第三章 勇者に情報を売る値段
一
勇者というのは、もっと威圧感のある存在だと思っていた。
東門の前で出迎えた三人組を見て、零の第一印象はそれだった。
先頭の青年——勇者アルト・シルヴァは、零より少し若く見える。二十歳前後だろうか。亜麻色の髪、真剣な目、どこか疲れた顔。腰に帯びた剣は使い込まれており、旅の長さを物語っている。隣の魔法使い・セリアは金髪で眼鏡をかけた神経質そうな女性。弓使いのリンは小柄で黒髪の少女で、鋭い目がきょろきょろと周囲を警戒している。
強い、とは思った。三人が纏う空気が、街の警備隊とは明らかに違う。
ただ、疲れている。
設定書を確認する。
【勇者アルト・シルヴァ(No.0001)現在状態】
体力消耗度:六十パーセント
精神状態:焦燥(魔王討伐の進捗が遅れていることへの不安)
現在の懸念:セルダムで被害が出ていると聞いていたが、街が平穏なことへの困惑
直近の需要:良質な情報、休息、補給
零はルドルフの隣に立ちながら、静かに観察した。
ルドルフが一歩前に出て、朗らかに声をかけた。「よく来てくださった! ガイン交易の代表、ルドルフ・ガインと申します。旅のご一行、どうぞ我が商会を宿代わりにお使いください」
アルトが警戒の目を向けた。「……なぜ俺たちのことを」
「街一番の情報収集を誇る商会ですので」ルドルフは笑った。「それに——」と、零に視線を送る。「うちの情報屋が、あなた方を待っていると言って聞かなかったもので」
三人の視線が零に集まった。
零は軽く頭を下げた。「桐島零といいます。情報屋です。お三方にお伝えしたいことがあります」
アルトの目が細くなった。「……情報屋」
「ええ」
「一つ聞いていいか」アルトは真剣な目で言った。「俺たちはセルダムが魔族の奇襲を受けたと聞いてここに来た。でも、街は平穏だ。何があった」
零は少し考えてから、答えた。
「商会の応接室でお話しましょう。立ち話には向かない内容ですので」
二
応接室に通された勇者パーティは、出されたお茶に素直に手を伸ばした。リンなどは菓子を見て目を輝かせていたが、セリアに肘で突かれて表情を戻した。
エリナが同席を申し出たが、零は「私だけで構いません」と断った。エリナは一瞬だけ眉を上げて、何も言わずに引き下がった。
四人きりになって、零は本題を切り出した。
「まず確認ですが——お三方は情報に対して対価を払う意思がありますか」
アルトが眉をひそめた。「……情報屋らしい入り方だな」
「職業柄、ご容赦ください」
「内容による」
「フェアな答えですね」零は頷いた。「では話しましょう。セルダムへの奇襲が防がれた理由、魔族先遣隊の現在地、そして——魔王軍の次の動きについて」
沈黙。
セリアが眼鏡を押し上げた。「……その情報の出所は?」
「独自の調査です」
「信憑性は?」
「先ほどのセルダムが平穏である事実が、一つの証明になると思いますが」
セリアはアルトと視線を交わした。アルトが続けた。「値段は」
「金銭は不要です」零は言った。「代わりに、取引をしたい」
「取引?」
「私が情報を提供する代わりに、お三方には一つお願いがあります」
三
零は設定書を脳内で展開した。
【勇者パーティとの交渉・推奨ルート】
情報提供の見返りとして「魔族先遣隊との交戦を引き受けてもらう」ことを要請する。
勇者は断らない(世界設定上、魔族討伐はアルトの使命であるため)。
ただし、情報の「精度」によってアルトの信頼度が変わる。精度が高いほど長期的な協力関係が生まれる。
「魔族先遣隊が、現在セルダム南方の森林地帯にいます」零は言った。「十二名の部隊で、指揮官はガルムという名前の魔族です。彼らはセルダムへの侵入ルートを失って足止めされていますが、別のルートを発見すれば、改めて動きます。おそらく二週間から一ヶ月の間に」
アルトの目が変わった。警戒から、真剣さへ。
「それを、討伐してほしいんですか」
「お願いできますか。私では戦えません。でも、場所と人数と指揮官の名前を提供できます」
「……なんでそこまで知ってる」リンが口を開いた。ずっと黙って聞いていた少女が、探るような目を向ける。「情報屋ったって、限度があるだろ。魔族の部隊の人数まで分かるか、普通」
