第14話 「静寂の砦 ― 試し撃ち」
――カチャン。
皿と皿が触れ合い、乾いた音がテーブルに広がった。
つい先ほどまで賑やかだった空間は、少しずつ静けさを取り戻していく。
グラスに残った液体が揺れ、ランプの光を歪ませる。
肉の焼けた匂いと、アルコールの甘さが、まだ空気に残っていた。
ソフィアがゆっくりと立ち上がる。
椅子の脚が床を擦る、小さな音。
「──片付けはカリナとネロ」
軽く、当然のように言った。
「えぇ〜!?」「……だる」
二人の声がぴたりと重なる。
カリナは露骨に顔をしかめ、ネロは肩を落としたままコップを揺らす。
その様子に、周囲から小さな笑いが漏れた。
ソフィアはそれを一瞥し、すぐに視線をノアへ向ける。
「カイン。ノアを案内してあげて」
一拍。
「……ここが、あなたの居場所になる」
ノアはすぐには答えなかった。
テーブルの上に残った皿、グラス、誰かの笑いの余韻。
それらを一度だけ視界に収める。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……わかった」
廊下に出る。
扉が閉まる音と同時に、空気が変わる。
さっきまでの温度が嘘のように消えていた。
足音が響く。
カツ、カツ。
白いタイルの床が、音をそのまま返してくる。
「まずは一通りだな」
カインが振り返る。
――褌のまま。
ノアの視線が一瞬だけ止まる。
何も言わない。
だが、その沈黙がすべてを語っていた。
「カイン」
背後からソフィアの声。
低く、短い。
「……はい」
数分後。
カインは着替えて戻ってきた。
ピンクのボーダーシャツ。
袖をラフにまくり上げ、白い短パンを合わせている。
胸元は第三ボタンまで開けられ、風が通る。
先ほどとは別人のような軽さだった。
「よし、行くぞ」
ノアは無言で歩き出す。
廊下を進む。
壁には古い銃のレプリカや、使い込まれた部隊旗が飾られていた。
傷の跡、色褪せた布。
時間の蓄積が、そのまま残っている。
「ここが司令室。地下に医療と武器庫」
カインは歩きながら説明する。
足音が静かだ。
踵から落とさない。
重心を前に流すような歩き方。
無意識のうちに、音を殺している。
ノアはそれを見ていた。
「上は展望ホールと訓練区画……で」
カインが立ち止まる。
軽く顎で奥を示す。
「──射撃場」
ノアの足が、わずかに止まる。
ほんの一瞬。
「……入る」
短く言った。
分厚い鉄扉に手をかける。
押す。
重い。
鈍い音が腕に伝わる。
中に入る。
空気が違う。
火薬の匂いが、わずかに残っている。
金属の冷たい匂い。
乾いた空間。
音が吸われるように消えていく。
数十メートル先に、ターゲットが並んでいた。
整然と。
無機質に。
「新入り」
声が落ちる。
カサンドラ。
すでに銃を手にしていた。
「ここではね、腕を見せるのが礼儀よ」
彼女はゆっくりと構える。
肩の力が抜ける。
肘が自然に落ちる。
呼吸が静かに整う。
――ダン。
一発。
わずかな間。
ダン、ダン、ダン。
一定のリズム。
無駄のない反動処理。
六発。
すべて中心。
銃を下ろす。
髪を払う。
「これくらいは基本」
銃が放られる。
ノアへ。
ノアは片手で受け取る。
掌に伝わる重量。
冷たさ。
グリップを握り直す。
親指を添える。
中指、薬指、小指を締める。
人差し指は、まだトリガーに触れない。
一歩、前に出る。
靴底が床を擦る。
止まる。
呼吸を整える。
吸う。
吐く。
空間を感じる。
距離。
反響。
位置。
視線は動かない。
だが、意識は広がっている。
人差し指がトリガーに触れる。
止まる。
ほんの一瞬。
撃つ。
ダン。
反動が手首を押す。
力を逃がす。
カン。
弾が床に当たる。
跳ねる。
ノアの視線が、わずかに動く。
二発目。
ダン。
三発。
四発。
弾道が繋がる。
空間をなぞるように。
カン、カン、カン――
壁をかすめ、角度を変え、ターゲットへ届く。
五発。
呼吸が浅くなる。
六発。
銃口をわずかに落とす。
撃つ。
静寂。
ターゲットが揺れる。
一つずつ。
遅れて。
すべて。
カサンドラが目を細める。
「……跳弾で全部当てたの?」
カリナが軽く息を吐く。
「綺麗ね」
リリスが微笑む。
「無駄がないわ」
ネロが壁にもたれる。
煙を吐く。
「……十分だな」
ソフィアは静かに頷いた。
「これでいい」
ノアは銃を下ろす。
トリガーから指を外す。
安全装置。
確認。
机に置く。
――カチャン。
深く息を吐く。
肺の中の空気をすべて出すように。
――次回更新:明日6:30公開予定
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『ゼロバレット』続編、第15話「紅き影の鍛錬 ― 崩れた均衡」――
をお楽しみに。




