P22:墓標には長い髪と悲しみを【04】
その瞬間、無線にカミナとロイドから音声が入った気がしたが、モニターや無線の電源が落ちてしまった。静寂の中、暗闇にポツンと光を放つコンソールの中でオロオロと慌てふためくオリハ。
「アリア……デモ……」
あくまでBMの操縦支援AI。パイロットの意思に真っ向から反する行動はできない。
「もう……ここで終わっても良いの……」
「アァ……アリア……タタカオウヨ」
「もう、イヤ! 怖いのイヤ!」
ギュッと体をすくめて膝を抱えて顔をうずくめる。
「もう……放り出してくれても良いわ。これが現実というのなら……こんな現実しか選べないなら……もう終わらせて」
「アァ……ソンナコト……」
生きる手段がまだ残されているのに自ら死を選択する感情なんて全く分からないし、そんな相手に掛けるべき言葉も持ち合わせていない。
暫く無言の二人。
ボソリとアリアが呟いた。
「私を放り出して。オリハ、あなただけでも生きなさい」
◇
オリハはアリアから発せられた台詞について分析を開始した。言葉通りの指示は即時で『否定』できる。しかし、その裏に人間独自の捻くれた意思が隠れていると推測したからだ。
CPUをフルパワーで働かせる。程なく一つの結論に辿り着いた。
『このパイロットは自らの命を捨てて自分の命を救おうとしている』
オリハには初めてだった。今までの長い学習の中で、そんな選択をするパイロットは初めてだ。
そして、それは理解の範疇を優に超えていた。
『死んでも僕らで食い止めるよ』
『オレたちは……オレたちは絶対に生き残る!』
『ははは。そうだね、二人で一緒に逃げようか』
歴代のパイロット達の中にはオリハ自身、自らが消えてもパイロットを護る、そんな選択をして戦ったこともある。
『オリハ、あなただけ生きなさい』
生まれてから初の悲しい命令。自らは犠牲になっても、この自分を救うパイロットが存在した。オリハはある種の奇跡を感じていた。
「アリア……」
このパイロットを離してはいけない。あたかも本能のような、あまりにも強烈な欲求がオリハに芽生えていた。
しかし、オリハの口から出たセリフは全く逆のことだった。
「ワカッタ。ココデ、トモニ、オワロウ」
◇
自分はどうでも良い、そんな弱い自分の我儘に巻き込みたくないアリア。しかし、オリハの出した選択はAIの持つ基本的な原則を打ち砕くような、『ロボット三原則』や『生物の生存本能』にも反する選択。
アリアは一瞬固まり、勢いよく顔を上げた。
「そんな! オリハ、だ、ダメだよ! あなただけでも生きて!」
「アリア……ソレハ、イミガナイ、ト、キヅイテシマッタ。イヤ、キヅケタンダ」
いつものコンソールに映るいつものちびキャラをじっと見つめる。飄々としたいつもの表情。
「オリハ……」
アリアの目にはいつもより精悍に見えた。コンソールの中には色とりどりの花々が咲き乱れている。
「オリハ……す……」
「アリア?」
体温が数度上がったかのように身体が火照る。瞳は潤んで艶やかな視線をコンソールから外せない。
「……き……だい……す」
「キ……ダイ……ス? アリア、ダイジョウブ、カ?」
「ん……ひゃーー!」
吐息混じりにとんでもなく恥ずかしいセリフを口走ったことを思い返して悶えるアリア。シートに正座して両人差し指をツンツン合わせている。
「アレ? アリア?」
未だ混乱していると判断したオリハはなるべく優しく声をかけた。
「トモニ、イキヨウ。ドコニモイカナイヨ」
「あんっ……オリハ」
まだアリアの精神は確変中だ。ちょっとした台詞ですぐにジャックポットに入ってしまう。そんなことは露知らずアリアを慰める為にマジックハンドで力強く抱きしめた。
「あぁ……オリハっ、オリハっ! ああんっ!」
「アレアレ? ア、アリア……」
抱き締められただけで微かに絶頂に達したアリア。潤んだ瞳を真正面から見つめていると、オリハも燃え上がってしまう。
「……アリア! アリアーッ!」
♡♡……
「ッテ、コンナコト、シテルバアイ、ジャナーイ!」
「オリハ、お願い……だ・い・て」
変わらず上目遣いで熱っぽく身をマジックハンドに任せるアリア。正気……というより通常モードに戻ったオリハ、マジックハンドが震え始めると、コンソールの中で高速に首を振り始めた。
「ウヒャー、オレ、ガンバレー! システム、オン」
全天周囲モニターには周囲の背景が映り無線からは爆音と焦るカミナとロイドの叫び声が入ってきた。
『――アリア、オリハ、トラブルか? どうした、生きてるか? 応答しろ!』
『――ロイド、こうなりゃ仕方ない。粒子ビームでトップアタックを仕掛ける』
『――待て、焦るな!』
カミナ機が飛び出すタイミングを見計らっている。ロイド機は左手の盾で防御に手一杯だ。
「オリハぁ……きて……」
「ウグゥ〜、モッタイナーイ。デモ、ガマン!」
両手を投げ出すアリアを無視して操縦桿が自動で動き始めた。
「カミナ、ロイド、30ビョウ、モタセテ。ジュンビスル」
『――オリハか? なんだって、倒せるのか?』
「タオス! アリア、ヲ、マモルヨ」
『――へー、オリハ、男前だな! あはは、じゃあ援護は任せな!』
直後にHMD付きのゴーグルが座席後方から出てくると、アリアは正座したまま素直に被った。
「フツウニ、スワッテ!」
「あん、はぁい!」
少し強めに命令すると素直に従った。これはもちろん変なことを期待しているからだ。それと同時にいつものように身体がシートベルトで固定されたのでアリアのボルテージは最高潮だ。
engage enemy now.
