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ラのベル! 〜奈落の魔女と邪眼の所持者〜  作者: DF946
交錯《クロスオーバー》  ーー〔下〕
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21

 救急車を降りて丹代グランドホテルに飛び込んだ田村は、階段を使い一気に十五階まで駆け上がった。

 新辺の部屋番号はすぐに知る事が出来た。刑事手帳をフロントの受付係に見せたら、すぐに教えてくれた。

 男に注射器を突き立てて田村が言った事はほとんど嘘だったが、結果的に首謀者を聞き出す事が出来てよかった。田村が持っているO型という血液は、輸血の際血液型が分からない患者に対して(抗体を除いて)使われる程、人体に害の少ないものなのだ。それに血液凝固が起きたとしても壊死する事はないし、ミオグロビンが血管にまわったからと言って、即、死に至る訳でもない。救急隊員には悪かったが、銃を向けた事は内緒にしてもらおう。

 最上階である十五階のフロアに出た田村は廊下を走り抜け、突き当たりに新辺の部屋を見つけた。東向きの角部屋だ。田村は体当たりをするようにドアノブに飛びつくと、

 「警察だ! ここを開けろ!」

 ドアの内側でチェーンが音を立てる。僅かに開いた扉の奥で、人の動く気配がした。「そこにいるのは分かってるぞ、新辺一義! お前を逮捕する!」

 田村は銃を両手に持ち、上に向けて構えると、片足で勢いよくドアを蹴破った。チェーンが千切れ、バタンとドアが開く。田村は銃を構えると、部屋の中へ突入した。

 奥の壁が一面ガラス張りになっていて、そのカーテンが開かれた窓の外には、丹代市の夜景が見える。田村がかっこよく飛び込んだ部屋の中には、壁側に体を向け、こちらに背を向けた男が立っていた。

 「手を挙げろ!」

 田村が言うと、その男は手に持っていたグラスを膝ぐらいの高さにあるガラスのテーブルに置き、ゆっくりと振り返った。

 その顔は、笑みを浮かべている。中背でメガネを掛け、髪をオールバックにしている。頭の切れそうなその顔は、朝刊の一面で見た新辺一義、本人だった。

 「よし、新辺だな。お前のやった事はもう知ってる。お前の仲間の一人から聞かせてもらった。今からお前を、殺人の容疑で逮捕する!」

 すると新辺はニヤリと笑ったまま、田村を眺め回した。

 「へぇー、誰かはここまで辿り着くとは思ってたけど。こんな奴とはね……」月明かりに照らされて、そのメガネが光る。「で、証拠は持って来たのかい? 令状が無いと、現行犯じゃなきゃ逮捕出来ないのは知ってるよね」

 「なに!」この期に及んでふざけるなと、田村は思い切り睨みをきかせた。

 「オッサン、一人で来たのか? 他の刑事達はいつ来るの」

 「お前など、俺一人で十分だ」

 それを聞いた新辺は、より一層口許を緩ませた。

 「まあ、あんた一人くらいにだったら、教えてやってもいいかな。完全犯罪になる前に、自分からバラしてみたいし。

 ……そうだよ。今日の事件を起こしたのは全部俺。畦原をスライムにしたのも、笠原を消し炭にさせたのも俺さ。どうだったアレ、見た? 凄かったろ?」

 新辺のその浮ついた口調に、田村は腰の下でベレッタを握る手に力が入った。

 「それと 竜太郎04 もだろ」

 「ああ、そうそう彼奴もね。……って、あっ、そうか! てことはお前あの時の、叫と一緒にやられた刑事ってわけ?」新辺はさも面白いものを見るように、睨みつける田村の顔に人差し指を向ける。

