で、どうなったんだよ?」
広瀬が聞いてきたので、答える。
「押し入れには何もいなかった。
でも、さらにすごいことに、押し入れの中に手を入れたんだよ。
そしたら、何か分からない腕に掴まれて目が覚めたんだ。」
「それだけ?」
岡本がそういうのも無理はない。
これだけ聞けばただの「夢」の話にすぎないのだ。
しかし、それがただの夢ではない可能性を秘めた話しがこの後に続く。
「俺の知り合いに、霊が日常的に見える人がいるんだけどさ。
その人と話すことができたことがあって、夢の話をしたらこんなことを言われたんだ。
『その祖母の家の押し入れの近くに何かないか?』って。
そん時、祖母の家の間取りを必死に思い出して、そしたら1つあることに気がついた。
その押し入れの横には日本人形がいたって…」
また風が吹き、火が揺れる。
3人の表情が少し凍りついた。
最後の日本人形の話しが効いたらしい。
全員が平然を保とうとしていたが、各々が顔に少しの恐怖を浮かべていた。
「そのあとは、絶対にその押し入れを俺は開けるなよって忠告された。
それ以来、祖母の家の押し入れに近ずいてはない。
開けたら何があるか分からないし…
っていう実話ね。」
3人は恐怖の顔を浮かべながらも軽く拍手してくれた。
自分の話でみんながビビってくれて土谷は軽く満足している。
「トップバッター強いってぇ。」
仕切っていた樺島が弱気になった。
俺そんな話持ってねぇよ、と言わんばかりの言い方だった。
だが、それに怖気ずに、広瀬が手を挙げて「次、自分いいかな?」と名乗りをあげてきたのだ。
「よし、始めるよ。僕が高校生の時の話だったんだけど。
実習棟がある学校だったんだ。
その日はかなり遅い時間まで作業してて、実習棟に先生はいなくて、僕を含めて5人しかいなかった。
忘れ物したから取りに行こうとした時、誰かが走っていくのが見えた。
僕と同じで忘れ物でもしたのかなって思って、そのまま駐輪場に行ったんだけど…」
広瀬がわざとらしく、強ばった顔になる。
クライマックスに差し掛かるらしい。
3人は身構えた。
「そこに4人ともいたんだよ。
本当に実習棟には5人しかいなかったはずなのに。
で、あとから聞いた話だけど、よく幽霊が出る実習棟だったらしいんだ。」
「なるほどねぇ〜。」
ポカンとしたまま岡本がそう言った。
3人の反応がイマイチなので、広瀬は「えぇ」と残念そうに声を漏らす。
「怖くないの?今の?」
「うーん、ピンと来なかったっていうか。」
土谷がそう答えると、「ちぇ」といい、席に座り直した。
それじゃ残りの2人の番になるが、話す内容がないようで、うーんと考え込むばかりだった。
そこに意外な人物が割り込んでくる。
「どうも、ここ、ご一緒してもいいかな?」
その男は、新薬のバイトの説明をしてくれたあの男だった。
急に現れたその男に、4人はびっくりしてしまう。
対して怖くはない話をしていたのに、それを何倍にも増幅されたような感覚。
「あぁ、ごめんなさいね。
驚かすつもりはなかったんだけど。ここ、いいかな?」
断る理由もなく、4人はその男が座るのを許した。
男は土谷の隣に座り、4人全員のことを見回す。
「どうも、まだ名前を言ってなかったね。
私は石田優真というものです。
今は何を話していたんですか?」
「みんなで怖い話を持ち寄ってたところです。」
樺島が答える。
石田は好奇心のある表情を浮かべた。
どうやら、怖い話とやらに興味があるらしく、深く腰掛けていた体をグイッと前にやり、火に顔を近ずけた。
「唐突で悪いんだけど、それ、私も参加してみてもいいかな?
怖いかは置いておいて、みんなに聞いてみたいことがあるんだ。」
ちょうど話す内容も出てこなくなっていたため、4人はそれぞれの顔を見て、目で合図を送りあった。
石田は体の体制を直し、真剣な眼差しで話し出す。
「みんなは鳥インフルエンザって知ってるかな?」
4人答えはYES。
ニュースにもなっているし、いつかは忘れたものの、よくその名前を聞いた記憶がある。
だが、それが及ぼす被害についてはそこまで知らなかった。
「鳥インフルエンザは鶏を飼っているところで、1羽でも発症してしまえば、そこにいる鶏は全処分されることになるんだ。
どうだい?可哀想だと思うでしょ?
