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ラのベル! 〜奈落の魔女と邪眼の所持者〜  作者: DF946
交錯《クロスオーバー》  ーー〔下〕
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20

 新辺(あらべ)一義(かずよし)は大きな窓ガラスに手を衝き、そこから見える丹代市の夜景を眺めた。

 ビジネスホテルの最上階であるこの部屋からだと、黒いキャンバスの上にネオンのように煌めく夜の街明かりが、眼下一面に広がっているのを見渡せる。

 この小都市でも見られる百万ドルの夜景。力づくで手に入れた階級の座の特権だと、新辺は思った。

 この為に殺したようなものだ。……この権力を味わう為に。

 新辺は窓から手を離すと、右手の人差し指と中指で挟んで持ったワイングラスから一口、それを口に含んだ。

 (完璧だ)

 あの青年の仕事が終われば、この計画は芸術的なまでの美しさを持って完成するだろう。

 新辺は眼鏡の奥の、狡猾そうな瞳を喜悦に光らせた。

 この部屋を選んだのも、丹代市中心街にあるデパートの屋上が爆発する様を見たかったからだ。双眼鏡で見た本物の爆発は、どの映画よりもリアリティを持った、新辺を興奮させるに足るものだった。ーー正に高見の見物だ。


 発端は、四ヶ月前の事だった。

 今の新辺の役職に居た宮宅みやけという前任者を、新辺は殺害した。

 理由は当然、防衛省の高官というその地位を奪う為だった。

 新辺は古くからの友人だった吉野という、暴力団関係の仕事をしている男に依頼して、司法解剖で検出されないストリキニーネなどという毒物を投与させ、宮宅を自宅の風呂場で溺死させた。

 日本では、死亡事件における九割の遺体が解剖されずに火葬される。今の日本の司法制度では事件性の見られない遺体は、縦しんば宮宅のような重要な役職に就いている人間であっても解剖されずに、全て「心筋梗塞」として、死因を特定せずに処理されるのだ。

 その後、恐喝や暴力団達とのコネクションにより、新辺は前任者の椅子を手に入れた。

 大成功だ。何もかも思い通りになったと、その時は新辺も思っていた。

 その後日、新辺が弱みを握り強請っていた笠原という防衛省職員の中年男が、恐喝に耐えかねて新辺の今までの暴力団関係者との癒着を全て公表すると言い出した。そんな事をされれば、新辺が築き上げ手に入れてきたキャリアは、一瞬にして地に落ちる。

 政治家の父をもつ裕福な家庭で育った新辺は、欲しいものは全て手に入れてきた男だった。そんな笠原などという低俗階級の愚民の為に、高官の地位を落とされていいはずが無かった。

 新辺は自分の前でマスコミに情報を流すと訴える笠原を、後ろから電話のコードで首を締め上げて殺した。

 その時は気が動転してしまい、何も考えずに殺してしまったが、新辺はすぐに冷静さを取り戻すと、吉野を呼び出して笠原の遺体を人目のつかない山奥に埋めさせた。

 同じ仕事場の職員達には、笠原は転勤したと言っておいた。殺害した現場の、官僚専用マンションからは、笠原の自宅に自分や吉野が出入りした証拠が残らないようにマンション内の全ての監視カメラの映像を自らの手で編集した。

 笠原に家族は居ない。四十代後半で家族の居ない孤独な独り身だった。

 これで邪魔者はもう居ない。と新辺は思っていた。その時までは……

 その数日後、畦原あぜはらという防衛省職員の若い男が、お前の隠そうとしているものを知っているなどと言って新辺の元に訪れた。

 まさか笠原の事か、宮宅の件がバレるはずがない。証拠の映像は全て削除して、足がつくはずが無いのだと、新辺は焦りを覚えた。

 案の定、畦原が犯罪の証拠だと言って持って来たのは、笠原についてのものだった。

 畦原は前任者が死んだ後、新辺が新任すると決まった時点から、裏に事件性があると考え調べていたらしい。その自主的な捜査によって、証拠を見つけたという。

 畦原が新辺の元に持ち込んだのは、官僚専用マンションの監視カメラの映像だった。

 畦原の話によると、その時刻にマンションを訪れていた自分自身の姿が、映像から消えているという。そのマンションに設置してあった監視カメラは記録容量を節約する為、5秒に一回のコマ落ちで記録するタイムプラスカメラを使用していたらしい。一瞬の間隙のほんの何コマにだけ映っていた畦原に、新辺は気付かなかったのだろう。新辺は自分達の姿だけでなく、その時に居た他の人物までも消してしまっていた。まだ事件としても取り沙汰されていなかった事だったが、畦原一人の調査により尻尾を掴まれてしまった。居なかった筈のものが写っているのではなく、そこに居るべきものが写っていなかった事で、映像の編集が露見してしまったのだ。

