第6話 星を映す湖の夜
――ゴウン……ゴウン……。
ジープのエンジンが低く唸り、坂を登り切った。
視界が一気に開ける。
そこに広がっていたのは、
自然と人工が静かに共存する――ひとつの「要塞」だった。
森を背に建つ複合拠点。
コンクリートと鋼鉄を組み合わせた建物群が、山肌に沿って幾重にも連なっている。
風力発電のタービンがゆっくりと回り、
水路の先には、先ほど見た透き通る湖が光を反射していた。
「……着いたわね」
ソフィアが小さく呟いた。
カサンドラが手早く門を開けると、
鋼の扉が**ギィ……ギィ……**と音を立てて開いた。
「ただいま」
ソフィアが車から降りて、腕を広げる。
黒猫が肩から飛び降り、三毛猫と白猫が後を追うように走り出した。
施設の入り口前に数人の影が現れる。
訓練着姿の若者たち――ゼロバレットの初期メンバーだ。
「リーダー、おかえりなさい!」
その中から明るい声が響いた。
先に出てきたのは――
褌姿のカインだった。
「おぉ〜、みんな戻ったか! 夕飯はもうすぐ出来るぞ!」
カインは堂々とした姿で腕を組み、満面の笑みを浮かべている。
ネロが一瞬、言葉を失う。
「……お前、なんでその格好なんだよ」
「これが一番効率いいんだよ!」
カインは胸を張る。
「動きやすいし、蒸れないし、火の前でも快適!」
「いや、そういう問題じゃねぇだろ……」
ネロが額を押さえる。
カサンドラがため息をつく。
「せめて服を着てから出てきなさい」
「料理優先だ!」
カインは気にしていない。
ノアは思わず目を逸らした。
(……この人、本当に戦場に出るのか?)
◆◆◆
「ふふっ、まあまあ」
ソフィアが笑いながら手を叩く。
「今日は新しい仲間を紹介する日よ」
周囲が静まる。
ノアは一歩前に出た。
風が吹き、彼の黒髪を揺らす。
「ノア。“空白”と呼ばれてる」
短くそう名乗る。
空気が止まる。
数秒の沈黙――
やがて、カインが大きく笑った。
「おぉ〜! マジか! あの“空白”が仲間入り!? 最高じゃねぇか!」
「……信じられない。本当にこの子が?」
カサンドラが呟く。
ネロは肩をすくめ、口角を上げた。
「まぁ見りゃ分かる。目が違ぇ」
◆◆◆
「よし、それじゃ歓迎会といこうか!」
カインが手を叩く。
「今日は俺の特製ローストと豆スープ、それにソフィアが持ってきたワイン!」
ソフィアが頷く。
「このワインはね、ゼロバレットを結成した日に飲んだの。
安物だけど……思い出の味よ」
「それは最高だな」
ネロが笑う。
◆◆◆
――やがて、食卓が整った。
長い木製テーブル。
その上には湯気を立てる料理が並ぶ。
肉の焼ける香ばしい匂い。
スープの温かな湯気。
パンをちぎる音。
グラスがぶつかるカランという音。
「乾杯!」
カインの声とともに、皆がグラスを掲げた。
「ノア、これがうちの味だ。しっかり食え!」
ノアは小さく頷き、肉を口に運ぶ。
……柔らかい。
口の中で溶ける脂の旨味に、思わず目を細める。
「どうだ?」
「……うまい」
「だろ!」
カインが満足げに笑う。
◆◆◆
ソフィアはグラスを傾けながら、静かに言った。
「こうしてみんなで食事できること。
それが、私たちにとっての“戦いの報酬”なの」
ノアはその言葉に目を伏せた。
戦場では、飯も笑いもなかった。
今、この空間だけが――
確かに“生”を感じさせる。
◆◆◆
――宴は続く。
カインが料理を追加し、リリスが酒を注ぎ、
カサンドラは笑いながら酔いつぶれそうなネロを支える。
ソフィアは黒猫を膝に乗せ、
三毛猫と白猫が足元をくるくる回っていた。
「……ふふ、賑やかね」
ノアは小さく笑った。
その笑顔を見て、ソフィアも静かに目を細める。
◆◆◆
――宴の後。
夜風が吹く。
ノアは外に出る。
足音が**ザク……ザク……**と砂を踏み、湖畔へ向かう。
湖は、星を飲み込むように輝いていた。
水面には無数の星。
空と地の境が消えている。
「……こんな景色、初めて見た」
◆◆◆
「眠れないの?」
振り返ると、ソフィアが立っていた。
「……なんか、静かで」
「ふふ、そういう夜もあるわ」
◆◆◆
二人は並んで立つ。
虫の声。
波の音。
遠くで猫たちの鳴き声。
ソフィアが小さく呟く。
「この湖の星、綺麗でしょ?
ゼロバレットのメンバーは、みんなここで“願い”をひとつだけ言うの」
「願い?」
ノアが顔を向ける。
ソフィアは優しく微笑んだ。
「そう。叶うかどうかはわからないけど……」
少しだけ間を置く。
「“死なずにまた、この星を見られますように”ってね」
◆◆◆
ノアはゆっくりと頷く。
風が流れる。
湖面の星々が揺れる。
その光が、ノアの瞳に映る。
◆◆◆
――“空白”が。
ほんのわずかに、色を取り戻す。
――次回更新:明日17:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第7話「朝のざわめきと白い息」――
をお楽しみに。