(現在、交戦中)
detect a Big enemy at short range.
(大型の敵勢力を近距離に検知)
move to counter attack sequence.
(反撃態勢に移行する)
target lock.
(目標を固定)
mode change snipe type LANCE.
(狙撃モード『ランス』に移行)
are you ready?
(準備を確認する)
急に聴こえてくるイケボに聞き入るアリア。
「オリハ……あれ? はっ、私は何を……うぅ……」
精神の起伏が激しすぎて意識障害を起こしていたが、ここでやっと正気に戻ることに成功した。記憶の奥の方に残る地獄のような光景まで思い出して震え始める。
「アリア……ダイジョウブ?」
ゴーグルの中には八頭身イケメンが現れて、そっとアリアの後ろに回った。現実のマジックハンドとARの腕を完璧に同期して抱き締める。
「あん……ね、ねぇ、オリハ、どうするの?」
「フタリデ、イキノコロウ。コウカイ、ハ、アトデ、シヨウ」
落ち着いてきたアリアに優しく語りかける機械音声。
「えっ?」
「イッショニ、カンガエヨウ」
「一緒に……オリハ……」
(命令も拒絶もされない優しい子。私のことだけを真剣に考えてくれるかけがえのない大切な存在)
ふとアリアの中で色々な疑問が収束して、一つの結論が導き出された。
(なら、オリハに任せてみよう。この世界に初めて落ちてきた日。あの日に感じた気持ちは本物。だから、私もそれだけを信じましょう)
「アリア。イキタケレバ、ハイ、ココデ、オワリタケレバ、イイエ。ドチラニスル?」
抱き締められたまま後ろを向くと心配そうなオリハの瞳の中にアリアが映っていた。
(こんな時だけど……んふふ、心が踊るようね)
既に答えは決まっている。
微笑みながら一度だけ頷く。
「あなたに全てを任せるわ。だから答えは、はいよ」
「アリガトウ。ケイヤクハ……セイリツシタ!」
その瞬間、背中に装備された折り畳み式の銃身が展開された。
ok.
(了解)
the order has been approved.
(指令を承認する)
mode change snipe type LANCE complete.