けれど、人間は自分たちに不利になる要因は徹底的に排除するんです。
いつ人間に鳥インフルエンザが移る可能性があるか分からないですからね。」
4人は確かにとあいずちをした。
こんな授業みたいな内容だが、この状況だと嫌でも頭の中に入ってくる。
「もし、人間にもそんな病気が発症してしまったらどうするだろうか?
みんなはどう思う?」
全員が考えた。
そして、土谷が答える。
「多分、治療に力を入れるんじゃないでしょうか?」
他3人も同じ意見だったらしい。
「そうですよね。治療しますよね。
けれどそれが死ぬ確率が高く、感染力が高く、死ぬまでの時間が早かったとしたらどうでしょう?」
火で照らされた石田の顔が不気味に見える。
土谷は横から見ていたが、正面から見た彼の顔はどう見えるのだろう?
おそらく今の土谷には恐ろしく見えるはずだ。
「コロナウイルスが流行りましたよね。
あれがなんで、今は失速したのかというと、死ぬ確率がそこまで高くなかったからです。
だからズルズルと引きずり、長い間の自粛期間が設けられてしまったって話なんです。
けれど、かなりの死亡率を持つウイルスの場合ならば、鳥インフルエンザのようにかかった人を処分するでしょうか?」
この質問は全員頭を悩ませた。
1人が答えるまでにかなりの時間がかかった。
質問に答えたのは岡本だ。
「それでも、多分治療すると思います。」
「私もそう思いますよ。」
ニコッと笑う石田の笑顔はこの状況では不気味さを加速させるだけだった。
横顔が見える土谷はニヤッと口元を緩ませたのが嫌という程分かったため、ゾクッと背筋が凍りそうになる。
「では、とある船の中だけで発症しているとしたらどうでしょう?
わざわざ、その人たちの治療をするでしょうか?
私は、政府は自分たちがやったとバレないように事故として処理すると思います。
極論をいうと、新しい病気にかかった人は鶏のように地面に埋めてしまえば事は終息するということが言いたいんです。」
4人の顔から血の気がサーッと引いていく。
今、この人が言っていることは一理ある。
だが、それを認めてしまえば、病気にかかった人に対して、血も涙もない存在に自分が成り下がる気がしてならなかった。
実際、畜産という人間の利益のために育てられている家畜たちに対しては血も涙もないことを人間はしているのかもしれない。
けれど、同じ人間同士というだけで、こうも尊さを感じてしまうものなのだろうかと思ってしまうのだ。
動物たちの命も尊いと人々は言うが、実際は人間の命の方が何倍も尊いと思っているはずなんだ。
その場は静まり返り、誰1人言葉を発しなくなってしまった。
「君たちはそんな状況の人でも助けたいと思うかい?」
4人は1人ずつ頷いた。
やはり人間の命が救える可能性があるのなら、どれだけ死亡率が高い病だろうと救いたいと思うのが普通だ。
それを見ると、石田は安心したかのような笑みを浮かべた。
これまでの笑みとは異なる、ホッとしたような?そんな顔に土谷は見えた。
「おっと、変な話をしてしまったね。
意見が聞けて楽しかった。
明日も、ここでのバカンスを楽しんでくださいね。
あんまり夜更かししないように気をつけてください。」
そう言うと、手を振ってどこかへ歩いて行ってしまった。
4人はしばらくの間、火を囲ったまま硬直していた。
火が弱くなり、もう時期消えそうになる時にようやく樺島が声をかけてくれる。
「そろそろ中に戻ろうぜ。
風呂とか入らないといけないから。」
「そうだね。」とさっきの話を忘れようとするように、コテージへと戻っていく。
心霊の話なんかよりずっと怖かった気がする。
倫理観を問われた時、答え方を間違えてしまえば、相手にどう思われるか分からないという恐怖が襲う。
それ以上に、あの石田という人物の異質感が4人に恐怖を植え付けたのだった。
ジョーク半分で話している感じではなかったのだ。
本当に真剣に話しているからこそ、恐ろしく感じた。
土谷は今日の夢に出てこないでくれと願った。
出てこられたら、どれだけ目覚めが悪くなるか分からない。
気にしないようにしようとしても、どうしても頭には残ってしまう。
あの特別な状況だからこそのメリットでもあるし、デメリットでもあるといえる。
早くシャワーを浴びて洗い流してしまいたかった。