「普通ではないですね」零は認めた。「私は少し、変わった方法で情報を得ています。詳細はお教えできませんが、精度については保証します。信じるかどうかはお三方が決めることです」
沈黙が続いた。
アルトがリンとセリアを見た。二人が小さく頷く。
「分かった」アルトは言った。「情報が本物なら、討伐を引き受ける。でも確認したい——なんでそこまでこの街を守ろうとするんだ。あんたは商会の情報屋だろう」
零は少し考えた。
「寝覚めが悪いからです」
「……え?」
「数百人が死ぬと分かっていて、黙っていられる性格ではないんです。不本意ながら」
アルトがきょとんとした顔をした後、少し笑った。「……正直だな」
「嘘をついても、すぐ分かりますので」
四
翌朝、勇者パーティはセルダムを発った。
零は東門の外まで見送りながら、地図を手渡した。
「ガルムの部隊がいる森の座標を記しています。昨夜の時点での情報なので、多少ずれる可能性はあります。ご注意を」
アルトは地図を受け取り、零を見た。「あんたは来ないのか」
「私は情報屋です。戦場には行きません」
「便利な職業だな」
「そうなるよう努力しています」
アルトはしばらく零の顔を見てから、手を差し出した。「……アルトだ。よろしく、情報屋」
零は握手した。「よろしくお願いします、勇者さん」
「勇者さん、は堅いな。アルトでいい」
「では、アルトさん」
リンが「ったく、のんびりしてんな」と呟きながら歩き出した。セリアが「先遣隊との情報精度の検証は帰還後にさせていただきます」と律儀に告げた。
三人が街道を歩いていく。その後ろ姿を、零は見送った。
【フラグ更新】
「勇者アルト・シルヴァとの関係性」:接触
→ 先遣隊討伐の結果次第で「信頼」に変化する可能性あり
「ガルム部隊(No.9042)」:討伐ルート突入
→ 七日以内に決着する見込み
これでいい。
零は商会に戻りながら、頭を整理した。
戦闘は勇者に任せた。情報という資産を、最も適切な場所に投資した。損益は——悪くない。
「どうでした」
振り向くと、エリナが入口に立っていた。
「上手くいきそうです」
「何を依頼したんですか」
「街の安全をお願いしました」零は答えた。「詳細は、結果が出てから」
エリナはため息をついた。「いつもそうやって半分しか教えないんですね、あなたは」
「全部教えると、情報屋として失格ですので」
「……まったく」
でも、エリナの口元は少し緩んでいた。
五
七日後。
勇者パーティが戻ってきた。
三人とも多少の傷を負っていたが、深刻なものはない。アルトは疲れた顔をしながらも、どこかすっきりした表情をしていた。
「ガルムは討伐した」応接室に通されるなり、アルトは言った。「十二名、全員だ」
「お疲れ様でした」零はお茶を出した。「情報の精度はいかがでしたか」
「完璧だった」セリアが眼鏡を押し上げた。「人数、位置、指揮官の特性、全て一致していました。……率直に言って、異常なレベルです。どうやって調べたんですか」
「企業秘密です」
「ですよね」セリアは頷いた。「ただ、一つだけ言わせてください。あなたの情報を信頼します。今後も取引をしたい」
アルトが腕を組んだ。「俺からも一つ聞いていいか」
「どうぞ」
「お前、この先も情報屋を続けるつもりか」
「ええ」
「……魔王のことも、知ってるか」
零は少し間を置いた。
「少し、だけ」
嘘ではない。設定書には魔王に関する項目がある。ただ、まだ開いていない。開く必要が、今はない。
アルトは立ち上がり、また手を差し出した。「なら、長い付き合いになりそうだな」
零は握手した。
勇者と情報屋。
最前線に立つ者と、最後方から支える者。
おそらく、これが自分のポジションだ。
戦わなくていい。ただ、知っていることを渡し続けるだけでいい。
それが——桐島零の、異世界での生き方だった。
▼ 次章予告
勇者パーティが去った後、セルダムに一通の手紙が届いた。
差出人は、王都の貴族。内容は——「その情報屋を、王都に連れてこい」。
ルドルフが困り顔で零に手紙を見せながら言った。「……断れると思うか?」
第四章「王都へ行きたくない情報屋」——近日掲載。
三章まで読んでいただきありがとうございます。アルトとの関係が動き始めました。零は戦わないと決めていますが、関わる人間は増えていきます。感想・評価いただけると次の章が早く出ます。よろしくお願いします!