 畦原はそれをネタに新辺を強請ろうとなどはせず、そのまま帰りの足ででも警察に届け出ると言った。新辺にその証拠を突きつけ、本人の反応を確かめたかったのだという。

 証拠のデータは既にバックアップを取り、警視庁に居る友人のパソコンに送ったと、畦原は勝ち誇ったように言った。

 小賢しくも正義を気取って詰め寄る畦原に、新辺は明確な殺意を抱いた。新辺は必死で買収しようとすがりつくような行動をとって、それを断り揚々と帰って行く畦原を見送った。

 その直後、平然と新辺は携帯電話を取り出すと、吉野と連絡をとり、畦原を誘拐するように命じた。

 「お前は知り過ぎたって事だよ」

 私有地の空き地に堀った縦穴の中に、気絶させた畦原を入れて金具で足首を固定した。

 探偵役を演じようとして、こそこそ嗅ぎ回るのがいけないのだ。

 新辺は吉野と共に穴の上から見下ろし、消防ホースでコンクリートを流し込み畦原を生き埋めにした。暗い穴の底で泣き叫ぶ畦原が溺れ死ぬ様子は、なんとも愉快で見物だった。見下ろされてしゃちこばり泥の中でもがき苦しむ。正義は勝つなどと信じていたあいつにはお似合いの死に様だと新辺は思った。

 死体をどうするかは、もう考えてあった。ある小説通りに死体を加工し、街中に遺棄するのだ。

 その小説は高校時代の知り合いで、叫という男の書いたファンタジー小説だった。どこが面白いのか分からないが、なんとかいうライトノベルの文学賞を受賞した事もあり、そこそこ知名度もあるだろうと思い込み、それを選んだ。遺棄された死体の様子が小説の内容とリンクする事に気付いたマスコミや市民を混乱させる事が出来るだろうと考えたからだ。

 夫が失踪したと騒ぎ立てられると厄介なので、畦原の妻も暴力団に命じて誘拐させた。笠原は無愛想で人付き合いも少なかった事から何もせず、マンション管理者の、監視カメラの映像を畦原に見せたであろう警備員の男も、畦原が情報を漏らしていた可能性を考えて殺しておいた。

 理由や企図があった訳ではない。ただ単に死体が欲しかっただけだった。G・Kチェスタートンの書いた推理小説の、使い古された一節も使えるだろう。

 始めは宮宅一人を殺害した証拠を隠蔽しようとして殺人を重ねたのだ。葉を隠すなら森の中だ。賢い人は枯れ葉の山を作るだろう。一つの殺人を隠したいのなら、死体の山を作ればいい。彼の妻子も畦原の妻と同じ理由で殺害させた。

 あとは予定通り始動させたかねてからの計画通りに、今日の朝、スライム状に加工させた畦原の遺骸を住宅街に放置し、その一時間後に笠原の死体も路上に配置させた。

 笠原の死骸はゴミ焼却炉で顔が分からなくなるまで燃やし、殺し屋の女性に小説のキャラクターを模したドレスのコスプレをさせて、火炎放射器で再度遺体を焼かせた。

 これは笠原の首を絞めた時に出来た索状痕を消すためだった。彼女にドレスを着せた理由、これは特に無い。悪ノリも含まれていたが、第一はその殺し屋を女性が意外にもドレスが似合うのではと思い、着せてみたくなったのだ。

 畦原の友人と思われるマンション警備の男の死体は、液体窒素で凍らせた後、丹代駅の天井からぶら下げ、女子高生に目撃させてから撃ち壊した。死体の内部には小型の爆弾を仕込んでおき、起爆スイッチのリモコンを向けてボタンを握り込む様子は、端からは魔法のようにも見えただろう。これも小説の内容に近づける為だ。国家権力とヤクザの協力があれば、駅員を排除して電車を遅らせるのは存外楽な仕事だった。

 次に彼の妻の遺体も陵南高校の学生服を着せ、カラカラに乾涸びさせて遺棄した。彼女の二才になるばかりだった娘の遺体も同様に、液体窒素を使い粉々に砕いた後、父親と共にバラバラ死体の中に混ぜて駅の中に撒いておいた。あの粉々になった肉片の中なら、死体が二人分だという事も発見が遅れるだろうし、警察にそれが分かったところで新辺には何の問題もないのだ。

 ついでに駄目押しとばかりにデパートの屋上も爆発させておいたが、マスコミは新辺の思っていたような騒ぎにはならなかった。叫が書いたライトノベルは、一般の人にはあまり膾炙されていなかったらしい。小説の内容を模倣していると気付いたのは、インターネット掲示板のいくつかだけだった。新辺も最初のスレッドに「名無し768」として書き込んだだけで様子を見ていたが、結局その後もニュースでは取り上げられなかった。