 「うわぁ、傑作だね! ねえ教えてよ、あの後どう思った? 叫が死んだ時。アレ、どうやったか分かる? ちょっと推理した事言ってみてよ」

 田村は真っ直ぐに新辺の目を見据えながら、怒りに顔を引き攣らせた。

 「ふざけた事を抜かすな! お前の仲間にもう吐かせた。殺人用の音響兵器を使ったんだろう。同じ部屋に居て俺だけが死ななかったのは、指向性音波かモスキート音とか言う年齢別に聞こえない音を使ったんだ」それでも人が死ぬ程の音ともなると音量が大き過ぎた為に、田村にも音波の影響は伝わったが、それを直接頭に流し込まれた04の痛みは、想像を絶するものだったであろう。

 「なんだ。人に聞いたんじゃ面白くないのに。それじゃあ推理も何も無いじゃないか。……まあいいけど。続き話して」

 「04はお前と知り合いだったんだろ。お前は04の携帯電話の番号を知っていた。04が突然走って逃げ出したのも、警察の中に犯人が居ると思い込ませたのもお前の仕業だ。04が電話でお前と連絡を取り合っていたのなら、音響兵器のある倉庫の中に誘導された説明がつく。あとで04の携帯電話から着信履歴を見れば、その時刻に非通知の交信があった事がすぐに分かるだろう。

 後はヤクザを使い車庫の中に追い込んだ後、電気を消してガスを送り込む。プロジェクターは頭上か、シャッターの入り口近くに設置してあったんだ。あのガスは舞台演出用のスモーク装置か何かで、立体映像はその時に出した水蒸気に映したんだろう。そして俺が車庫から出た後、証拠が残らないようにリモート操作でプロジェクターは爆破したんだ!」

 実際に霧にホログラムを映し出す装置は、何年も前から存在している。横浜で開かれたバーチャルアイドルのコンサートでも、水上に巻き上げた水の粒子に光を投影し、映像エフェクトを発生させている。暗い車庫の中で段ボールや工具箱に偽装し、何台も設置しておいたフォグスクリーンから何方向もの光を投射すれば、限りなく立体的な映像を作り出す事が出来ただろう。高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかないのだ。

 「はあ……頭の弱い刑事なら、素直に大騒ぎしてくれると思ったんだけど……。どうやら相手を間違えたらしいね」新辺はわざとらしく、残念そうに首を横に振った。

 「おい。一つ聞かせてくれ」田村が言った。

 「どうして04を殺したんだ」

 新辺は笑い顔のまま、

 「ああ、別に意味は無いよ。ただ作者が死ねばマスコミが盛り上がるかなぁ、って思ってたんだけどね。まあ、それも、あんまり期待は出来なくなっちゃたけど」

 「ふざけるな!」

 田村は怒りに声を荒げた。

 「そんな事の為に知り合いを殺したのか! 人の命をなんだと思ってる!」

 その声に、新辺はついに堪えきれなくなったかのように笑い出した。

 「ははっ、どう思ってたからって、それが何だって言うんだ。あんたにはどうでもいい事だろ? あんなラノベ作家一人居なくなったところで。一体誰が悲しむって?」

 「何がおかしい!」

 「それよりオッサンさあ、これからどするつもりだよ。まさか、あんた一人で俺を逮捕しようってんじゃないよね?」

 そう言うと新辺は、突然身体の後ろから銃を取り出して田村に向けた。銃口にはサイレンサーがついている。田村は予想外の出来事に、冷や汗が伝うのを感じた。

 「悪いけど、それはできないんだよね。あんたにはここで死んでもらわなきゃいけないからさ。よくここまで辿り着けましたよっと」始めからそうするつもりだったのだろう。新辺が、これ以上無い程の凶悪な笑顔を見せる。「まあ、証拠がないとそもそも俺を逮捕は出来なかったんだけど。……じゃ、名脇役ご苦労様って事で。see you next ti〜……?」

 二人は同時に窓の外に目を向けた。

 突然遠くから聞こえて来たサイレンの音が、次第に大きくなる。回転灯の光が明滅するように窓ガラスを赤く染め、確実にこの数十メートル下の道路に集まった何台ものパトカーの気配が、このホテル目掛けて押し寄せて来ていた。

