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病院…そして長野へ

大学病院の救急外来の廊下で母真由美は泣きじゃくっていた。

誠はずっと首をうなだれて


『俺がランを連れ出さなければ…』


と独り言のようにうめいていた。


そこへ医師が出て来て、


『立花さん、お嬢さんの命は大丈夫です。

詳しくは診察室でお話ししましょう』


医師に促されて、診察室に入る誠と真由美。

椅子に腰掛けると医師が


『精密検査もしましたので、お嬢さんの生命に問題はありません。

相手が軽トラで、しかもスピードを出していなかったのが幸いしたのでしょう。

ただ…』


医師が次の言葉を飲んだ。


『ただ?』


誠と真由美が同時に言葉を促す。

『残念ですか、お嬢さんの左膝のダメージが大きくて今までのように普通には歩けないでしょう』


『なんですって先生!あいつは、じゅんは歩けないんですか?』


誠は叫んでいた。


『立花さん、落ち着いてください。

普通にはと申しあげたんです。

それにまだリハビリも始まってないんですよ。

一番辛いのはお嬢さんなんです。

お嬢さんの気持ちを考えたら、ご両親が強い気持ちを持って支えてあげてください。』


『じゅんが走れない!

じゅんが…』


誠には医師の言葉が聞こえてないかのようだった。


『俺が、俺が…じゅんを』


誠は純の通う学校とは違うが、同じ神奈川県の公立小学校の教師をしていた。


だが純の事故で自分を責めて、酒浸りになってしまい、休みがちな誠では授業どころではなく、見かねた校長の井上のはからいで学校は休職扱いにしてくれていた。


純は元々明るい快活な女の子であったが、母真由美とリハビリをこなすうちに、どんなにリハビリをしても、足に後遺症が残ってしまうという事実を知り、口数の少ないふさぎがちな子になってしまった。

酒浸りの父誠とは全く口をきかなくなっていた。


あと少しで夏休みというある日、誠の勤務する小学校の校長井上から、相談したいことがあるから奥さんと学校に来るようにと連絡があった。

誠夫婦が校長を訪ねると


『やあ、どうだい体の方は?

あんまり思い詰めない方がいいんだが…。』


『早速なんだが、長野に行く気はないかね?』


『長野…』


『あ、立花先生だけではなく、家族で長野に行ってみないか?

当たり前かもしれないが、じゅんちゃんも事故以来元気が無いし、立花先生も。』


誠と真由美は黙って聞いていた。


『ここにいても、事故現場を通れば事故のことを思い出すだろうし、気分転換のつもりで思い切って環境を変えてみたらどうだろう?』


『いやいや、決して思いつきで言ってるのではないんだ。

実は先日学生時代の同窓会があってね。

その中の一人が長野の小学校の校長をしているんだ。

それで立花先生のことを話したら、受け入れてくれてもいいと言っているんだよ。

実は私も一度訪ねたことがあるんだが、山の中で自然が豊かというか、信州という言葉がぴったりの素晴らしい所だよ!』


『横浜暮らしが長いから最初は不便を感じるかもしれないが、そのうち慣れるさ。

それにその校長というのが林と言って、土地柄なのかのんびりしていて、ふくよかで温かみを感じさせる愛すべき女性さ』


『私はじゅんちゃんにも、立花先生にも元気になって欲しいんだよ。

林校長の話では、立花先生の復職については、あせらずゆっくりでいいと言ってくれてるんだ。

いい話だと思うけどね。

急な話で恐縮なんだが、長野は横浜と違って夏休みが短い。

新学期に間に合うように行ければいいんだが』


『無理にとは言わないが、じゅんちゃんのことを第一に考えて環境を変えてみたらどうだろう』

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