 畦原の妻には白いドレスのようなワンピースを着せて丹代運動公園の中央に縛り付けておいた。強力な送風機といえる風圧銃に砂を混ぜ、高速で撃ち出される砂塵によって体を斬り裂くのだ。あの男には勿体ないくらいのいい女だったが、予定通り公園の真ん中で撃ち殺させた。

 あとは叫竜太郎だ。

 小説の内容には無い彼の死は必要なものでは無かったが、騒ぎを大きくする目的の為に殺してみた。彼は新辺の昔の知り合いではあったが、別にそれが死んだところで悲しむ程深い付き合いではなかった。小説の作者本人が死ねばマスコミが事件の規則性に気付き、混乱をもっと大きくしてくれると期待したからだ。

 叫に刑事と二人になるように誘導した後、吉野に頼んだヤクザ達を使いエルゼの居る車庫に追い込む。この時のヤクザ達には皆、叫ともう一人の刑事は殺さないようにと命令しておいたが、念の為に彼らの銃を火薬量を調節して威力を弱めたサブソニック(亜音速)のリロード弾に替えさせておいた。これで肩でも撃ち抜けば全力で走ってくれるだろう。

 後は叫を車庫に追い込めば〝エルゼ〟が始末してくれるのを待てばいい。

 ここでの目的は、叫だけを刑事の目の前で殺す事だった。少し歳を食った暗愚な刑事ならば、あれを見た途端「魔女に襲われた!」と、狂ったようにマスコミ取材に触れ回るだろう。明日にでもワイドショーで、その姿を見るのが楽しみだった。

 愚鈍な警察が変死体に気を取られている隙に、今頃はあの青年が本当の目的を果たしている頃だろう。

 ハッキングの技術があれば、誰でもよかった訳では無かった。

 本人達は知らないだろうが、日本中のハッカーは過去の行動の有無に関わらず、国のデータバンクに、その存在が危険度別に登録されているのだ。なるべく集団活動をしない、趣味で高度な技術を持った人間が必要だった。

 この計画にはあの変なハンドルネームを使っている大学生が適任だったのだ。

 彼の作っていたウィルスプログラム『ラザフォード』の能力は単純なもので、システムに侵入すると、スクリプトに書き込まれたもの通りのデータを喰らい、消去するというものだ。

 一日で数万人もの戸籍が消え去れば、それはもう想像もつかない混乱と錯綜を招く事が出来るだろう。

 日本国民全ての住民票は11桁のコードを割り振られ、住民基本台帳ネットワーク(通称:住基ネット)と呼ばれるシステムで管理されている。そこにハッキングして全国民の中から丹代市に住民票を置いている全ての人間を探り出し、その全員の情報を標的として覚え込ませたラザフォードウィルスを、厳重に管理された総務省と新丹代市役所のネットワークに転送させた。標的が多い分、送り込むのに時間が掛かるようだが、侵入が終わればデータを消すのは早いだろう。

 住基ネットには、各市町村に設置されたコミュニケーションサーバ(CS)という中継用のサーバから、業務ネットワーク側のファイアウォールを介して通じている。その為にCS端末の残っている旧丹代市役所を再起動させ、そこを使って住基ネットに侵入させたのだ。

 これが完了すれば、小説のクライマックスと同じ(奇しくも文字通り)全丹代市民から、法律上の存在が抹消される事になるだろう。それにあやかり、ウィルスプログラムの名前も新辺が命名させたのだ。

 小説の内容では最後に主人公の怜士が、消えていった人の存在を魔法の力で蘇らせて終わるが、丹代市民の戸籍も、混乱が去れば元通りに復元されるだろう。新辺はそんな悪戯の為にこの事件を計画したのではない。クラッカーの青年もいつかは逮捕されるだろうが、その時の為に、新辺とは全く接点が無いという理由で彼を選んだのだ。

 新辺の真の目的は、畦原が持ち出した防犯カメラの映像だった。

 それを消す為に殺人を繰り返し、国のネットワークに忍び込んだのだ。国家レベルの大混乱の中で、畦原が友人に送ったというデータをこっそりと消し去る。誰も見た事が無い犯罪の証拠など、無くなった事に誰が気付くであろう。問題の証拠データはもう既に見つけ出し、ラザフォードを使って隠滅させてある。ついでに戸籍上の〝存在〟自体が消えた事で、今まで殺した人間の遺体は、完全に誰のものでもなくなったのだ。

 新辺は思わず、喉の奥で哄笑を漏らした。

 沸き上がる愉悦が堪えきれない。

 吉野達が捕まったとしても、新辺は命令しただけで直接手を下していないのだ。ヤクザ共が口裏を合わせているだけだと、いくらでも言い逃れが出来る。なにせ証拠が無いのだ!

 (ーー俺は、勝ったんだ!)

 新辺は眼下の丹代市を見下ろし、グラスに残っていたワインを一口で飲み干した。


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