表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/4

第三章 勇者に情報を売る値段

 勇者というのは、もっと威圧感のある存在だと思っていた。

 東門の前で出迎えた三人組を見て、零の第一印象はそれだった。

 先頭の青年——勇者アルト・シルヴァは、零より少し若く見える。二十歳前後だろうか。亜麻色の髪、真剣な目、どこか疲れた顔。腰に帯びた剣は使い込まれており、旅の長さを物語っている。隣の魔法使い・セリアは金髪で眼鏡をかけた神経質そうな女性。弓使いのリンは小柄で黒髪の少女で、鋭い目がきょろきょろと周囲を警戒している。

 強い、とは思った。三人が纏う空気が、街の警備隊とは明らかに違う。

 ただ、疲れている。

 設定書を確認する。


【勇者アルト・シルヴァ(No.0001)現在状態】

 体力消耗度:六十パーセント

 精神状態:焦燥(魔王討伐の進捗が遅れていることへの不安)

 現在の懸念:セルダムで被害が出ていると聞いていたが、街が平穏なことへの困惑

 直近の需要:良質な情報、休息、補給


 零はルドルフの隣に立ちながら、静かに観察した。

 ルドルフが一歩前に出て、朗らかに声をかけた。「よく来てくださった! ガイン交易の代表、ルドルフ・ガインと申します。旅のご一行、どうぞ我が商会を宿代わりにお使いください」

 アルトが警戒の目を向けた。「……なぜ俺たちのことを」

「街一番の情報収集を誇る商会ですので」ルドルフは笑った。「それに——」と、零に視線を送る。「うちの情報屋が、あなた方を待っていると言って聞かなかったもので」

 三人の視線が零に集まった。

 零は軽く頭を下げた。「桐島零といいます。情報屋です。お三方にお伝えしたいことがあります」

 アルトの目が細くなった。「……情報屋」

「ええ」

「一つ聞いていいか」アルトは真剣な目で言った。「俺たちはセルダムが魔族の奇襲を受けたと聞いてここに来た。でも、街は平穏だ。何があった」

 零は少し考えてから、答えた。

「商会の応接室でお話しましょう。立ち話には向かない内容ですので」


 応接室に通された勇者パーティは、出されたお茶に素直に手を伸ばした。リンなどは菓子を見て目を輝かせていたが、セリアに肘で突かれて表情を戻した。

 エリナが同席を申し出たが、零は「私だけで構いません」と断った。エリナは一瞬だけ眉を上げて、何も言わずに引き下がった。

 四人きりになって、零は本題を切り出した。

「まず確認ですが——お三方は情報に対して対価を払う意思がありますか」

 アルトが眉をひそめた。「……情報屋らしい入り方だな」

「職業柄、ご容赦ください」

「内容による」

「フェアな答えですね」零は頷いた。「では話しましょう。セルダムへの奇襲が防がれた理由、魔族先遣隊の現在地、そして——魔王軍の次の動きについて」

 沈黙。

 セリアが眼鏡を押し上げた。「……その情報の出所は?」

「独自の調査です」

「信憑性は?」

「先ほどのセルダムが平穏である事実が、一つの証明になると思いますが」

 セリアはアルトと視線を交わした。アルトが続けた。「値段は」

「金銭は不要です」零は言った。「代わりに、取引をしたい」

「取引?」

「私が情報を提供する代わりに、お三方には一つお願いがあります」


 零は設定書を脳内で展開した。


【勇者パーティとの交渉・推奨ルート】

情報提供の見返りとして「魔族先遣隊との交戦を引き受けてもらう」ことを要請する。

勇者は断らない(世界設定上、魔族討伐はアルトの使命であるため)。

ただし、情報の「精度」によってアルトの信頼度が変わる。精度が高いほど長期的な協力関係が生まれる。


「魔族先遣隊が、現在セルダム南方の森林地帯にいます」零は言った。「十二名の部隊で、指揮官はガルムという名前の魔族です。彼らはセルダムへの侵入ルートを失って足止めされていますが、別のルートを発見すれば、改めて動きます。おそらく二週間から一ヶ月の間に」

 アルトの目が変わった。警戒から、真剣さへ。

「それを、討伐してほしいんですか」

「お願いできますか。私では戦えません。でも、場所と人数と指揮官の名前を提供できます」

「……なんでそこまで知ってる」リンが口を開いた。ずっと黙って聞いていた少女が、探るような目を向ける。「情報屋ったって、限度があるだろ。魔族の部隊の人数まで分かるか、普通」