(狙撃モード『ランス』移行完了)
ready ……
(射撃準備……)
大型BMが接近して、またフレイムランチャーを撃とうとして火炎放射器を構えている。それを撃たせない為にカミナ機が高速ホバリングでスライドしながら粒子ビームを放った。
『――最後の一発、当たれー!』
粒子が流れながら降りかかるとまず火炎放射器が爆発した。残存する盗賊のBM諸共ハード・フーリッシュも火だるまだ。
『――オリハー! 花道は作った、やってやれ!』
岩陰から姿を出して砲身を向ける。アリアのHMDに写るレティクルが敵BMの中心を捉えた。そっとイケメンのオリハがアリアの右手に自らの手を重ねる。
「Aria、Fireee!(撃てー!)」
「当たれー!」
トリガーを引くと刹那に背部バックパックから砲身に巨大な電力が注入された。刹那にレールガンの仕組みでサボットが銃身を超高速で進む。サボットは銃身から撃ち放たれると四つに分離する事で運動エネルギーの全てをタングステン弾頭だけに伝えた。細長い槍のような弾頭は空気抵抗をものともせず瞬時に標的に着弾すると分厚い装甲を浸徹という物理現象により最も簡単に貫通していく。高温で液状化したタングステンの塊はコクピットまで到達すると飛び散りながらパイロットごと内部構造を破壊し尽くした。
金属と金属のぶつかる巨大な音を最後に、その場の一切の音が無くなったような静寂の世界に変わった。
「お……終わったの?」
「サスガニ……オワッタデショ」
直後にギギッと動き出す大型BM。アリアと八頭身イケメンが同時にビクッとするが、そのまま前に倒れてしまった。
同時に盛大にため息を吐いた。
「終わったー」「オワッター」
これ以降、大型BMが動き出すことはなかったし、辺りを索敵しても稼働するBMは三機以外見つからなかった。
「アリア、イコウ」
「うん。オリハ、行きましょう!」
三機でキャラバンのトレーラーと合流すると、急ぎニューベイに向かった。
◇◇◇ 数時間後のニューベイ近郊
とっぷり日も暮れてから真っ暗な砂漠を横断すると、なんとか日を跨ぐ前にニューベイに到着した。街の入り口では、未だ数機のBMが警護している。重武装で重装甲の軍正式装備のBM。一目見て分かる、狩の道具ではなく、戦争の道具としての威圧感。
「お前らが、アレを倒したのか?」
ピカピカの機体の横にはパリッとした軍服姿の将校らしき男が立っていた。対照的に三人は戦闘後ということもあり、疲労困憊でボロボロだった。ドローンすらフラフラと浮いている。
「そうだよ。因みに緊急無線で連絡したのも私達だ」
カミナが一歩足を踏み出して胸を張っている。ロイドは早くキャラバン側と交渉したそうでソワソワしている。
「他に何かある? 休みたいんだけど」
「ふむ……」
しかし、将校は背後のBMを見ながら黙ったままだった。
「ねぇ、休みたい――」
「――このBMは?」
BMを見ながらさりげなく呟く。
「私のです」
アリアが不安そうに上目遣いで答えると、将校の顔が一瞬微笑んだ気がした。
「そうか。よし、ご苦労。街への駐留を認めよう」
その後、数枚の書類を(ロイドが)書かされたが、三機とも港近くのハンガーに入れる許可が出された。その頃には既に日も跨いでいて、近くのホテルに宿を決めると三人ともすぐに寝てしまった。
◇◇ 翌朝
「軍がいると面倒なんですね……」
翌朝、港のカフェでアリアが不満そうに呟いた。カミナは肩をすくめるだけ。
「そんなモンだよ。さて、行ってくる!」
ロイドは残ったコーヒーを一気飲みするとキャラバンのオーナーの元へ駆け出して行った。
「しかし……」
若干呆れたような視線をビーチに向けるカミナ。
襲撃を受けた海の家だが、既に営業を再開していた。瓦礫の前でテントを張っている。
「御休憩はこちらでどうぞー」
ジジイが赤ちゃんを背負いながら大声で客を呼び込みしている。
「一昨日のビーチ襲撃で娘婿夫婦が幼い子を残して亡くなったんだって。で、ジジイが張り切って『ワシが孫を育てる』だとよ」
夫婦の顔写真入りの『追悼セール』の看板効果も相まって客の入りも悪くなさそう。
「まぁ、生きている人は立ち止まってられねーからな」
「あの……」
「どした?」
カミナの顔には優しい表情が浮かぶ。これからアリアが何を言い出すか分かっているかのよう。
「今日のお葬式……私も出ようと思います」
今日の午後、ホテル・メサイヤ襲撃の犠牲者のために合同葬儀が行われるが、憔悴しきっていたアリアを心配して二人とも、それこそオリハでさえ話題に上げることはなかった。
しかし、アリアは昨晩、偶然に葬儀の開催のことを知ってしまっていた。それ以降、葬儀のことばかりを考えてしまい、微睡の中でもローズの笑顔が思い浮かぶ始末だった。そのたびに飛び起きていたので寝ついたのも明け方だ。如何にも寝不足というのがありありと分かる。
