前に出る理由(わけ)
「麻由ねーちゃん、あの男ナイフ持ってるんだって。本当に危ないからやめようよ」
後ろを歩く麻由の横に駆け寄り、袖を引っ張りながらあかねが訴える。
(あぁ、可愛い妹(希望)に強く止められると、決心が揺らぎそう)
「大丈夫。わたし、護身術習ってるから。そういうケースもたくさん練習してるし」
笑顔で答える麻由。
意生身の間、意識のない友梨奈の身体を守る――あの日の約束。
そのために積み上げてきたものを使うのが、まさかこんな場面になるとは思っていなかった。
もし友梨奈の神通力が発現しなければ、警察が来るまで時間を稼ぎつつ、女性と友梨奈を守るしかない。
最悪、友梨奈だけなら逃げられる。
でも、女性や麻由を置いていくことなんて、彼女が選ぶはずがない。
それに、麻由がピンチになれば――あの時教室で起きたことを、友梨奈がもう一度起こせるかもしれない。
その時は、麻由は友梨奈の身体を守ることに集中すればいい。
「あかねちゃんが一番重要な役目だからね。絶対に見つからない離れた位置に隠れて、襲ってきたらすぐ警察に電話して」
「警察が近くまで来たら、もう家に帰っていいから」
「うん……わかった……」
不安げに見つめるあかねの瞳が、紅く光る。
「この先の四つ角で、女の人が左から出てくる。後ろから元カレがかなり迫ってる!」
麻由と友梨奈は同時に駆け出した。
女性が四つ角に現れた瞬間、二人はその背後に回り込む。
「お姉さん、わたしの後ろに!」
女性の手を引く友梨奈。
「え、あなたたち、何?」
麻由はその隣に立ち、二人で壁になる。
「どう、友梨奈。宝鏡は?」
「……ダメ……やっぱり……求められてない」
左手の宝鏡は鈍く光るだけで、ただの古びた骨董品のようにしか見えない。
俯く友梨奈の前に、麻由が出る。
「梨奈は少し下がって、その人をお願い」
「麻由!」
悲鳴に近い声。
緊張と恐怖で、体が思うように動かない。
あれだけ繰り返し練習したはずなのに――いざとなると、体が重い。
(動け……お願い……)
神通力が使えない友梨奈は、今ただのJCだ。
守るのは、自分しかいない。
本来、相手が凶器を持っている場合は距離を取り、自分から攻撃しないのが基本。
あくまでディフェンス重視。
だが今は、大きく距離を取れば、標的が後ろの二人に向かう。
ナイフを振りかぶり、男が迫る。
思わず顔がこわばる。
(リアルだと……こんなに怖いなんて……ダメだ、体が固まって……)
あと一歩で、刃が届く距離。
(それでも――守るって決めたんだから)
下唇を強く噛む。
振り下ろされる右腕を、斜め下から横へ払う。
弾かれた男は二、三歩よろめくが、すぐに体勢を立て直し、ナイフを構え直す。
血の滲む唇のまま、麻由はにらみ返す。
再び大きく振りかぶる男の右手。
そのモーションに合わせて後ろへステップし、ギリギリでかわす。
このまま受け流し続けて、相手が焦れて振り回し始めたら――距離を取るしかない。
だがそれでは、守り切れない。
再び右手を振り上げる男。
――だが、その手は空だった。
いつの間にか左手に持ち替えられていたナイフが、まっすぐ突き出される。
(……ったく! その頭、相手を傷つけるためじゃなくて、思いやるために使いなさいよ!)
麻由の心の叫びは届かない。
右手の攻撃に合わせて移動していた体は、逆からの直線的な攻撃に無防備だった。
切先が、目の前まで迫る。
(ダメ……か……)
思わず、目を閉じる。