 「お前、仲間を呼んでいたのか」新辺は銃口を向けたまま田村を振り返った。

 なぜだ。まさか、ありえない。田村は犯人逮捕の手柄を独占しようと、誰にも連絡していなかったばずだった。どうしてここが分かったのだろう。

 その時銃声が鳴り響き、田村の右足に、痺れるような感覚が走った。不意に、銃弾がかすめたふくらはぎから熱さが広がり、田村は傷口に手を当てて屈み込んだ。

 「うっ……!」

 続いて銃声が二発鳴ったかと思うと、新辺は後ろ手に窓ガラスを撃ち壊していた。砕けたガラスの破片が、キラキラと光りながら闇の中へと落ちて行く。冷たい外の風が室内に吹き込むと、轟々とカーテンをはためかせた。

 「ならシナリオ変更だ。こんなのはどうだ? 犯人役はお前。俺は突然やって来た警官に、二丁の拳銃で襲われた。運良くそれをかわした俺は警官から銃を奪うが、もみ合いの末に殺してしまう。勿論お前が死んだ後、この銃にはお前の指紋を付けておくからな。

 真相はこうだ。刑事は今日テロを起こした暴力団グループの仲間で、偽の犯人をでっち上げる為に俺に罪を着せようとした。だが返り討ちに遭い、俺は正当防衛で無罪放免ーー」

 「警察をなめるなよ。……旋条痕や発射残渣で撃った人物は特定される。それに、俺の銃は、……弾が入っていない」

 田村はベレッタからマガジンを引き出すと、空になった弾倉を床に放り投げた。

 チッ、と。新辺は舌打ちをすると、

 「だったら、こうするしかないな。終わりだ……」

 そう言って、おもむろに自分のこめかみに銃口を押し当てた。

 「おい、何をしてる!」田村は叫んだ。

 新辺はもう正常な判断が出来なくなったらしい。その顔は、まだ狂ったように嗤っていた。

 「そんな事許さないぞ、オイ! 逃げる気か! ちゃんと罪を償え!」

 吹き付ける強風でテーブルの上のグラスが倒れる。廊下の奥で、階段から駆け上がって来る何人もの足音が迫って来ていた。それを聞いてか、新辺は再び銃口を田村の頭に向けて言った。

 「そうだな、俺一人で死ぬのも馬鹿らしい。どうせ死ぬならお前も道連れだ。いや、あと数人は殺してからにしないと、……これでこのゲームはドローって事で、いいよね」新辺は親指で撃鉄を起こした。

 「やめろ!」

 引き金に指を掛けた、その時、

 「行け! 突入だ!」透明な盾で武装した十数人の機動隊が新辺を目掛け、一斉に部屋に流れ込んで来た。

 新辺がその方向に銃を向ける。一番前に居た警官の頭を狙い、新辺が引き金を引いた、その瞬間、


 バンッ!


 金属の爆発する凄まじい音を響かせ、火花を散らし、新辺の手の中で銃が弾け飛んだ。新辺が驚きの表情で、血を流す右手を押さえ下を向くと、 

 「確保! 確保!」

 何人もの警察官が次々と飛びかかり新辺を突き飛ばすと、五人掛りで両手両足を押さえつけ、上から押しつぶすように拘束する。大声を出して暴れる新辺は、たちまち何重もの手枷を填められ、一瞬の内に取り押さえられていた。

 「クソ、オメェらフザけんな! なんの許可があってやってんだよ! 俺を誰だと思ってる!」

 「静かにしろ新辺一義! 銃刀法違反と殺人未遂の現行犯で逮捕する! お前には黙秘権が認められている。これから言う発言は全て法廷で不利な証言としてーー」

 「こんな事していいと思ってんのか! 絶対後悔する事になるぞ! 覚えておけよ、オイ!」

 大勢の警官に連れ去られ、連行されて行く新辺の横を通って、防弾チョッキを着た木津健人が、田村の元に走って来た。

 「田村さん!」

 田村が顔の前に突き出していた銃口から、細く砲煙が上っている。

 田村は挙げていた腕ごと、銃を床に落とした。

 自動式拳銃の場合、弾が入った状態のままスライドを引くと、弾倉を抜いても銃身の中に一発だけ銃弾が残る。田村は04が残していった最後の一発で、新辺の拳銃を撃ち抜いていたのだ。