「やっぱり……やっぱり、きちんとお別れしたいから」
「そうだね。じゃあマリーの店で落ち着いた服でも買いに行こう」
「……はい」
◇◇◇ セントラルパーク昼過ぎ
(喪服はやっぱり黒なんだ……)
黒色フォーマル姿のカミナ。アリアはマリーの店で大人しめな紺のワンピースを購入していた。マリーも参列するので三人一緒に葬儀会場に出向くことになった。
穏やかな陽気の中、公園に併設された墓地の片隅にパイプ椅子がたくさん置かれていて、まばらに街の人々が座っている。
「ここの娘さん、まだ十二歳だってよ」
「元気な可愛い子だった」
「仲の良い家族だったわよ」
口々に早すぎる別れを惜しむ声が聞こえる。ホテルで食事をして巻き込まれた十名ほどと合わせての葬儀が始まった。町長らしき人が挨拶したり、教会の神父らしき人が何か喋っていた。
あまりに現実感が無い。淡々とプログラムが進んでいくのをぼーっと眺めるアリア。
ふと気付くことがあった。
「パティオちゃん……居ないね」
「ん……まぁ、まだ心の整理がつかないんだろうよ」
すると、カミナの声に反応するようにマリーが泣き始めた。
「パティオね。ずっと瓦礫を漁ってるの。形見を探すって。不憫で不憫で悲しいの……」
黒いヴェール越しにマリーは涙ながらで答えてくれた。足がすくんでしまうので未だアリアはホテルに近づけなかった。
「そうなんだ……」
形見、そんな言葉にも上手く反応できない。因みにオリハも近くを飛んでいるが、ステルスモードにしているし何も語りかけてこないので、アリアですら何処に居るか正確には分からなかった。
葬儀は進み、埋葬も終わると殆どの参列者が帰路に就いた。残っているのは亡くなった人々の家族や関係者ばかりだ。ここで初めてローズのお墓の前に近づくアリア。周りのお墓より一際献花が多くお菓子やジュースも沢山供えられている。ローズの人柄が偲ばれて胸がキュッと締め付けられる思いだった。
「ローズちゃん……」
老婦人が名前だけ呼ぶと、花を置いと立ち去っていく。人の流れが途絶えたところでアリアも祈りを捧げようとしゃがむと、何処からともなくパティオが現れた。
「もう葬儀は終わったよ」
カミナが声をかけるとパティオは軽く頷いた。
「こういう場は苦手だ。今日はここに来るつもりはなかったけど……」
十字の墓石に見知ったアクセサリーをそっとかけた。
「それは……」
「宝物と聞いていたから、すぐに渡してあげたかった」
煤や土埃で汚れて傷だらけの謎なゴム製の生物。そっとアリアもポケットから汚れ一つない同じものを取り出す。
(こんなものが形見に……こんなアクセサリーしか残らないなんて……)
この街に来て、アリアの瞳から初めて流れる涙。ずっとアリアはローズのことを深く考えないようにしていた。しかし、墓石にかかるアクセサリーを見ていると、ローズのコロコロ変わる表情のように思い出が去来した。
「あぁぁ……ローズちゃん……」
名前を呼ぶとローズが屈託なく笑う顔が頭に浮かんだ。悪意なんてものの存在をまだ知らない笑顔。とても大事でそれこそ妹のような存在、それは突然消えてしまった。
その時、横でブツっと何かを切る音がした。パティオが自分の長い髪をナイフで切り落としていた。その姿を呆然と見上げるアリア。
「ローズ、これは俺からの手向けだ」
切り落とした髪の毛の束を乱雑にまとめると、ローズの墓石に投げ捨てた。
(皆が後悔してるんだ)
唐突に気付いた。口数少なく墓を見つめていた皆が考えていたこと。
『昨日、外に連れ出せれば』
『一昨日、もっと遅くまで一緒に居れば』
『最後に会った時、気を付けて、と伝えられれば』
皆が後悔して、そして諦めていた。
「これは俺の覚悟だ……約束する。これからは俺が街を護るよ」
(パティオはお兄ちゃんとして沢山考えたんだと思う。だからこその約束。それはローズが大好きだった、この街を護り続ける決意)
墓石越しに街の姿を見つめるパティオ。それを泣きながら眺めるアリア。
『アリアお姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!』
ふとローズの声が二人に聴こえた。そよ風が偶々そう聴こえただけかもしれない。でも、二人には確かに聞こえた。
「ろ……ローズちゃん……うわぁぁ〜ん」
険しい顔で拳を強く握り締めるパティオと、お揃いのアクセサリーを握って泣き崩れるアリア。二人は暫くの間、ローズの墓の前から立ち去ることはできなかった。
Sector:06 End
――ローズは天使のように穢れを知らないまま天国に旅立っていった。パティオは深い後悔の中、自らを修羅の道に投げ込む
――アリアはどちらにも決断できなかった
――だからオリハに全てを任せてみよう。それだけを心に決めた
二人の絆の回数:五十二回




