守るということ
「良かった! まだ間に合って。その人、いつ襲われるか視ててもわからなかったから」
あかねのホッとした声が頭に響く。
(全然良くないって!)
あかねにツッコむ間どころか、瞬きする間もなく、友梨奈は立ちすくんでいる女の人の手を強引に引っ張った。
振り下ろされたナイフの第一撃は寸前で避けられた。
想定外に急に動かれて空振りし、バランスを崩す男。
体勢を整え、第二撃の構えを取ろうとしている。
「こんな時のために防御用の持物持ってきてたから。これ使って」
(いきなりの本番でそんなもん使えるかー!)
あかねに山ほど文句を言いたいところだが、さっきから一瞬の猶予もない。
左手に重さを感じたのと同時に第二撃が振り下ろされ、友梨奈は咄嗟に左手を上げて防御した。
振り下ろされたナイフは、その左手に届く寸前で止まった。
――いや、止まったのではない。
友梨奈の左手に現れた円鏡にナイフが触れた瞬間、その刃は水面に落ちたように沈み込み、次の瞬間、同じ軌道を逆再生するように弾き返された。
硬いもの同士がぶつかったような金属音は鳴らない。
何もないはずの空中でナイフが弾かれた様子に、男は驚愕の表情を浮かべた。
次の攻撃に移れず、明らかに躊躇っているように見える。
その様子に、友梨奈の心に少し余裕が生まれる。
「あかね、これ使えるけど、いつまで守ってればいいのよ?
試しにこの盾でこいつ殴ってみる?」
「そんな使い方は持物の設定外だと思うけど……。
あと、わたしが視ていた限り、その人、女の人の元カレっぽいんだよね。それがストーカー化したみたい」
「まじか。可愛さ余って憎さ百倍ってやつ?」
いつもは繋いだ手から
助けてー、とか
死にたくない、とか
単純な感情が強く伝わってくる。
だが今回は、悲しみや恐怖、その他いろんなものが入り混じっているようで、本人の気持ちが掴みきれない。
たとえ愛情の歪んだ形とはいえ、好きな人を傷つける行為に絶対愛なんかない。
ましてや、殺傷力のある凶器で襲うなんてあり得ない。
能力を使う場で、友梨奈は初めて
「許せない」
と思った。
その感情に比例するように、左手の宝鏡が黄金色の光を発し始める。
「……お前のせいだ……お前が無視したり……逃げたりするから……」
ぶつぶつと独り言を漏らしながら、手元のナイフを見つめ握り直す男。
「あああああーーーー!」
勢いよくナイフを振りかぶり、男が女性に向かって踏み込もうとした瞬間、
友梨奈は左手の宝鏡を男に向かって突き出した。
男は見えない壁に激突したように身体を弾かれ、後方へ数歩よろめき、道端に止めてあった自転車を巻き込んで尻餅をついた。
「ガシャン」
倒れた自転車の音で、近所の家々から窓が開く。
「何あれ? なんかナイフ持ってない?」
「あそこの女性が襲われてるんだよ。早く警察呼んで!」
周囲の声に男は動揺し、首をキョロキョロと左右に巡らせる。
慌てて立ち上がり、女性へ視線を向けた。
「お前のせいだからな!」
吐き捨てるように言い放ち、女性とは反対方向へ駆け出していく。
遠ざかる背中を見つめながら、女性は全身の力が抜けたようにその場へ座り込んだ。
「あなた大丈夫? 怪我してない?」
近所の人が駆け寄り声をかける。
「大丈夫……です。
……あの人、本当は優しい人なんです。
ちょっと、怖くなっちゃっただけで……」
(何よ、それ。優しい人がナイフなんて好きな人に向けない)
宝鏡の光が徐々に弱まっていく。
この場での友梨奈の役割は終わった。
でも――助けたはずなのに、なにか負けたような
胸の奥に残ったモヤモヤだけが消えなかった。