「普通ではないですね」零は認めた。「私は少し、変わった方法で情報を得ています。詳細はお教えできませんが、精度については保証します。信じるかどうかはお三方が決めることです」

 沈黙が続いた。

 アルトがリンとセリアを見た。二人が小さく頷く。

「分かった」アルトは言った。「情報が本物なら、討伐を引き受ける。でも確認したい——なんでそこまでこの街を守ろうとするんだ。あんたは商会の情報屋だろう」

 零は少し考えた。

「寝覚めが悪いからです」

「……え?」

「数百人が死ぬと分かっていて、黙っていられる性格ではないんです。不本意ながら」

 アルトがきょとんとした顔をした後、少し笑った。「……正直だな」

「嘘をついても、すぐ分かりますので」


 翌朝、勇者パーティはセルダムを発った。

 零は東門の外まで見送りながら、地図を手渡した。

「ガルムの部隊がいる森の座標を記しています。昨夜の時点での情報なので、多少ずれる可能性はあります。ご注意を」

 アルトは地図を受け取り、零を見た。「あんたは来ないのか」

「私は情報屋です。戦場には行きません」

「便利な職業だな」

「そうなるよう努力しています」

 アルトはしばらく零の顔を見てから、手を差し出した。「……アルトだ。よろしく、情報屋」

 零は握手した。「よろしくお願いします、勇者さん」

「勇者さん、は堅いな。アルトでいい」

「では、アルトさん」

 リンが「ったく、のんびりしてんな」と呟きながら歩き出した。セリアが「先遣隊との情報精度の検証は帰還後にさせていただきます」と律儀に告げた。

 三人が街道を歩いていく。その後ろ姿を、零は見送った。


【フラグ更新】

「勇者アルト・シルヴァとの関係性」:接触

→ 先遣隊討伐の結果次第で「信頼」に変化する可能性あり

「ガルム部隊(No.9042)」:討伐ルート突入

→ 七日以内に決着する見込み


 これでいい。

 零は商会に戻りながら、頭を整理した。

 戦闘は勇者に任せた。情報という資産を、最も適切な場所に投資した。損益は——悪くない。

「どうでした」

 振り向くと、エリナが入口に立っていた。

「上手くいきそうです」

「何を依頼したんですか」

「街の安全をお願いしました」零は答えた。「詳細は、結果が出てから」

 エリナはため息をついた。「いつもそうやって半分しか教えないんですね、あなたは」

「全部教えると、情報屋として失格ですので」

「……まったく」

 でも、エリナの口元は少し緩んでいた。


 七日後。

 勇者パーティが戻ってきた。

 三人とも多少の傷を負っていたが、深刻なものはない。アルトは疲れた顔をしながらも、どこかすっきりした表情をしていた。

「ガルムは討伐した」応接室に通されるなり、アルトは言った。「十二名、全員だ」

「お疲れ様でした」零はお茶を出した。「情報の精度はいかがでしたか」

「完璧だった」セリアが眼鏡を押し上げた。「人数、位置、指揮官の特性、全て一致していました。……率直に言って、異常なレベルです。どうやって調べたんですか」

「企業秘密です」

「ですよね」セリアは頷いた。「ただ、一つだけ言わせてください。あなたの情報を信頼します。今後も取引をしたい」

 アルトが腕を組んだ。「俺からも一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「お前、この先も情報屋を続けるつもりか」

「ええ」

「……魔王のことも、知ってるか」

 零は少し間を置いた。

「少し、だけ」

 嘘ではない。設定書には魔王に関する項目がある。ただ、まだ開いていない。開く必要が、今はない。

 アルトは立ち上がり、また手を差し出した。「なら、長い付き合いになりそうだな」

 零は握手した。

 勇者と情報屋。

 最前線に立つ者と、最後方から支える者。

 おそらく、これが自分のポジションだ。

 戦わなくていい。ただ、知っていることを渡し続けるだけでいい。

 それが——桐島零の、異世界での生き方だった。


▼ 次章予告

 勇者パーティが去った後、セルダムに一通の手紙が届いた。

 差出人は、王都の貴族。内容は——「その情報屋を、王都に連れてこい」。

 ルドルフが困り顔で零に手紙を見せながら言った。「……断れると思うか?」

第四章「王都へ行きたくない情報屋」——近日掲載。

三章まで読んでいただきありがとうございます。アルトとの関係が動き始めました。零は戦わないと決めていますが、関わる人間は増えていきます。感想・評価いただけると次の章が早く出ます。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