 「大丈夫ですか?!  足、撃たれてるんじゃないですか!? 」木津が心配そうに、田村の前に屈み込む。

 「ああ……」

 「無茶しないで下さいよ! 何で一人で行っちゃうんですか」

 さっきまで暖かかった部屋にはどんどんと警官が入って来て、明かりの付けられた部屋は慌ただしくなってきた。連れて行かれる新辺の声が、廊下の向こうで遠ざかって行く。

 「悪かったな心配かけて。それより、どうしてここが分かったんだ?」田村が聞くと、

 「それ」と木津が田村の右ポケットのふくらみを指差す。

 「つけっぱなしにしましたね」

 木津は笑うと、立ち上がって田村を急かせた。

 「じゃあ僕はそろそろ行きます。痛いんじゃないですか? すぐに下に居る救急隊員呼んできますから、ここで待ってて下さい」そう言うと木津は田村を置いて、部屋の外へと出て行った。

 田村は立ち上がり、ポケットから携帯電話を取り出す。見ると、通話中を示す赤いランプが点滅していた。

 田村は携帯電話を開くと、恐る恐る耳元にあててみた。

 「……野々瀬か?」

 『おおっ! 田村さん、お疲れ様です』電話口から野々瀬の声が聞こえて来た。

 「電話、切り忘れてたみたいだな」あの、越権行為を指摘された時だ。

 『はい。でもそのケータイ、集音性高くてよかったですよ。さっきの新辺さんとの会話、全部録音しておきましたから、証拠として提出すれば告訴間違いなしですね! 固定電話とiPhone両持ちで助かりましたよ』

 「木津に、連絡してくれたのか」

 電話の向こうで、野々瀬が笑っているのが分かった。

 『それが、木津刑事もiPhoneじゃないスか。なんか嫁コレとか言うアプリ、こっそりやる為に音量小さくしてイヤホン付けてたんですって。それでイヤホン付けたまんまポケットに入れてた所為で着信に気付かなかったらしいですよ。だから他の刑事さんに電話しました』

 そうか、と田村も笑った。

 「ところで、……どこから聴いてたんだ?」

 『どこからって、田村さんの事ですか? もちろん最初からですよ。なんでしたっけあれ、取調室にはリンゴの入った果物籠があるんでしたっけ』

 田村は恥ずかしさで顔が火照るのを感じた。

 「言っておくが、あれは演技だからな。おどかして聞き出そうとしただけだぞ。でも一応他の人には黙っててくれないか?」

 『はい、大丈夫です。あの部分は録音してませんから。でも、一緒に居たお医者さん達には謝っておいた方がいいんじゃないですか? 女の人の方、めっちゃ怖がってたみたいですけど』

 ああ分かった。と田村はほっと安心した。

 『あと、もうあんまり張り切って一人で飛び込んで行っちゃ駄目ですよ。今度から気をつけて下さいね』

 「それはすまん……。でも刑事って仕事はな、長くやってると商売じゃなくなる。デカっていう生き物になっちまうんだ……」

 『え?』

 「いや、何でもない……」田村はこの前刑事ドラマで聞いた格好いい台詞をつい言ってしまった。

 『えーと、じゃあもう、通話料ヤバい事になってると思うんで、そろそろ切りますね』

 「ああ」

 『あとはゆっくり休んで、病院で寝てて下さいよ』

 「そうだな。…………読書でもしてるとするよ」

 田村は携帯電話を耳から離すと、右端のボタンを強く押した。




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